2回目の食事は、パン・バナナ・ミカン。
前より豪勢に感じられる。
堀部は小室の中でゆっくりと味わい、バナナとミカンの皮は便器にこすりつけてから落として捨て、蓋をした。
食事が終わると基本寝転がって過ごし、時々体操や腕立て伏せなどの運動に励む。
誘拐犯たちが常に聞いているかと半ば期待して叫ぶ吠えるなどしてみせたりするが、反応は無かった。
そのうち新入りがやってきた。
50代くらいの気弱そうなおじさんだ。
ちなみに堀部金丸は彼より軽く20は齢上である。
老人はお互いに顔を見ても一瞬で識別ができない。微妙な間が生まれ、気まずさにとらわれるが、まちがいなく見知らぬ他人であった。
彼は
飲み歩いていた途中で拉致され、眠らされ、起こされ、黒装束の男たちに連れられてこの部屋へ入れられたところまで堀部と同じような境遇だ。
敵意無しと判断した堀部は、佃を隣に座らせて、小声でこれまでの経緯を包み隠さず説明する。
堀部:私は岡島を抵抗できなくなるくらいまでは殴ったんですが、致命傷は与えていないんですね。
それでも彼は出て行けた。だからうまくすれば我々が狂言することで、丈夫な体のまま、ひとまず廊下まで出て行くことが可能なんじゃないかと思います。
佃:しかし黒ずくめの戦闘員みたいなのがやはり2人ほど待っていることでしょう。
そいつらからどう逃げるか、ですよ。
堀部:佃さんも私も、体力的に適任ではありません。
でもダメージを受けていない状態で通路まで出られたら、金属バットでまず一人倒し、残る一人を羽交い締めにして脅す、みたいな行動を起こせるのじゃないか。などと考えていたわけです。
佃:無謀じゃないですかねえ。
敵さんだって、そのくらいの反撃は想定しているものでしょう。
堀部:まあまあ。こうしていろいろ意見交換しているうちに光明が見えてくるんじゃないかという話です。
私は、黙って耐えるがままなんて、屈辱的な身の処し方が性に合わないので。
佃:フウ。私にはさっぱり実感が湧きません。
おかしな組織に拉致されたまでは確かなのでしょうが、それぞれを戦い合わせて強い者を選んでいくなどとは……
現実味に乏しすぎますよ。
堀部:でも現に私がここで体験したばかりのことなんですから。
佃:はあ……心してはおきますけど、ね。
堀部:ところで佃さんの御職業を伺ってもよろしいですか?
私はN市で製作所の課長をやっております。
佃:ほう。私はS市の病院勤めです。
堀部:え、お医者様ですか。
佃:いえ。医局長と申しまして、事務方ですね。
堀部:医局長!じゃあ、診療科の実質トップだ。
なに科です?
佃:お詳しいですな。あなたも医療関係者?
堀部:はい。電巧堂という義肢製作所に勤めております。
佃:電巧堂。ああ、なるほど。
はい、お名前は存じ上げてます。
そうでしたか。
ここから堀部の口調がとても丁寧になる。
佃は国立大学附属病院第一外科の医局長であり、たとえば彼が朝礼でヒトコト物申すだけで電巧堂の営業は出入り禁止をくらう。
そんな権力者の機嫌を損ねることなど、社会人たるもの言語道断だ。
たとえ牢獄の中であっても。
佃:それにしても困りましたね。
金属バットを差し入れられたとしても、ふたりとも戦う意思が無い。
私は握るのさえも御免です。
そういう場合はどうなるのですか。
堀部:私も先の一回しか経験していないので皆目わかりません。
上からスピーカーで煽ってくるだろうとは想像しますが……
佃:あなたは戦う気まんまんだったのだから、どうぞ私を半殺しにしていただいて構いませんよ。
堀部:できるわけないじゃありませんか。
私だって武器には一切手を触れません。
佃:でも最終的には戦わされるんでしょう?
だったらもう覚悟を決めて、とっととやってくださいと申し上げてるんです。
むしろ時間をかけていただきたくない。
そうお願いしています。
埒の明かない対話が続いた。
やがて、隔壁が開いた。
なにもない。
上から、堀部だけ入れとの声がした。
堀部、従う。
内扉閉、外扉開。
廊下に黒装束が2人立っていて、また先頭を歩かされた。
指定された扉より入室。
今度は明るい診療室だった。
白衣を着た禿頭の男が座っていた。