田村:理解しております。
双方の認識に齟齬が生じているんですよね。
吉田も寺坂も絶句して言葉が出てこなかった。
先に態勢を立て直したのは、寺坂だった。
寺坂:私は、この業界の基本と、その社会的役割を学習してくださいと指示したはずです。
そのために視聴している動画へ、容赦ない批判をしていいとは、ひとことも言っていませんよ。
田村:していいとも、するなとも、言われてません。
そもそもこれは批判じゃない。
素朴に感じた疑問をつぶやいただけです。
質問は許可されたじゃありませんか。
寺坂:つぶやきですか。ずいぶん悪意に満ちた。
私は傷つけられましたよ。
こんなの、とても、雇われている会社への意見とかじゃないでしょう。
弊社ばかりでなく、医療に携わる人々全体、そして何より障害者の皆さんを侮辱する発言です。
田村:なるほど。少し理解が深まりました。
いまのフレーズに、すべてが詰まっている。
この対話は録音されていますかね?
吉田・寺坂、啞然と田村を見つめる。
田村、手元のPCで素早く文字入力。チャットで寺坂へ送る。
壁際の大型モニタにテキストが表示される。
「つぶやきですかずいぶん悪意に満ちた
私は傷つけられました
こんなのとても雇われている会社への意見とかじゃない
弊社ばかりでなく医療に携わる人々全体そして何より障害者の皆さんを侮辱する発言」
田村:まず、悪意の有る無しはあなたの解釈に過ぎません。
傷つけられた云々もあなた自身の受け取りようだ。
どれだけ打たれ弱いんだ?って思います。
私のつぶやきなど見ていないはずの会社全体、医療関係者にまで突然対象を拡大。
最後に障害者が登場します。
寺坂さんが配慮すべき優先度は、この順番だということですよ。
自分、会社、医師や役人。最後にユーザーたる
吉田:もういい。これ以上の話し合いは無駄だ。
寺坂、私は電話をかけてくる。
戻ってくるまで、ここにいてくれ。
寺坂:はい。
吉田、荒々しくドアを閉めて出ていく。
数秒後、田村が語り始める。
田村:ずいぶん古い教材使い回してますね。
POの有資格者は毎年160名増えてるってのに。そんな数字も反映されていない。
寺坂、腕を組んで田村を睨みつけている。喋らない。
田村:派遣をなんだと思っているんですか。
時間給の傭兵ですよ?とっとと作業を命じなさい。
金使いもタイムマネジメントも、下手糞すぎて見ちゃいられない。
データベースの入力補助って聞いてたけど、いったい何週間かけて、そこまで辿りつくつもりですか。
寺坂、身じろぎも、瞬きさえもしない。
田村:契約は1ヶ月間。おおよそ140時間。
悠長ですね。なんという無駄遣い。
いまどきパスフレーズも笑わせる。
もし僕が悪意を抱くハッカーだったら、イチコロでしょうに。
寺坂の顔に少し変化が現れるが、まだ喋らない。
田村:いまどきのセオリー通りであることは斟酌します。
ただ、あなたはそれがどれだけ無駄かをわかっているはずだ。
システム担当でしょ。責任者なんでしょ?
誰のために働いているんです。とっととリストラクチャリングに手をつけなさい。
寺坂:田村さん?
田村、寺坂の瞳を意地悪そうに見つめる。
寺坂:あなたは一体なにものですか。何が狙いですか?
ずいぶん、いろんなことにお詳しいようですが。
自分がとんでもなく有能であることを、アピールされている?
田村:僕は派遣社員。ロボットみたいなものですよ。
それをどう使うかは、命令者の能力次第ってこと。
寺坂さん。僕を雇う費用は、会社が払うんでしょ?
あなたにリスクは無い。だったら利用するだけ利用するのもアリじゃないですか。
もちろん今日限りでオサラバでも、僕は構いやしないけど。
寺坂、黙考する。
ノックの音。
吉田が扉の陰から手招きしている。
寺坂、廊下へ出ていく。
吉田:つながらない。折り返しを待っているところだ。
寺坂:課長。いま彼と話してたんですが。
田村くんは……攻撃性はいささか高めなんですけど、情報リテラシーのスキルはそれ以上に高いと判断します。
私にだったら制御できるかもしれません。
今日の夕方まで、ひとまず様子見してもらえませんか?
吉田:サイコパスかもしれんじゃないか。リスクは冒せんぞ。
寺坂:もちろん慎重に探ります。
結論は今日中に出しますから。