電巧堂の朝礼は、1階と2階で別々に行われる。
かなり前から堀部金丸の提案で始められたシステムだが、彼の失踪後も惰性で維持されていた。
理由は明白で、混ぜると危険だったからだ。
その日、2階の吉田兼亮総務課長が1階へ来て
「突然だが本日これから5名の社員に研修へ行ってきてもらいたい」と告げた。
仕事も立てこんでいるのに何をいきなり。と不満も出たが、
「先方の都合で今日しか空けられないのだ」とか下手な言い訳が捏ねくられる。
指名された5名が、あたふたと準備にかかり、整列。
その中から最年長をリーダーにした。
社屋を出て、バス乗り場へと歩いていく。
経費削減と言われれば逆らえないが、それにしてもみみっちい。
5名は口々に愚痴を吐きながら、やってきた市営バスへ乗りこむ。
このバスが国道沿いのドライブイン施設に乗り捨てられており、乗務員・乗員が行方不明となった。
電巧堂にその知らせが届いたのは夕方である。
終業時刻を過ぎてから、警察官が事情聴取に訪れた。
吉田課長と浅野社長が待機しており、事情を説明する。
5名の家庭へはこれから警察官が赴いて聴取するが、会社からは情報を知らせないでほしいと要請された。従う。
当夜から翌朝へかけての報道によれば、大型駐車場の一角に路線バスがずっと駐まっていて、おかしいと気付いた施設職員がバス会社へ問い合わせをした。
バス会社でも、終点に到着していない車輌があると慌て始めていたところだった。
すぐに警察へ通報され、初動捜査が開始される。
車内の遺留品から臭跡を辿るが、ロストした。別な車に乗せられて移動したものと思われる。
ドライブインの監視カメラはその周辺に向けられていなかった。
警察は、運転手の持っていた業務用携帯電話の位置情報を照会する。
バス車内にいるうちに電源が切られていたようで追跡できず。
ただし時刻だけは特定できた。
のち、乗客リストができあがっていくにつれて、全員の携帯端末が同様に足跡を消されていることが判明する。
大掛かりなプロ集団による拉致事件とみて間違いはないだろう。
「M県広域拉致・失踪多発事件」捜査本部がS市T区の南署内へ密かに設置された。
S市連続傷人事件との関連は不明だが、9月から捜索願・失踪届の件数が急激に上昇していたのだ。
犯行声明や身代金の要求などは確認できていないため、これまでは偶発的な状況という見方も強かったが、いよいよ組織的犯罪であるとの疑いが鮮明になった。
捜査本部では、県下全域での行方不明者情報を過去3年分すべて集約して分析を試みるべしと提案された。
未成年者の家出などは以前から年間数千件規模で発生している。
届け出られていないケースも多いはずだ。
ただ再調査すれば大半が家へ戻っているものと予想される。
この再調査が途轍もない仕事量であるわけだが、やらねばならぬ。
なおかつ新しい犯行も未然に阻止せねばならない。
制服・私服を問わず全捜査員が寸暇を惜しんで駆け出していった。
こんなひどい連中をゆるしておけるかと、熱き想いを滾らせながら。
一方、電巧堂では5名が研修に出た時点からずっと騒動になっていた。
吉田課長は2階へ戻ってくるなり、営業メンバーから厳しく責め立てられた。
新規制作も、調整・改良・修理も、すべてのスケジュールがタイトな状況なのに、不要不急な研修入れちゃったですって。なに余計なことやってるんですか!と。
吉田:すまない。こちらも切実なスケジュールを抱えた中でやっているんだ。
受注も増えている中で苦しいのはわかる。
いま、製作課に即戦力で入れる人材を調達しているところだから、もうちょっとだけ耐えてほしい。
それから、ここだけの話、POの資格を持っている君たちは電巧堂を存続させるために一番重要な礎なんだ。
君たちを一人でも欠けさせるような真似はしない。
絶対に約束する。
信じてくれ。
大石がこれを片耳で聞きながら、半笑いを浮かべた。
その顔を正面から見据えつつ、寺坂信行は来月以降の新体制に備えた社内ネットワーク構築に余念がない。
これのおかげで、朧げながら、侵略者たちの目論見が寺坂には多少わかる。
重要なポジションだから、自分は、製作課のように潰されたりはしないよな。
まだ、しばらくは。