すばらしい新世界、終焉   作:ひねもす@HAMELN

31 / 32
BNWE-031.蝦蟇の油

2週間で7人いなくなった、電巧堂の義肢製作課。

そこへ助っ人が投入された。

 

3人の男たち。

お揃いのユニフォームに身を包み、軍隊のように折目正しく、無言でキビキビと行動する。

一般人は、災害救助の現場でもない限り、こういう人種が傍にいられると怖くて落ちつかない。

寺坂信行は、それにしても、と思う。

M県には陸上自衛隊の駐屯地があちこちにあり、制服のまま非番を過ごしている隊員だってよく見るし、現役やってる友人もいる。今はさしずめ、大臣視察中の実弾訓練みたいな雰囲気だが、ここまで緊張感漲らせて私語のひとつもしないなんて、ありえなくないか。

 

大石良雄:陸自には無理だろう、そんな芸。

あいつらには実戦の心構えが無いからな。

サツの方がまだ緊張感を持っている。人を撃つ想定だってちゃんとしてるんだ。

 

寺坂:そうか。

今日来てる人たちは、もっと外の世界から来たんだね。

どちらから?

 

大石:知りたきゃ推薦してやるよ。一週間も出向すりゃ、君も目つきが変わるぜ。

 

寺坂:ハハ。この仕事が終わったら考えよう。

でも、ところでこれ、営業たちが呑むかなあ。

 

大石:なにが心配だ。

 

寺坂:営業課の仕事、今迄とまったく勝手が違ってくるじゃないか。

取引先だって、昨日まで同業者だった競合を、易々と信用しやしないと思うんだけど。

 

大石:この程度の替り身ができない奴に、営業はつとまらない。

無能はいらない。だから5人だけ選抜した。

ついていけないやつがいたら、更に減らす。

それだけさ。

 

寺坂:シビアだねえ。とことん少数精鋭にしていくつもりなんだ。

本人にも納得してもらって、なんて配慮や手順はガン無視かな?

 

大石:昔から、合理的な組織はそんなことしない。

統制とは上意下達が大前提だろうが。

もちろん上がバカならすべて狂う。それを避けるためにはどうするか。これが課題だ。

物言わぬ下僕に配慮してやる必要は無い。むしろそれは絶対的な誤りといえるだろう。

 

寺坂:どうするか、か。どうすべきなんだ?

現実的に、これを断行するのは、けっこう大変だよ。

 

大石:心配するのはわかる。

吉田はこれを理解できない。あいつからじゃ、伝わらない。

さて、じゃあ誰になら、つとまるかな。

 

寺坂:吉田課長はもう限界だと思うよ。浅野社長も、かな。

用済みになったら、あの人たちも消していくつもり?

 

大石:吉田の方が早めに処置してやらにゃならんかな。

でも消しはしない。鍛えてやる。そのための専門機関があるから。甘やかしちゃいけない。

だが、もう少し搾ろう。蝦蟇の油みたいにな。

 

寺坂:がまのあぶら?

それって何。

 

大石:知らないのか。検索してみろよ。

 

寺坂:蝦蟇の油。

江戸時代に流行した万能薬。ヒキガエルに鏡を見せ、恐怖して滴らせた汗を主原料とする。

……へえー。

 

大石:下で働いてもらってる工兵隊の3人に睨みつけられたら、おまえからも霊験あらたかなる油が採れるかな。

 

寺坂:誘拐された人たちが、薄暗い地下牢で、高純度の脂汗を機械搾りされてるさまを想像しちゃったよ。……あ、そっちはナチスか。

 

大石:ナチス?

 

寺坂:大量処刑した人間の体から何か有益な商品をつくれないものかと、収容所に石鹸工場を併設させてたとか。

あんな光景をつい、思い出しちゃった。

 

大石:なんだ、人間石鹸か。

あれは都市伝説だぞ。フランス革命の時代でも語り継がれていた噂だ。

 

寺坂:そうなんだ。

 

大石:だいたい人間なんて素材としてバラツキがありすぎる。

豚でも鶏でも、品種改良して同一環境で肥育したものを大量に揃えて、やっと商売に使えるものだろう。

石鹸ごとき造るならもっと効率のいい方法がいくらでもある。

話にならん。

 

寺坂:確かにそうかな。

大量誘拐犯は、そういうことをしてるんじゃないわけだね。

でも、いったい何が狙いなんだろう。

コストだって、こんなにかけて。

 

大石:わからないのか。

まあ、わからないだろうな。

 

寺坂:そうだね。僕にはさっぱりわからない。

 

大石:じゃあ、そこで終了だ。

時間をやる。わかったら俺に言ってみろ。

正解したら、正解だと言ってやる。

 

寺坂:ありがたいね。そんな猶予をもらえるなんて。

ちなみに大石さんは、こういう発想を、どこで学んだのかな。

 

大石:どこでといえば、ムショでだろうな。

来る日も来る日も、12年間じっと壁のシミだけを見つめてりゃ、超能力が身につくものさ。

 

寺坂:それは手に入れたからこそ言えることばだよね。

 

大石:そういうことに、なるかねえ。

 

寺坂:わかりました。

ところで営業へは、僕から伝えるのが一番早いんじゃないかなって思う。

業務上、このアプリケーションの使い方を覚えてもらわなくちゃならないんだけど、説明は僕しかできないし、僕にならできるよ。

だから、やっていいよね?

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。