2週間で7人いなくなった、電巧堂の義肢製作課。
そこへ助っ人が投入された。
3人の男たち。
お揃いのユニフォームに身を包み、軍隊のように折目正しく、無言でキビキビと行動する。
一般人は、災害救助の現場でもない限り、こういう人種が傍にいられると怖くて落ちつかない。
寺坂信行は、それにしても、と思う。
M県には陸上自衛隊の駐屯地があちこちにあり、制服のまま非番を過ごしている隊員だってよく見るし、現役やってる友人もいる。今はさしずめ、大臣視察中の実弾訓練みたいな雰囲気だが、ここまで緊張感漲らせて私語のひとつもしないなんて、ありえなくないか。
大石良雄:陸自には無理だろう、そんな芸。
あいつらには実戦の心構えが無いからな。
サツの方がまだ緊張感を持っている。人を撃つ想定だってちゃんとしてるんだ。
寺坂:そうか。
今日来てる人たちは、もっと外の世界から来たんだね。
どちらから?
大石:知りたきゃ推薦してやるよ。一週間も出向すりゃ、君も目つきが変わるぜ。
寺坂:ハハ。この仕事が終わったら考えよう。
でも、ところでこれ、営業たちが呑むかなあ。
大石:なにが心配だ。
寺坂:営業課の仕事、今迄とまったく勝手が違ってくるじゃないか。
取引先だって、昨日まで同業者だった競合を、易々と信用しやしないと思うんだけど。
大石:この程度の替り身ができない奴に、営業はつとまらない。
無能はいらない。だから5人だけ選抜した。
ついていけないやつがいたら、更に減らす。
それだけさ。
寺坂:シビアだねえ。とことん少数精鋭にしていくつもりなんだ。
本人にも納得してもらって、なんて配慮や手順はガン無視かな?
大石:昔から、合理的な組織はそんなことしない。
統制とは上意下達が大前提だろうが。
もちろん上がバカならすべて狂う。それを避けるためにはどうするか。これが課題だ。
物言わぬ下僕に配慮してやる必要は無い。むしろそれは絶対的な誤りといえるだろう。
寺坂:どうするか、か。どうすべきなんだ?
現実的に、これを断行するのは、けっこう大変だよ。
大石:心配するのはわかる。
吉田はこれを理解できない。あいつからじゃ、伝わらない。
さて、じゃあ誰になら、つとまるかな。
寺坂:吉田課長はもう限界だと思うよ。浅野社長も、かな。
用済みになったら、あの人たちも消していくつもり?
大石:吉田の方が早めに処置してやらにゃならんかな。
でも消しはしない。鍛えてやる。そのための専門機関があるから。甘やかしちゃいけない。
だが、もう少し搾ろう。蝦蟇の油みたいにな。
寺坂:がまのあぶら?
それって何。
大石:知らないのか。検索してみろよ。
寺坂:蝦蟇の油。
江戸時代に流行した万能薬。ヒキガエルに鏡を見せ、恐怖して滴らせた汗を主原料とする。
……へえー。
大石:下で働いてもらってる工兵隊の3人に睨みつけられたら、おまえからも霊験あらたかなる油が採れるかな。
寺坂:誘拐された人たちが、薄暗い地下牢で、高純度の脂汗を機械搾りされてるさまを想像しちゃったよ。……あ、そっちはナチスか。
大石:ナチス?
寺坂:大量処刑した人間の体から何か有益な商品をつくれないものかと、収容所に石鹸工場を併設させてたとか。
あんな光景をつい、思い出しちゃった。
大石:なんだ、人間石鹸か。
あれは都市伝説だぞ。フランス革命の時代でも語り継がれていた噂だ。
寺坂:そうなんだ。
大石:だいたい人間なんて素材としてバラツキがありすぎる。
豚でも鶏でも、品種改良して同一環境で肥育したものを大量に揃えて、やっと商売に使えるものだろう。
石鹸ごとき造るならもっと効率のいい方法がいくらでもある。
話にならん。
寺坂:確かにそうかな。
大量誘拐犯は、そういうことをしてるんじゃないわけだね。
でも、いったい何が狙いなんだろう。
コストだって、こんなにかけて。
大石:わからないのか。
まあ、わからないだろうな。
寺坂:そうだね。僕にはさっぱりわからない。
大石:じゃあ、そこで終了だ。
時間をやる。わかったら俺に言ってみろ。
正解したら、正解だと言ってやる。
寺坂:ありがたいね。そんな猶予をもらえるなんて。
ちなみに大石さんは、こういう発想を、どこで学んだのかな。
大石:どこでといえば、ムショでだろうな。
来る日も来る日も、12年間じっと壁のシミだけを見つめてりゃ、超能力が身につくものさ。
寺坂:それは手に入れたからこそ言えることばだよね。
大石:そういうことに、なるかねえ。
寺坂:わかりました。
ところで営業へは、僕から伝えるのが一番早いんじゃないかなって思う。
業務上、このアプリケーションの使い方を覚えてもらわなくちゃならないんだけど、説明は僕しかできないし、僕にならできるよ。
だから、やっていいよね?