頭上のスピーカーより、堀部金丸だけ出るよう命じられる。
堀部、間光風の肩を力強く抱いてから、開いた隔壁より進む。
靴下とスニーカーが用意されていた。
内扉、閉じる。
堀部、靴を履く。
外扉、開く。
2人の看守にお出迎えされる。
この日はやけに長い距離を歩いた。
途中で廃墟のような地下通路も経由する。
その先に、道を塞ぐいかつい扉。看守がリモコンで開ける。
別の黒装束が2人いた。
堀部だけが越境する。
薄暗がりの中、先頭を歩かされる手順はまったく同じだった。
やがて、ひとつのドア。
入るよう指示される。
背後で閉まる。
三畳ほどの空間。
中央に、背もたれのないベンチ。
壁沿いにロッカーや簡単な荷物置きの棚が設置されており、洗面台・鏡・それからスイングドアで仕切られたシャワールームとトイレ。
ジムの更衣室、に見える。
しばらく佇んでいると、頭上から声がした。
スピーカー:急がなくていい。
ゆっくりシャワーを浴びて、バスケットに入れてあるウェアに着替えてくれ。
30分あげよう。ベストコンディションを整えてほしい。
先に、ウェアとやらを確認する。
レスリングの選手が着るような、ぴっちりしたユニフォームだ。
いよいよあの何とかいう相手と戦わされるらしいな。
堀部、深く深呼吸して作務衣を脱ぎ捨て、便座に腰をおろす。
洋式トイレなんて何日ぶりだろう。
続いて熱いシャワーを浴びた。真新しいスポンジタオルとボディソープで、溜まりに溜まった垢をこそぎ落とす。
伸び放題の爪やヒゲもどうにかしたいところだが、そこまで配慮してもらうなんて無理か。
どうせ、今日限りの命かもしれないのだしな。
時計はどこにも無かったから、気もそぞろに着替え、ベンチを使った柔軟体操を始めた。
筋肉をほぐしながら、交代した黒装束たちの特徴について考える。
牢獄にいた頃、看守たちのユニフォームには肩に青い紋章が付いていた。それが、こちら側では橙色だった。
ブルー・エリアとオレンジ・エリアか。
それ以上のことはわからないが、脱出するときのヒントになるかもしれない。
スピーカー:おお。やる気満々だねえ。いいよ、実にいいよ。おじいさん。
じゃあ、今ドアを開けるから、進んでくれ。
怒りを呑みこみながら、入ってきたのと反対側のドアへ。のっしのっしと出て行く堀部。
短い廊下の先は、体育館のような空間だった。
長方形の部屋。中央に直径10メートルくらいの円が描かれている。
床には滑りにくい加工がされ、軽い弾力も感じる。
壁の一部にスクリーンのような幕が埋めこまれていた。映写でもするのか。勉強会にも使う部屋か。あるいは、マジックミラーで反対側から見ているのかも。
椅子や座席は無い。
ここは試合を観客に見せる場所ではなく、あくまで練習用だ。もしくは、逃げ場を封じたデスマッチの舞台かも知れぬ。
隅に、金属バットが立てかけてあった。
ますます厭な予感しかしない。
敵に取られる前にと、堀部はすぐさま駆け寄って、握りしめ、身構えた。
スピーカー:おじいさんは呑みこみが早いね。たすかる。
それじゃあ、準備はいいね?
開けるよ。
堀部の立つ位置から反対側の壁に、穴が開いた。
四角い暗がりから、背広に薄手のコートを羽織った男が出てきて、ゆっくり、こちらへ歩いてくる。
スピーカー:ヤソエモンは、センターサークルより外で攻撃を加えたら反則。かつ、武器も使っちゃダメだ。
おじいさんは、何をやってもいい。目の前にいる男を跪かせたら勝利としよう。
それだけのハンデをつけて成立する試合なのかよ、と堀部は脂汗を滲ませる。
ただ、床に描かれた円の内側でしか、あいつが攻撃できないというなら……いや、「反則なんてどうでもいいさ」と考えるような野獣だったらどうするんだ。
堀部は隅っこから動くまいと決めた。
相手の男、ゆっくり近付いてくる。
サークルをまっすぐ通過してどんどん迫ってくる。
ああ……攻撃はしなくても挑発や防御だったらOKだからか。と堀部は理解し、戦慄する。
そして男の顔が判別できるまで近寄ってきたとき、ますます背筋が縮み上がった。
そいつは、あの、獣だった。
何日も前に、これと同じようなバットでさんざん叩きのめした、あの。