S市内の交番に、20代半ばの男性が現れた。
連続傷人事件について情報提供をしたいという。ファイリングされた資料をバッグに詰めてきて、話しぶりも礼儀正しい。
責任者の巡査部長は部下に捜査本部への一報を入れさせ、自ら奥の聴取室で話を聞くことにした。
しばらくして刑事が一人やってきた。
聴取室へ入り、二人の同意を得て、対話の続きを聞きながらここまでのドキュメントに目を通す。
若者が鼻息荒く自分の推理を披露しているといったような雰囲気だった。
それから30分ほどして、情報提供者にはお引き取りいただいた。
巡査部長と刑事は厚く礼を述べてお見送りした。
巡査部長:すみませんでした。
つい勇み足で連絡をしてしまいまして。
刑事(
でも、めげずに、有望だと感じたら連絡はしてほしい。
どこから手懸りにつながるかわからん。
巡査部長:随分お疲れのようですが、あの、今日はお一人ですか?
多門:人手が足りなさすぎてね。
さすがに夜は必ず二人以上で動くが。
巡査部長:少し休んでいかれませんか?
ここは静かです。10分でも15分でも。
起こしてさしあげますので。
多門:優しいことを言ってくれるね。
お言葉に甘えて、お茶をもう一杯だけご馳走になろうか。
他に変わった話があれば聞かせてもらいたいな。
巡査部長:事件が長引いていることで市民からの風当たりは強いんですが、近頃は、選挙に絡めてのエスカレートがひどくなっているように感じます。
多門:事件を追い風に使う人もいるよね。神経を疑う。
でもまあ、政治家の先生ってものは昔から、なんでも推進力に換えてしまうところがあるから。
巡査部長:知事に当選すれば公安委員会の責任者になるわけだから、警察の悪口なんて言わなくなる。でも選挙期間中は威勢よく批判を連発するほうが票につながるから平気で罵倒する。
わかってはいるんですけどねえ。
苦々しくてたまりません。
多門:あと2週間の辛抱だ。聞き流すことにつとめましょう。
巡査部長:はい。ちなみに傷人事件の犯人の動機が政治的なものであるという説は、どれほど信憑性があるものですか。
多門:被害者は善人ばかりですよ。でも、そうじゃない人ほど自分も狙われていると過剰に反応している傾向がある。
いずれにせよ政治家が襲われたケースは皆無ですから、捜査本部では参考にしていません。
巡査部長:なるほど。では、無視してよろしいのですね。
多門:標的にされているのは裕福な家庭を持つ40代から70代までの壮健な男性と、そんな家庭に暮らす成績優秀な6歳から7歳までの男児に限られます。
この両極だけが狙われていることはもはや疑い得ない。
かつ、職場でも学校でもきわめて評判のよい人物ばかりだ。
考えられるとしたら、社会的弱者による嫉妬かと。
その場合、被害者候補があまりにも多過ぎる。
どれだけパトロールしても未然に防ぐことが難しい所以です。
巡査部長:あの若者の推理、私には斬新だったのですが、捜査本部ではとくに目新しくもない情報でしたか?
多門:真逆でしたよね。被害者は若者から嫌われている者ばかりだと。
少数意見ですが、議論はされています。
匿名SNSでターゲット募集をしているという噂も、ちらほら聞きます。サイバー担当が調べてますけど、はっきりしたエビデンスに結びつけられるサイトは見つけられておりません。
だいたい投稿者も匿名ですが書きこまれた内容だって匿名づくしなので、第三者へ正確に個人名が伝わることはないのです。
だから、信憑性は乏しいですね。
巡査部長:やれやれ、無駄足だった。
多門:それに、あのレベルじゃ素人探偵だ。
推理するにしても、正確な情報を集めて論理的に構築していかないと。
巡査部長:そうなのですよね。ネットのプリントアウトばかり集めて持ってきて、検証もしていないのでは意味がない。
私も反省します。
多門:ただ、今度の犯人が憎らしいのは、まさに現場検証を困難にさせる手口なんですよ。
巡査部長:ああ。殺さないから、被害者自身によって現場が荒らされる。
救急搬送を優先せざるを得ないために鑑識よりも先に医療関係者が踏み荒らす。
そのことですね。
多門:まさしく。
意図的に狙ってそうしているのでしょうが、まったく忌々しい連中だ。
悪魔じゃないかと思います。
巡査部長:もちろん普通の人間なら一瞬で足だけ砕き逃げ去るなんて不可能ですから、何が目的であれ、証拠隠滅を確実にするためにむしろ相手を殺しておくものです。
確実に傷人だけですませるのは、まったく新しい犯罪技術なんですかね。
多門:ええ。殺人ロボットという異名は、決して伊達ではありませんよ。
あいつらは心を持たない。
だからできるのだと思います。
巡査部長:おそろしい。なんとおそろしい。