日曜日。
寺坂信行は乙宗哉子のアパートへ車を置き、そこから一緒に投票所まで歩いていった。
公民館の駐車場は混み合うとわかっているからだ。
つつがなく国民の権利を行使したら、スーパーでおつまみを買い、部屋へ戻る。
予報は、午後から雨。
ネットで購入したパソコンが届いており、今日はそのセッティングをしながら配信のドラマをだらだら見て過ごすというプランニング。
哉子:病院は行政と癒着した商売だから投票へ行け行けって煽るのはわかるんだけど。
先生たちがみんな「国民の義務です」って言うのよね。
基礎教養をどれだけ疎かにしてきたのかしら。
信行:大石が言うにはさ。投票所へ足を運ぶことには重要な意味があるんだって。
それを意識してたから、実は今日、ちょっと緊張した。
哉子:どんな意味?
信行:投票所へ入るとすぐ、入場券を見せるじゃない。名簿にチェックされるじゃない。
プライバシーは尊重しますって誰もがサラッと言うけどさ。
来た市民と来なかった市民の区別は記録に残るんだよね。
だから世代別の投票率だって出せるわけでさ。
哉子:それで?
信行:60代の投票率が80%で、20代の投票率が30%だったとする。
4年後に再選されたい知事は、60代にウケる政策はガンガン推すけど、20代には冷淡で構わない。
そんな根拠が可視化されちゃうわけだよ。
哉子:たしかに。
パーセンテージが逆だったら、若者の意見こそもっと聴かなくてはって気にならざるを得ないでしょうね。
信行:ただ大石は候補者を全員バカだと思ってるし、誰に入れたって所詮は同じことなんだから、腹いせに、複数の名前を混ぜて判読不能なくらい乱れた字で書いて、集計作業を滞らせてやるんだって言ってた。
地味だが強烈なハラスメントだ。
哉子:接戦の場合にそんなのがいっぱい出てきたら、全公務員が泣くわよ。
……あれ、ポインタの設定変更てどこへいっちゃったの?
信行:どれどれ?
変だな。あるべき、ところに、ない。
ここじゃないか。ここにもない。
ええと、見つけたよ。ここに移動してた。
哉子:ありがと。
わかりにくくなっちゃったなあ。
どうしてここへ辿りつけたの?
信行:つくってる人たちも、わざわざわかりにくくさせたがってるわけじゃないんだよ。
でも社内外のいろんな要求に応えようとしてるうちに、こうなっちゃう。妥協の果てさ。
そのプロセスを推理した。
でもユーザーは、名称もアイコンも、1ドットだって変えられるとイラつくんだよねえ。
その摩擦がこれからもどんどん大きくなっていくことだけは間違いない。
困ったものだよねえ。
哉子:デジタル文明は、いつかソッポを向かれると思ってるよ。
信行:ソッポですめば、いいけどね。
哉子:あたしたちは、まだギリギリ、ケータイやスマホが世界を変えてきた流れを知っている世代だけど。そのムーヴメントがあっという間に失速して動脈硬化や立ち枯れ病に喘いでいる様も見てきている。
いまの子供たちはもっとシビアで、スマホを奴隷のつける手枷としか思っていない。
便利な機能だけは使うけど、用が済んだら電源オフだよ。それでいてスイッチなんか必要としないホビーやプレイほど目を輝かせて食いつく。
どうなっちゃうんだろうねえ、これから。
信行:子供というのは、事件の被害者たち?
哉子:も、含めてかな。
眼帯少年はいま入院中が3人と、通院が2人。
全員まとめて、あたしの担当にしてもらった。
信行:聞きたい。どんな感じなの?
哉子:通院のひとりだけ、親御さんに理解力があって。両親とも、あたしの所見を聞いてくれるの。
他は、息子が出世コースから外れたのだと悲劇的に酔い痴れることに夢中。
主役である少年は家族から距離を置かれ、兄弟がいる場合は露骨にそちらへ愛情が向けられたりね。
信行:小1から塾通いしてた、エリートばかりが標的なんだっけ。
理解はするけど、ひどいな。
哉子:眼帯少年がその第一段階から立ち上がれるようになるまでは、入院させておくの。家族も、重荷になるからと、なるべくそうしたがる。
で、あたしの仕事は、少年たちにかまってあげることです。
5人いっしょに遊ぶこともあるけど、基本は一人ひとり、個別のリハビリメニューを組んで。
信行:(右目を掌で覆いながら)自分がその一人だったら、と考えてみるんだけど。想像以上にきついな。
手元の距離感さえ掴めない。
慣れるものなの?これって。
哉子:ある程度は。
ただ融像ができないから両目より確実に視覚処理能力は劣るわ。
そういえば、みんな男の子だから貞山公により強くシンパシーを感じるようになるんだけど、全員が完全に合意する説があるのね。
「独眼竜伊達政宗は、斬り合いなんてできなかった」
馬に乗って走ることも、危険だから、やらなかった。
ドラマや映画ではいつも眼帯をつけたまま戦場を駆け、堂々たる勇姿を見せつけるけど、あれこそ伊達だ。嘘っぱちだ。
彼は陣から一歩も出なかったはずだ。
っていうのよ。