吉田・田村・寺坂、オフィスへ戻ってくる。
無言のまま、それぞれの席へ就く。
このフロアに従業員は約15名。
全員がPC作業しながら電話をかけたり受けたりしている。
営業担当は事務担当から書類を受け取り、準備が整うとホワイトボードの予定表にカラーマグネットをはりつけてから出ていく。
寺坂信行は社内で唯一の情報システム担当であり、この日の業務スケジュールはもっぱら「新人のレクチャー」に充てていた。
ここから先は、モニタ上で交わされたチャットによる対話。
映像では、口を閉じたままの二人に肉声が被さるような演出となる。
田村:こんな教材はバックグラウンドで流して「視聴済み」にしておけば充分です。
もっと実のある業務はありますか。
寺坂:いま考えてる。
よければその間、君がこれまでどんな仕事をしてきたのか、聞かせてもらえないか。
これは面談で、業務の一環だと思ってもらいたい。
田村:僕からべらべら喋ることはできませんよ。守秘義務がありますし。
寺坂:吉田課長とは面談してるだろう?同じ内容を話してもらえれば結構だ。
田村:社内で共有してないんですか。
寺坂:文書化はしていない。
課長からは、マクロも組める逸材だそうだぞと聞いていた。VBAを直接書けたりするのかい?
田村:吉田さんはマクロが何かもわかっちゃいない人です。
VBAは、デバッグならしますけど書くのは面倒臭いなあ。
寺坂:なるほど。赤ソフトは使ったことある?
田村:ホ、ホ。使ったことですか。ありますよ。
寺坂:どの程度?
田村:県立図書館の検索データベース程度の分量なら……2週間ですかね。
寺坂:おそろしいこと言うなあ。
田村:
あそこの蔵書目録だったら正味20時間で。
寺坂:は?詳しく。
田村:多賀城市は、民間の大手古書店シースリー社に図書館運営を委託した。
シースリーは館内をオシャレなカフェスタイルに改装するなどして市民から絶大な人気と信頼を得ています。
同時に蔵書のうち貸出も閲覧も実績無い資料は根こそぎ引き取り、代わりに自社倉庫から同額分と査定しただけの雑誌や小説類を納品。
冊数は増えたので役人大喜び。
シースリーも在庫処分ができる上に稀覯本をまるまる手に入れられて大満足。
古い史料は比定や分類だけでも手間暇かかるものですが、シースリーがバーコードを貼ってよこすような本なら単純作業でリスト化できる。
だから20時間もあれば片付けられます。
寺坂:フウ……悪意が濃すぎるって。
田村:僕は冷静なんですがね。
それにしても無知で愚昧な多賀城市民がうらやましい。
図書館とは雑談をしに通う公共スペースだ。そんな新しい文化を手に入れて、さぞかし誇らしいでしょう。
寺坂:多賀城の話はもういいよ。
ところで実は、田村さんに手伝ってもらいたかった仕事というのがね。
ここ10年間に会社が手懸けた全制作物のデータベースを作りたくて。
それだけのスキルを持っていることを、非常に心強いと感じています。
田村:年商10億の会社に、今まで製品一覧が存在しなかったことを驚くばかり。
僕にとっては役不足も甚だしい。
モチベーションが爆下がりです。どうしてくれます。
寺坂:安心してほしい。
課長は君を今すぐにでも辞めさせたがっているし、よほど態度を改めてもらわない限り、君にカルテを見せる許可は下りないだろう。
さてどうすればいいだろうねえ、と考えているところだよ。
田村:じゃあ僕が今すぐここを出て行くのが最適解てことでしょう。結論は出ている。
寺坂:まだ決定ではない。
君は契約の制限内にいるんだ。そこは弁えてくれ。
さて……いま作業フォルダのURLを送った。
カルテ及び報告書が数十点入っている。個人情報に関わる部分は文字列を置換しておいた。
君のスキルを考慮して、結構手こずった案件ばかりチョイスしたつもりだ。
今日は夕方まで、こいつと取っ組み合いをしてもらいたい。
さっき君は、POが年間160名生まれるって言ったよね。だから義肢についての基本は知っているものと見做す。
もちろん全点オーダーメイドだし、イレギュラーやアクシデントの事例も一通り揃えてあるよ。
図書館の本みたく静かにじっとしていてくれる相手じゃあない。
さあどうすればこいつたちを機能的なデータベースに落としこめるだろう。
挑戦してもらえるかな。