夜、居酒屋。
男がふたり。
ネズミの手も借りたいくらい忙しいでしょ?
給料はいくら欲しいんだ。
武林:とばしすぎですよ先輩。
なんですか、もうそんな噂になっちゃってるんですか。
奥野:実際どうなんだよ。
退職金は、ちょっとでも出るのか?
武林:電巧堂はぎりぎり潰れませんし、俺もプーにはなりません。
実は特ダネがあるんです。
誰にも言わないと誓ってもらえますか?
奥野:おお全世界へ拡散してやる。
で、何の芸を見せつけたいんだ。
武林:とっとと本題へ入りますね。
これ見てください。
武林、書類と、簡易包装の機械部品を取り出す。
奥野が読む間、しばし無言で串を頬張る。
奥野:要するにこれは、アレか。インテリジェント
ずいぶんと未来のカタログで取り寄せたものだ。高かっただろう。
武林:インテリジェント膝継手!
そんな名称もありましたねえ。俺は
奥野:いったい何の冗談だ?
タダでもいらん、こんなゴミ。
武林:残念ですねえ。
やっぱりマイコン制御の電動モーターにしか思えませんよねえ。
奥野:違うのか。
武林:でも正しい物の見方です。
そうなんですよ、よく似てます。
だから実物を触って使ったときのインパクトが、とてつもなくデカい。
奥野:もうちょっとヒントを出せ。
いったいこいつは、何なんだ。
武林:筋肉から得られる微弱な電流を利用して関節の動きをアシストする、という原理は似ています。
こいつは更に、ユーザーの動くパターンを学習するんです。
目的地へ向けて足が自然と前へ出るし、走り出せば加速度を乗せますよ。
奥野:じゃあ膝継手よりも高いはずだな。
何百万円するのかな。
武林:受注数にもよりますが、一個10万円を超えることはありません。
奥野:はっはっは愉快愉快。
帰ったら課長さんに、反応は上々でしたと伝えてくれたまえ。
武林:筋電義肢は日本じゃ大失敗の象徴です。
保険適用外でバカ高い。
ムチャクチャ重くてつけたくもなくなる。
使いこなすには根気を要するトレーニングが不可欠。
アンケートでもさんざんでした。
なぜか?
厚労省の提唱する要求に従ってつくり、右へ倣えでユーザーに押しつけ、多額の広告費をつぎこみ続けることでのみ神話を維持していたから。
結局その予算が尽きたところで急激に波が引き、誰もが一切口にしなくなった。
すばらしい歴史です。反面教師の鑑です。
そんなものの二番煎じかよ正気か?と誰もが呆れることでしょう。
そこまで計算のうちです。
奥野:結論だけ聞かせろ。
武林:これ、持ってみてください。ハーネスとモーターまで含めて200グラム以下です。
10万円で仕入れて組み込んでも、37万円の壁を越えずに作れるでしょ?
保険適用できるんです。
奥野:……!?
武林:役人は金額しか見ない。
医師にもPTにも、余計な説明は不要。
ユーザーには、君のパートナーだよとだけ伝えてください。
それで充分です。
奥野:これが電巧堂起死回生の切り札ということか?
がんばってほしいものだね。君たちの評判が高まって羨ましくなってきたら、うちでも購入させてもらうことにするよ。
武林:慎重ですねえ。
実は俺たち、小売やめるんですよ。
これからは問屋になります。
だから先輩たちより前に出ることはしません。
奥野:なにい?ちょっと待て。
最初からもう一度説明しろ。
いったい何を始めるつもりでいるんだ。
武林:結論だけじゃやっぱり伝わらないですねえ。
いいですか。電巧堂は来年より、POの皆さんへ向けて部品の供給とアシストをする会社へ変わります。
純粋なる裏方へと。
そのための下地づくりをしている最中なんですが、とりあえず話の通じそうなパートナーへ向けて、プレゼンも始めましたというところなんですよ。
奥野、腕を組んでじっと武林の顔を見つめる。
ビールを呷って追加注文。肉類もオーダーする。
奥野:やれやれ。
おまえを引き抜けると思ってたら、とんだ番狂わせだ。
染めてやるつもりが、そんなおれたちを染めようとしてやがった。
ますます寝る暇もなくなるな。
武林:ぶっちゃけ、どうなんです。左足の需要、先月より凄まじいことになってるでしょう?
俺達もう新規とってないので、最前線の空気にしばらく触れてないんですけど。
奥野:おれたちの市場がどれだけ小さなパイか知ってやがるくせに。
もちろん電巧堂が脱落したことで、ますますどこも手が回りきらん状況になっている。
あとで詳しく教えてもらうが、この装置は義足の使用状況や負荷のかかる部位、とくにダメージを詳細に記録するんだな?
制作やメンテナンスにかかる時間と手間が大幅に短縮できるとなれば、誰だって導入したがるだろう。
しかも、ユーザーに手間をかけさせないというのが最高だ。パーソナル医療機器のほとんど全部が、それのせいで迷惑がられているのに、ここをクリアしちまいやがった。
武林:徹底して個人情報は取得しません。通信機能も持ちません。
プロテクトをかけられるから、制作したPOが手にとってログを読み出すしかないわけです。
気に入っていただけましたかね。
奥野:来年の正月からと言ったか。
それより早く売ってもらうわけにはいかないのか?