選挙をするとお金がかかる。
お金が動けば経済が回る。
有象無象が駆け巡り、儲ける者も、大損する者も、現れたり消えたりする。
正しく申告されれば税収増にもつながるチャンスだ。
だから大人は選挙をしたがる。
民主主義ってすばらしい。
M県知事選で敗れた
北陸地方の生まれだが、M県へ転勤してきて、結婚して家も建て、この都をもっともっと住みやすくしていきたいと純粋な夢を抱いた。
ルックスが爽やかだったし、少年時代の恥や罪を知るM県民がほとんどいなかったので、彼こそアイドルにぴったりだと注目した某弱小政党が後援につく。
王政や独裁制に比べれば民主主義下の首長なんてサラリーマンみたいなものだと揶揄されるが、それでも大多数の庶民を標準とすれば立派な権力者さまだ。
県を代表する大役を担って内外の有力者と親睦を深め、地元の特産品を売りこんで回ったり、首都圏企業の工場を誘致したりなど、経済振興のキーパーソンとなる。
毎晩、接待のお誘いがひっきりなし。
誰も彼もにちやほやされる。
菊川はそんな自画像をイメージした。
後援会も煽った煽った。
勝てればすぐに取り戻せるのだから全財産を
立候補を届け出て、いざ選挙活動。
資金が足りなくなれば党が補填してくれるとの約束も交わした。
有権者の前でケチケチした姿など見せられない。
広い心と大きな器。
決して挫けぬ情熱を印象づけるのだ。
正々堂々、勇ましく。
日本では公職選挙法という条文が戦いのすべてを律する。
読んでみると実に厳しい内容だ。
たとえば2013年の改訂より前は、使ってよい武器の一覧にインターネットという分野が含まれていなかったため、候補者はもちろん選挙事務所のスタッフや臨時雇いの人員までが、電子メールの文中にワンフレーズでも選挙について触れれば処罰の対象とされた。
さすがにバカらしくて通報されても警察は動かなかったが、イメージダウンを過剰に怖れる陣営は律儀に守らなくてはと仲間内で監視しあい、そんなことに労力を使っていたから大惨敗したものである。
最新の改訂では、ポスターに猥褻な表現を載せてはならぬとの規制が追加されている。
不思議に思うだろう。そんなやついるんですかと。
これも小心者をビビらせるテクニックだ。
どこからを猥褻と解釈するかは裁判官次第なのだが、法曹界にコネを持たない者は考えただけで足をすくませる。
平たく総括するなら、世慣れた大先輩たちほど優遇しようとするのが日本における美しき法の精神なのです。ほーら納得しちゃうでしょう。
若き挑戦者・菊川昇はこの罠に陥ちた。
貯金はすっからかんになり、土地も家も抵当にとられた。
党はぎりぎりのところで救ってくれたが、生涯この恩を忘れるなと深い聖痕を刻みつけるのを忘れなかった。
政治団体にとって、才能ある若手の忠誠心を金で買えるなら安いものだ。
いつか与党になってみせるぞ。
えいえいおー。
本題へ戻ろう。
選挙をするとお金がかかる。
誰もが勝ち馬に乗りたいわけでもない。短期で稼ぎたい商売人は、つとめて敗れそうな候補者に投資する。
菊川昇選挙事務所に入りびたる業者は、ツケでいろんな備品を持ちこんだ。
菊川とスタッフは感謝しながらサインしまくった。
投票日の夜から猛烈な取り立てバトル。
債務者はパニックに陥り、どんな値打ちものでも二束三文で手放すことに易々と同意せざるを得ない。芽むしり仔撃ちだ。
あとに証書の山は残るが、誰もこれを詳細に計算しやしない。
最後に手をさしのべる政党だって、全部提出はさせるけど菊川の手許に証拠を残させないためだから、それ以上のことはしない。
企業が倒産するときにも同じような嵐が巻き起こる。
違法を立証することが難しそうなので合法なんじゃね?という解釈でよいと思うが、何千万とか何億円とかいった資産がどこへともなく消失してしまうという現象は、割とよくあることなのだ。
今回、M県に拠点をつくったばかりのある組織のもとへ、結構な財源が流れこんだ。
最先端の義肢モジュールをたったの10万円で売っても、痛くも痒くもないわけだという説明の回でした。
どっとはらい。