電巧堂。2階オフィス。
寺坂信行:大石さん。今やってるこの仕事、なかなか重労働なんだけど。
キタメって何をやってるところですか。
大石良雄:北目ね。俺もよくわからないなあ。
デジタル関連だから、むしろ君の方が詳しいはずなんだが。
先方からは好評をいただいてる。
勤労に励んでくれ。
寺坂:そうですか。
雑感でいいなら、生成AIのアノテーションをやってるイメージですね。
大石:エーアイ?あの?
ほほう。
つまり?
寺坂:どう説明すればいいんだろう。
たとえば、コンピュータに画像を10億枚見せて、猫か、猫じゃないかを判定させます。
正解か誤答かを人間が確認して、スコアをつけてやる。
コンピュータは休まず学習して、猫を確実に選び出すことができるようになります。
大石:コンピュータを鍛えてやってるわけだな。
それで?
寺坂:10億枚の中には、いじわるな画像もあります。
猫を咥えたピューマの赤ちゃん。
車に轢かれてミンチになった猫の死骸。
幼児が描いた猫っぽい落書き。等々。
これらをコンピュータはコンピュータなりに考えて、答えます。
「違うよそれ」というものを見つけ、項目一つひとつに模範解答を示してやるのが、アノテーションです。
大石:面白そうじゃないか。
寺坂:手伝ってもらえます?
大石:御免蒙る。
寺坂:やれやれ。
大石:ちなみに北目からの連絡によると、例のモジュールに組み込むAIを強化するためのプログラムだそうだ。
三春の発注なんだから三春にも手伝わせようといったところだな。
だから、しっかりやれ。
寺坂:え?ああ、それで3次元センサまで制御するんだ。ちょっと謎が解けました。
大石:なんだかんだいって、おまえさんはやっぱり頭がいいんだな。
寺坂:ようやく気付いていただけましたか。
大石:うむ。俺より多少は。
寺坂:評価低ッ!
大石:ついでにもう少し高度な疑問にも答えてもらおうかな。ジャンルは離れるんだが。
政宗と、秀吉。
この二人っていったいどういう関係なのかね。
寺坂:貞山公と太閤ですか。
直接対決した名場面が2回あります。
秀吉は押しも押されもせぬ天下人でしたが、奥州から参陣した伊達政宗公を只者ではないと認め、畏れ、その力をいかに削ぐかと懸命に画策したのです。
大石:スラスラと出てきやがるもんだな。
寺坂:当然ですよ。もっと語っても?
大石:いや、いい。
しかしそれにしては秀吉もずいぶん甘いな。
政宗みたいな危険分子、罪状には事欠かないのだからとっとと処分してしまうべきだったと思わないか。
寺坂:これほどの度胸と才覚、殺すには惜しいという打算もあったんですよ。
むしろ利用したかった。
政宗公を手懐けさえすれば西の諸侯も反抗できまい。
ゆくゆくは大陸征服の野望だって持っていたわけですから。
秀吉にとって、伊達政宗公とは、もっと大きな夢を叶えさせてくれる逸材に他ならなかった。
それだけの器と見込まれたんです。
大石:随分矛盾しまくった説明だと思わないのか。
中央から見れば伊達なんて辺境の
秀吉にずっと寄り添ってきた譜代にさえ、まだまだ褒賞がゆきわたっていない状況で、新参者をそこまで贔屓したりすれば身内の内紛を招かずにはおかないぞ。
寺坂:うーん。それも一理あるとは思いますけど、そんな常識的判断を覆すほど政宗公が魅力的、かつ実力を備えていたということですよ。
なにより実際そうだったので。史実は揺るがせません。
大石:俺が、整合性を損じること無く説明できたら、君は自説を翻すか。
寺坂:は?
大石:政宗は
顔は
片目も潰れているから常に隠していた。
これは事実だよな。
寺坂:あの。おい。
大石:秀吉もサル顔の醜男で、体には重度の障害を負っていた。
これは近年特に隠蔽させられている事実だが、知っていたかね。
寺坂:そっちは、聞いたことは、ある。
大石:秀吉が天下を獲れたのは、障害のおかげだ。
大きな組織を安定させるには、トップが万能じゃダメなのさ。
すぐ人を頼る、しかし愛嬌で場の全体を和ませる。実力はナンバー2以下が併せ持ちつつ拮抗する。
この構造が、秀吉を最上位に据えることで初めて成立したんだよ。
さて政宗だ。
秀吉に、初対面であれだけ気に入られたということは、誰もが噴き出さずにはおれないほど醜怪だったんだろう。
小田原が中央社交界への初参加。
前年、左足を骨折しているから歩き方もぎこちなかったはずだ。さぞや気張って支度して、それも大いに嗤われたと察する。
「あの大将がかわいがりたいようだから放っておけ、ただし監視は怠るなよ」これが側近たちの胸の内。
小田原を陥落させ、秀吉は寵臣の
黒川は政宗が手に入れたばかりの城で、本拠地にするべく大々的に整備していた最中だったようだな。
それを、みすみす秀吉へ呉れてやった。
政宗の家臣たちは怒ったと思うよ。
ただ、頭領である政宗自身はどうだったろうね?