寺坂信行:政宗公は……怒らなかったと?
喜んで差し出したとでもいうつもりか。
大石良雄:想像してごらんよ。
京都を本拠地とする、国内最大の軍閥が、九州から関東まで支配権を確立した。
いよいよ東北を攻めに来る。
それに先立ち「恭順の意を示して小田原へ参陣せよ」との通告を出した。
東北に群居する諸勢力は対応を協議する。抗戦を決めて連合を組む者たちもいたし、結論を出せずいつまでも悩み続けるやつらもいた。
伊達は参陣した。
君は、政宗が立派すぎて秀吉も
寺坂:秀吉が参陣を募ってからも
大石:歯切れが悪いな。俺が説明してやるよ。
政宗は自分から黒川城を差し出し、秀吉に絶対服従を誓ったんだ。
不自由な体で精一杯媚びてみせ、公式に奥州の覇者でいさせてもらうことを認めていただいたのだよ。
どうだ、すっきり納得できるだろう。
寺坂:できるか!そんな、そんな。
政宗公を、まるで、幇間のように言いやがって。
大石:政治家ならこのくらいの芸はできなくちゃ。
褒めてるんだぜ。現代でも、ここまでやれる地方行政官候補者ってのは、なかなかいない。
寺坂:いいや、認めない。
それは全M県民への侮辱だ。撤回してもらいたい。
大石:じゃあ、これよりも平易で万人を納得させられる説明を考えてくれ。とくに期日は設けないから。
寺坂:……結局は確かめようのないことだ。
君の説だって、悪意をもってそんな解釈することだって可能だよというパラレルのひとつに過ぎない。
こんなことに時間を費やすのがもったいないよ。
大石:そうか。じゃあ仕事へ戻るがいい。
寺坂:……政宗公は、馬に乗れなかったという説があるんだ。
片目では距離感が掴めないから、ちょっとでも速度を上げると危険だった。っていうんだな。
疱瘡は幼少期のエピソードだから、政宗公は一度も前線で闘った経験が無いことになる。
せつないよ。これじゃあ、独眼竜にまつわる伝承の大半が、成立しなくなってしまう。
大石:戦国武将なんていってもな、有名どころはたいてい特権階級の出身で、常に
あるじは、ただ見栄さえ張ってればよかったんだよ。
むしろ政宗は武術を学ぶカリキュラムから解放されて育てられたぶん、純粋な広告塔でいられた。いればよかった。醜さも武器にしてな。
そう考えてりゃいいだろう。
寺坂:純粋な、君主。……頂点に立つべくして立つ、あるじ。
それは当たってる。常に、雄々しく。民の前では。
そうだな、そこは揺らいでないんだ。
政宗公は伊達六十二万石を美しい都へ変えた祖だ。
そこは、それは、正しいはずだ。
大石:気がすんだか。面倒臭いな、東北人てのは。
じゃあ仕事へ戻ってくれ。
寺坂:はあ……
この日夕刻、ニュース速報が流れた。
電巧堂オフィスでも何人かがスマートフォンやPCの通知で気付いて呼びかけ、作業を中断してテレビをつける。
S市内を狩場とする連続傷人魔が初めて日中、人を襲った。
場所は県庁舎の7階。一般人が立ち入るエリアではない。
正規職員の男性が会議室で左足を踏み潰され、血溜まりの中で悶えていたところを発見された。
その十数分前か。犯人は先に被害者を薬で眠らせ、会議室へ運びこみ、両腕を背中で縛り、猿轡で声を上げられなくさせ、床に寝かせたあと左足ふくらはぎの上へ厚手の防水シートをかぶせ、一撃。
靴や衣類に血が付かぬよう離れ、外から鍵をかけ、階段で逃走したとみられる。
1階ロビーに設置されていた監視カメラの録画より、可能性のある人物の姿がピックアップされたが、ほぼシルエットのみ。特定は難しそうだ。
嗅跡は庁舎北側の道路沿いで途切れた。
このポイントを監視していたカメラは無く、付近店舗等からの目撃情報も芳しくなかった。ひっきりなしに夥しい人々が往来するからである。
このところ大きく報道されること自体なくなっていた事件であるが、マスコミは可能な限り人員を繰り出し、取材した。
警察発表は歯切れが悪かった。
フラッシュをどれだけ浴びせられても文句ひとつ言えない署長。
そんな姿も、すっかりテンプレである。
「暗くなる前に帰りましょう」というスローガンが通用しなくなった。新たなキャッチコピーが必要だろう。
防犯グッズもこれまでより多種多様なバリエーションが求められることとなろう。
小学校は集団下校のスケジュールを更に早めた。
学習塾界隈は「建物より外での安全義務は負えないので保護者がしっかり守ってあげてください」という共同声明を出し、社会的責任は果たしているものとするコンプライアンスを定めた。
犯人ゆるすまじ。
S市民であれば誰もが怒りの拳を振り上げる。
しかし商機は商機であることも事実であり、見逃すわけにいかない。
複雑だった。同時に単純でもあった。
ああ犯人をゆるすまじ。