12:00、チャイムが鳴った。昼休憩の開始。
寺坂は田村を食事に誘う。
田村:僕は昼は食べません。
勤務時間外の扱いですし、ここで寝てますから。おかまいなく。
田村、朝と同じ姿勢で瞑想に入る。
寺坂、呆れ顔。電話中の吉田課長にアイコンタクトして、一人で食堂へ向かう。
電巧堂の食堂は1階にある。
端に小規模な厨房が設けられているが、現在は調理人を雇っていない。
仕出し屋が午前中、注文数ぶんの弁当を届けに来るので、クーラーボックスからひとつ取り出し、自分の欄に受け取りのチェックを入れる。
寺坂はテーブルの空いた席へ座り、黙々と食べ始めた。
そこへ、製作課の
矢田:よ、おつかれ。
スゴイ新人が来たって聞いたぞ。外へ食べに出た?
寺坂:いや、上にいる。
変なやつだよ。ただ頭はとびきりいい。
矢田:おまえよりもか。
寺坂:課長はサイコパスかもって言った。ありえる。
シリアルキラーかもしれん。
矢田:ただごとじゃねえな。続きそうか?
寺坂:いま課題を与えてる。それ次第だ。
今日中に判定は下すけど、どのみち顧客情報には触れさせられないな。
調子に乗るとべらべら喋るんだ。意外に口も軽そうなところがあって、信用がおけない。
矢田:絶対ダメだろ。
寺坂:もちろん。絶対にダメだ。
12:45、昼休憩終了のチャイム。
田村、起きて作業を再開する。
寺坂も自分の通常業務を進め、時折田村から質問がくると回答する。
15:30、ver.1.0完成とのメッセージが送られてきた。
寺坂、チェックする。
顔色が変わる。
吉田課長にミーティングを要請。3人で、朝と同じ会議室へ移動する。
田村のPCをモニタへ接続し、作成したばかりのデータベースを披露させた。
田村は必要最低限の語彙しか口にしないので、寺坂が吉田に対して詳細な補助説明。
興奮気味に語った。田村を絶讃する言葉が次々と飛び出した。
吉田:赤ソフトって初めて聞いたんだけど、これは私のパソコンにも入っているの?
寺坂:オフィススイートのセットに含まれてます。全員のPCに標準搭載なんです。
営業も、出先でこれを開いて見ることができるんですよ!わざわざ電話して僕たちがファイルを調べるなんて、しなくてよくなります。
吉田:寺坂くんは知ってたの?これを。
どうして今まで使わなかったの。
寺坂:知ってはいましたが、ここまで作りこむ技術は持っていませんでした。
それに赤ソフト特有の使い方を一から全員に説明しなきゃならない。ハードルが高すぎたんです。
前任者のSEもずっと緑ソフトで作成していたから私も緑で踏襲したんですが、本来データベースは赤ソフトで作るのが最も効率的なんですよ。
田村、やれやれという表情。
寺坂:緑ソフトで作ったファイルを共有すると、誰かが必ずぶっ壊します。
いろんなところを勝手にいじくるから、マスターデータとしての信頼性が失われてしまうんです。
赤ソフトでなら閲覧者に検索と参照しかさせない。そんな制御が可能です。
このフォーマットでなら今度こそ完璧なデータベースが作れますよ。
紙の文書を1枚1枚めくっていくような効率悪い追跡作業と、やっと手を切れるんです。
どうか、これでやらせてください!
吉田、苦しそうな表情でいったん会議の終了を宣言。
田村をオフィスルームへ帰させる。
寺坂と二人だけになったところで、厳しい顔を向ける。
吉田:寺坂。今のは本当に困る。
田村君を辞めさせられなくなっちゃうじゃないか。
このファイルはNGにしておいて、彼がいなくなったあとで君がこれをそのままいただいて、運用すればよかったんじゃないのか。
どうせ社外に出すものではないんだろう?
寺坂:おっしゃることはわかりますが、このデータベース、マクロも使われてるんです。
田村くんはそこにセキュリティロックをかけているので、彼の協力無しでは、私がこれを改良しながら運用していくことができません。
改良ができないということは、数年も経つうち、いろんな不具合が生じているということです。
吉田:田村にそのロックを外させろ。
初日からシステムを人質にとるような交渉をしてくるような派遣なんて論外だ。
他にもいろんなものを仕掛けられていたらどうする。
寺坂:お言葉ですが、プログラミングを学んだ者にとって、このくらいの自衛手段は至極あたりまえの基本行動なんです。他人から、勝手にいじられないようにするための。
田村に悪意はありません。
我々が低レベルすぎて呆れているだけでしょう。
それより彼の力を借りるべきです。1ヶ月しか働かないと本人も割りきっているのですから。
お願いします!