堀部金丸と呼ばれていた男は、何度か目覚めては、まどろみを漂っていた。
たまに見る夢は全部忘れてしまったが、仕事や人づきあいにつながるテーマはあまり出てこなかったので、概して楽しんでいたといえよう。
遅刻を恐れて全速力する悪夢にくらべたら、鮫や虎に食い散らかされるなんてファンタジーだと割りきれるから、楽しいものだよね。
しかし覚醒してしまった。
夢見る被造物はすべからく同じ感想をつぶやく。
「現実はつらいよ」
今後はそう名乗ってください。
ヤヘエ(堀部金丸):何をした。
俺のからだを、いったいどこまでいじくったんだ。
勝呂:あなた自身がそれをたしかめ、トレーニングする時間を与えます。
さ、行きますよ。立って。
カテーテルや排泄処理装置が取り外される。
ヤヘエはおそるおそる、体を動かす。
切断されたはずの左足がついている。幻肢ではない。
まったく気味が悪い。
もちろん明白な異物感を伴う。
気にし始めると内臓や視聴覚、舌触りさえ、かつて自分のものだった器官ではないみたいだ。
POとして何十年も働いてきただけに、専門的な疑問が次々と湧いてくる。
こいつら、充分な説明と本人の同意を、どうしてここまで無視することができるのか。
まるで悪ガキが昆虫を捕まえてきて無慈悲な実験をしたり、戦わせ合ったりして最後は魚の餌にでもするみたいなプロセスだ。
この比喩があまりにもしっくりきたので、ヤヘエは怒りを抑えきれない。
ガレージでミニバンの後部席へ乗せられた。
内側は改造されており、まるで自衛隊の兵員輸送車みたいである。
威圧感のある黒装束と、さきほどの勝呂が、ヤヘエと向かい合うように腰を下ろす。
走り出すが、外は見えない。
揺れる車内で着替えを命令される。
指が思うように動かせず手間取ったが、急かされはしなかった。
まるでこれから雪山にでも登らされるみたいだ。自分ひとりで。
そんな想像をするヤヘエ。
2時間近く走って停車した。
黒装束がドアを開け、周囲をたしかめる。
そのあとでヤヘエと勝呂が降りる。
山の中だった。
夕闇が迫っていて、風が冷たい。
ここがどこだか、ヤヘエには見当がつかない。
勝呂:ヤヘエ。今夜はここで野宿だ。君ひとりで。
まだ冬眠前の熊が餌を漁っているから、気をつけるように。
ヤヘエ:は?
勝呂:これをやる。防災グッズだ。
これがサバイバルにどれほど役立つかも興味ある。生還したらレポートを聞かせてくれ。
ヤヘエ:ふざ
勝呂:今から重要なことを言うぞ。
君はヤソエモンと戦っているが、あのクラスの刺客が複数名、これから君を追う。
ふもとへ降りて住民に助けを求めることも想定内なので、それが刺客でないと調べてから接触することをお薦めする。
君を殺さないように、以外の条件はつけていないからね。
ヤヘエ:キチ
勝呂:私はオペレーションの終了まで、この近くでずっとモニターする。
君の心拍数や血糖値も常時見張ってはいるが、刺客たちとの位置情報など含め原則一切助言も煽りもしないので心得ておくように。
ついでに終了時刻がいつかも教えない。
タイムリミットがわかっていると、面白くないからね。
ヤヘエ:ゲームなのか、これは。
勝呂:そう。君たちがどれほど使いものになるか試すのさ。
せいぜい真剣にやること。
失格者は置いていって、山の神に捧げちゃうよ。
ヤヘエ:勝利条件は同じなのか。
俺も敵を見つけて倒せば、一抜けさせてもらえるのか。
勝呂:武器も持たずに倒せたら三階級特進ものだね。
でも今回逃げる役はヤヘエだけだ。
戦うなんて、お薦めしない。
終了時刻まで無事でいたら、ヤヘエの勝ち。
追う側は互いに競い合うし、それぞれ固有の能力を持っていて、いろんな種類の罠を仕掛けると思う。
そろそろ理解してもらえた?
ヤヘエ:出てくる前、俺に、トレーニングの時間を与えると言ったよな。これのことか。
ハンデありすぎじゃねえのか。
せめて一対一にしてもらえないか。
勝呂:ヤヘエにはそれだけ期待がかけられてるってことだよ。
じゃ、そろそろ始めていいかな。
僕は熊に飛びかかられないうちに、ここから去りたい。
ヤヘエ:置いてきぼりにされる俺のことなんて、心底どうでもいいってわけかい。
勝呂:うらまないでおくれよ。僕は下っ端にすぎないし、状況をずっとモニターするっていう重労働が待っているんだ。
言い方を換えれば、ひたすら見守っていてあげるわけだよ。
心強いんじゃない?
ヤヘエ:クソが。とっとと行け。
こっちだって準備する時間が一秒でも惜しい。
勝呂:いい心掛けだ。
じゃあ何日かしたら迎えに来るよ。
ヤヘエ:それが嘘だった、なんてフェイクは無しだぞ。
勝呂:フェイクの真贋を判断する能力も評価の対象だから。
それができなきゃ、サムライの力なんて与えちゃおけないものね。