電巧堂オフィス。大石良雄と寺坂信行。
大石:そんなに画期的なことなのか。
寺坂:驚くなあ。全部あなたがやらせたから、こうなったのに。
大石:俺は義肢の世界に詳しくない。
この会社の悪いマネジメントを矯正しただけだ。
具体的にどうするかは君にも考えさせただろう。
画期的だというなら、それは君たちの成果だ。
寺坂:秘書が勝手にやりました、なんて逃げ口上は通用しませんよ。
大石:それは昭和の流行語だぞ。
寺坂:そうなんですか。
汎用性が高いからネットでもよく見ます。
大石:秘書どころか俺は入社したてのヒラ社員だ。責任は社長にとらせろ。
浅野さんに入れ知恵したのが寺坂くんという図式だ。
寺坂:吉田課長もいなくなっちゃったもんなあ。
大石:吉田?ああ、そんな名前のやつもいたな。
寺坂:ひでえ。
大石:寺坂くんは義肢に詳しいか。
寺坂:あなたよりは。でも実際、まるで素人ですよ。
大石:ユーザーが望むなら高性能の義肢でもつくってやってたのか?これまでは。
寺坂:そっち方面なら現場に訊くべきじゃないかな。
貝賀さん、ちょっといいですか?
3人で会議室へ移動。影の黒幕・大石はあらためてレクチャーを受ける。
ユーザーは一旦全額を支払いますが、あとで9割戻ってきます。
この金額を超えた部分も行政が補助することになっている。まず審査に通らないですけどね。
大石:そこはわかった。ただ、カンの施しなんて要らないからもっと良い義肢をつくってくれと求めるユーザーも多いはずだ。
その場合は、応じるの?
貝賀:よくあるケースは、競技用義肢です。
アスリートやレーサーが事故で障害を負い、それ以降もスポーツを続ける場合。
資金援助してくれるスポンサー企業を見つけてからのオーダーになりますね。
大石:そこまでレアケースじゃなくていい。
一般人でも、100万円払うからカッコイイ義肢にしてくれとオーダーすることはあるだろう。
受けるのか?
貝賀:行政は、正当な理由無く制度が利用されないことにも不満を抱きますから、結局は医師やPTが説得して、患者に承諾をとらせますね。
そこでやっと、義肢製作所へオーダーが入ります。
大石:もういい。所詮、カンがすべてを枠内に嵌めこんで動かしているのが実態だ。
おまえたちもグルだったんだ。
電巧堂はこのシステムより離脱する。
やれやれ、スッキリした。
貝賀:寺坂さん、大丈夫なの?これって。
寺坂:大丈夫とは?
我々は、政府のつくった檻の中で仲良く暮らす集団の一員ではなくなるということです。
食糧も安全も、これからは自分たちの力で掴み取っていくんだ。
その覚悟は、もう、してるはずでしょ?
貝賀:早水くんや武林くんは活き活きしてるけれどねえ。
私には、まだ不安の方が大きいんだよ。
今もやっぱりドキドキしてきた。
寺坂:それでいいと思いますよ。不安を抱いていなければむしろ失格だ。
大自然と向き合って生き延びるには、極度な心配性であるくらいが丁度いいんです。
檻の中にいると日々失われていくスキルですよね。
大石:ちなみに貝賀さん。
競技用義肢を作れるPOってウチにいるの?
貝賀:堀部さんが昔やったこともある、くらいかな。
今じゃあドイツやアイスランドの専門メーカーが凄いのつくって他を圧倒しちゃったから、日本では挑戦しようとする会社自体、無くなっちゃったね。
大石:そこまでわかっているのに、これからも末永くカンと仲良き連れション友達でい続けようと考えていたわけだ、おまえたちは。
恥を識れ。
貝賀:面目ない。
見ざる聞かざる言わざるに堕していたと言われれば、まさしくその通りだ。
寺坂:フォローしておきます。外ではまだ当分、官僚を敵視する言動は慎んでくださいね。
厚労省・財務省・公安委員会からも目をつけられないよう、業界の片隅で縮こまりながらゼイゼイ喘いでいるフリをし続けておく必要もあります。
だから貝賀さんにはこれからも常に不安そうな仮面を被っていてほしいんですよ。
貝賀:心得た。つまり私は、あるがままにしていればいいんだろう?
寺坂:その通りです。
貝賀:せっかくだからこの場で訊いておきたいんだが。クライアントから、チップセット・モジュールの前注文をかなりいただいている。
1月から発売開始というが、もっと早めることはできないものか。
納品数と、私たちへの割り当ても正確に知れれば、クライアントをやきもきさせないですむ。
皆、早くあれを組みこんでユーザーに使ってもらいたいんだ。
どうだろうね。
寺坂:北目の生産力次第ですが……
どうなんですか?大石さん。
大石:屋代さんには伝えておく。
ただ彼も、こんな仕事を振られる予定じゃなかったから小規模のラボラトリーしか準備してなかったようなんだ。
ま、品不足は人気商材の宿命さ。勘弁してやってくれ。
寺坂:すみません貝賀さん。そんなわけです。
クライアントさんたちにはよろしく。