M県警察本部長・
マスコミは新知事誕生よりも多くのリソースを割いて取材しようとしていた。
全国的に大注目されている事件へのテコ入れとして抜擢された腕利きという噂だ。
東京でもこの映像が流れるんだぞ、と考えながら鋭い質問をいくつも考え厳選していく。
血気逸るのも無理はなかった。
しかし先制パンチをくらう。
新・本部長は公式アナウンスよりも早く現地入りし、労務者のような私服のまま県警本部を訪れ、記者クラブへ殴りこみをかけた。
渡辺:君たちは民間人だが、その中でもトップクラスのエリートばかりだと私は認識している。
ゆえに物分かりもいいはずだと考えるので、口頭のみで伝える。
これまでのような報道をしやがったら、ただじゃおかないぞ。
記者たちは愛想笑いをやめた。
この時点では、目の前の男が誰なのかもわかっていなかった者が多いと思われる。
渡辺:市民を傷つけ、平和を乱す凶悪な犯罪者がこの県にいる。
警察は捜査に全力を投じ、一刻も早くかれらを逮捕し、送検してやらねばならない。
ところがここに、応援しているそぶりを示しながらひたすら茶化して事件を飯の種だとしか考えないヒーロー気取りが大勢いらっしゃる。
私はそいつらもゆるさない。
憎むべきは犯人だ。当然だろう。
捜査の足を引っ張るだけの輩にはお仕置きが必要だよな。
わかったか!
ここで、呑みこみが早く要領のいい者が恭しく挨拶をして、慎重に、弁解を試みる。
新・本部長は途中で遮る。
渡辺:言葉を商売道具にしているクセに、くどいぞ貴様。
大衆に媚びてたらそんな喋り方しかできなくなるのか。だから警察官の邪魔しかできんのだ。
とっとと犬小舎へ戻れ。
次の記者は、自分たちが大衆に寄り添う立場であると手短に抗弁した。
渡辺:その大衆を苦しませている犯人に味方しておるのだぞ、おまえは。
偽善者どころか、二枚舌の畜生だ。
罵られたくなければ正義のために力を奮え。
そろそろ相手が何者であるかを、室内の全員が察した。
こんな男が相手なら面白い記事が沢山書けそうだぞと胸算用を始める者もいる。
渡辺:努力を自慢する奴はバカだ。芸人なら芸で勝負しろ。
もちろん私は治安の回復で実力を証明してみせる。ただそのためにはおまえらみたいなゴミカスがいるだけで迷惑なんだ。
ききわけが無いなら、まずおまえから粛清してやる。
捜査のお邪魔などしませんが、情報はいただけるのですか?と記者の一人が声をあげた。
渡辺:いい子にしていれば餌はもらえるのですかとイヌが吠えたわ。
愛玩犬など求めちゃおらん。
存在価値があるつもりなら情報を蒐めて届けにくるくらいの誠意を示せ。
大衆は不安に脅えている、かれらには知る権利がある、警察からの発表を私たちは記事にして正しく伝える、それではいけませんか。と誰かが誠意をこめて発言した。
渡辺:知る権利と抜かしたか。
それはただ座って待っているだけという意味だな。
ところで私も一市民として知りたいのだが、メディア企業の広告料収入と役員報酬はM県ではいったいどれほどの額なんだろうね。
公共性を謳うのであれば透明性を求めて然るべきだが、見せしめになりたい候補はいるかね。
記者の誰かが、ここで戦意を喪失する。
警察官僚含む上級公務員や政治家は貴紳であり、何重もの規則や法律に縛られているから正規の収入だけではまともに生活できない。そこで立場を利用していろんな副業に手を染めなくてはならず、従来はその秘密を握ることで記者側が有利な立場に身を置いていた。
だがどうやら新・本部長は、報道機関と広告業界の癒着がもたらす極楽浄土を強請るノウハウをお持ちであるようだ。
大衆に親近感を抱かせるため、経営陣や役員は収入を広言したがらない。
かれらを必死で守り通すジャーナリストやタレントだけが出世させてもらえる。
警察本部の記者クラブに詰めてただ公式発表を転送するだけという待遇を手に入れるなんてもちろん会社にとっては特Sクラスのお気に入りたちばかりだから、危機感も強烈だった。
スケープゴートにされてはたまらない。
渡辺義俊閣下に忠誠を誓い、私ならお役に立てますよと実力を示す必要が生じたのだ。
そうと決めたら一番乗りを目指すまでさ。
そして着任当日もニュースにはならなかった。わざわざ敵に手の内を見せる必要は無い、と新・本部長が公表を拒んだからだ。
そして直ちに体制の刷新へとりかかった。
どんな悪もM県では生きられなくさせてやる。
彼は、高い理想を抱く男だったのだ。