12月の栗駒山に、そこそこ大勢の野郎どもが集結した。
班分けされ、県道から無数の脇道へと散ってゆく。
基本、先頭は武装した警察官と、山に詳しい案内役。
一定距離を空けながら臨時雇いの民間人が続いて、採取したお宝をメモと一緒に保全するとか、写真を撮ったりノートに記録したりなどのアシスタントを務める。
事前に衛星地図で調査すべきポイントはピックアップされており、それらのどこかから不審者Hの痕跡につながる発見ができればという、藁にも縋るミッションだ。
県都S市では今も毎日1~2件の傷人事件が続いており、そちらの警備を緩めるわけにもいかない。
こんな切実な状況下で、危険と知りつつ協力を惜しまぬ県民に警察は最大限の敬意を払う。
悪くないお時給だった。
ある班に、A県在住の老人が参加していた。
この地域の土地勘は無いが、山歩きには慣れていて足腰も丈夫だ。
同じ班の若者がしきりに懐くようになった。
若者:
それにしても、こんなワクワクする山だとは思わなかったよ。
若者:ワクワクしますか。どこらへんが?
小野寺:熊がいる。
まだ暖かいせいか、冬眠していないのが何匹も歩き回っているね。
若者:横手って豪雪地帯ですもんね。
熊がいるってどうしてわかるんですか?
小野寺:わからないかな?
そこいらじゅう、熊棚だらけじゃないか。
若者:クマダナ?
小野寺:君は街育ちか。熊棚を知らない?
ほら、あの枝先に鳥の巣みたいな塊ができているだろう。
若者:はい。あれが熊とどう関係するんですか?
小野寺:熊はあそこに腰かけて、先端の実をたぐりよせて、食べて、寝るんだ。
若者:あは。冗談でしたかあ。あんな細い枝に熊なんて乗れないでしょ。
小野寺:もしかしてヒグマをイメージしているかな?
やれやれ。ツキノワグマは仔熊なら犬くらいの大きさだよ。
オスの成獣でも、せいぜい体重80kgだ。
木登りだって人間よりすばしこいからね。
若者:え。それで、人も襲うんでしょ?
小野寺:やっぱりヒグマと勘違いしているな。しかも怪獣ぽい姿で。
若者:ツキノワグマは人を襲わないんですか。
小野寺:人に失礼なことをされたら戦うことだってあるよ。
若者:やっぱり襲ってくるんだ。
小野寺:ヒトを襲うニンゲンだっていっぱいいるじゃないか。
熊だけが特別な生きものってことはない。
若者:僕たちの前に熊が現れる可能性はありますか。
小野寺:可能性ならあるだろうね。
若者:何パーセントくらいですか?
小野寺:やれやれ。
熊はね、夜明けと日没後以外はだいたい寝てるんだ。この仕事中に出くわすチャンスは低いよ。
それに人間がこんなにワイワイやってたら、たいがいの野生動物は身を隠すから。
若者:え、かれらも人間を怖れているんですか。
小野寺:面倒くさい連中とは関わりあいたくないんだよ。
人間同士だってそういうものだろう。
若者:そういうものですかねえ。
小野寺:それにしても、いい香りだ。
ほら、そこに落ちているのも熊の糞だよ。ツブツブが浮かんでいるだろう。果実の種だ。
熊は大食漢だから、いろんな木の実をしこたま食べて、そこいらじゅうに排泄する。
腸内でじっくり温められた種子は最高に理想的な環境で発芽するチャンスを与えられる。
熊がのびのび暮らせる森は、強くたくましい生態系を育む。樹々が大地にしっかり根を張れば、地滑りだって起きにくくなるからね。
いやはや、実に良い山だ。
来てみて正解だったよ。
若者:小野寺さんはエコロジストか何かですか。
小野寺:エコロジストが何者かは知らないが、何かではあるだろうね。
ところで班長はいったいさっきから何をやっているのかな。
同じところをぐるぐる回っているばかりで、ちっともやる気を感じさせないんだが。
若者:担当エリアでめぼしい発見が無いものだから、時間を持て余してるのじゃないですかね。
小野寺:M県警の迷走ぶりは噂で聞くより深刻みたいだな。
傷人事件だけで被害者は100人を超えたというのに、まだチンタラやっている。
あいつにもしっかりしろと言ってやらんといかんな。
若者:ああ、教え子さんでしたっけ。
警察の関係者なんですか?
小野寺:関係しているから関係者かな。
ああ、ゴミはすべて持ち帰るように。
熊は好奇心が旺盛だから、興味を抱くと里へ降りてきちゃうよ。