M県庁。4階知事室脇の応接ルーム。
伊達綱宗(知事):先生、ごぶさたしております。全然お変わりなくてびっくりいたしました。
小野寺:若返りの秘薬を発明したからね。
最初は妻で実験して、今年から地元の高校へ通わせている。
綱宗:本当ですか?
小野寺:ありえないだろ。
やれやれ、私のジョーク好きはよく知っているくせに。
綱宗:すみません。政治をやっていると、なんでも直球で受け答えしなくては伝わらないという経験則が身についてしまうものでして。
小野寺:じゃあ君は政治家未満だということになる。
何をしたいのかがさっぱり伝わってこないからね。
綱宗:はは、手厳しい。
私のモットーは「誰もが安心して暮らせる都にする」です。
これ以上シンプルにはできないと思うんですけどね。
小野寺:両親にとって理想の教育が、子供にとっては精神的虐待だったとする。君はどちらに味方する。
綱宗:知事としては、家庭内の問題へは踏みこみません。
ただ、当事者全員が公平な立場で意見を主張しあえる機会をつくる努力はします。
小野寺:有権者AとBが結託すれば、非有権者Cの意見なんて合法的に封殺できる。
残酷な状況が残酷なまま維持される結末に、行政が御墨付きを与えることになるぞ。
綱宗:問題があるようでしたら、機会は何度でも与えましょう。子供が何度でも手を替え品を替え不満を主張しつづければ、両親だって考えを変えるかもしれない。
子供だって考えを変えていって両親の想いを受け容れられるようになるかもしれない。
最終的には、あくまで当人たちに決めさせたいです。
小野寺:わかった。では弱者が声を上げられない立場だったらどうか。
たとえば県民と熊との軋轢なら?
綱宗:は?熊ですか。
小野寺:この場合、君は知事として当然、人間のみを守るべく行動するのかな。
綱宗:うーむ、少し考えさせてください。
原則はそうかもしれませんが、人間の中からも「熊は悪くないんだ、相手の側こそけしからん」と声を上げる人たちが必ず出てきますよね。
熊自身の声は反映させられませんが、人間たちの主張を公平に戦わせて、結着点を探りましょう。
その機会をつくり安定を保つことが、知事としての使命になります。
小野寺:私は昨日まで栗駒山で遊んでいたんだがね。
人間たちがあまりにも無知蒙昧で呆れた。
とくに警察が、専門家に意見されることを極端に嫌う。あれを罰する手段は無いものかね。
綱宗:栗駒山。いま山狩りをしていますよね。
あちらに参加されていたんですか。
小野寺:やめたけどね。耐えられなかった。
君のところには、どんな風に報告が届いているんだ。
綱宗:9月からの連続傷人事件と広域誘拐事件は同一組織による犯行で、その拠点の少なくとも一つがあの付近に存在する。その手懸りを探すための山狩りです。
県警本部からは「未だ決定的な証拠は出てきていないけれども、散乱したゴミの分布や人跡をデータ化することで浮き上がらせてみせる」との意気込みを聞いていますね。
報道規制を敷いているようなので、あまり話題にはなっていませんが。
小野寺:そうか。妙に違和感があると思っていたが、マスコミがうろついていなかったせいか。
綱宗:なにが起きているんですか?現場では。
小野寺:捜査対象区域を地図上で分割して、エリアごと班長に仕切らせているんだが。署内でも低ランクの警察官ばかり掻き集めてきた印象を受ける。
勉強意欲も学習能力も貧弱で陣頭指揮などしたこともない連中が、慣れない山歩きしながら小隊長を気取っているわけだ。
「冬眠前の熊が何匹も藪の向こうからこっちを覗いているぞ」と言っても鼻で嗤いやがる。
当然、出くわすよな。
綱宗:熊と?
ま、まさかすでに事故が起きているんですか。
小野寺:事故とは?
綱宗:熊に襲われて被害者が出ているのですか?とお尋ねしています。
小野寺:おまえもか、綱宗。
熊は人間を襲いなどしない。人間が、熊を襲うんだ。
見つけた瞬間、班長の号令でただちにありったけの銃弾をぶちこむのさ。
樹洞にくるまって冬眠していた母熊と仔熊を引きずり出して退治したと自慢している班もあったと聞く。地味で退屈な任務だから、その程度の気晴らしくらいはと指揮所でも容認しているんだ。
綱宗:先生、お願いです。今の話もすべてジョークだよと仰っていただけませんか。
小野寺:綱宗よ。
私は一日に一度しかジョークを口にしないと決めている。それがモットーだ。
知っているくせに、しらじらしい。