M県議会庁舎。3階の応接室。
渡辺義俊(県警本部長):くつろげますな、ここは。毎日お邪魔したいくらいだ。
兵部宗勝(県議会議長):どうぞ毎日いらしてください。茶葉も種類が豊富にありますので。
柴田朝意(議員):警察本部の応接室へも、一度お邪魔してみたいですが。
渡辺:お恥ずかしくて、とても。
貴人を招く準備をそもそもしていないし、贅沢だって許されません。
建物全体が根本的に、居心地良いような造られ方をしていないのです。
奥山常辰(議員):なるほど、設計思想の段階から違うわけだ。
渡辺:全国的には、各課から椅子を撤去する流れが進んでいます。
柴田:椅子?
渡辺:書類仕事を座ってやっていると、ついつい気が緩むものです。だから立ったまま、やらせる。
会議室でも、椅子を置かなければそれだけ時間の節約ができる。
刑事部の捜査課なんて基本みんな外に出ているから、机だって共用台がひとつあれば充分です。
柴田:すばらしい!
奥山:柴田さん、あとでカタログを送るよ。
最新式の机はレバーで高さを調整できるんだが「これで各人、立ったまま仕事しやすいように動かせ」と言ってから椅子を召し上げるんだ。
面白いほど、実績上がるから。
渡辺:さすが。奥山さんは御存知でしたか。
奥山:
そうでもしないと社畜ってやつは、すぐサボるから。
渡辺:給料泥棒を摘発できる条例をつくっていただければ、我々が悪質な企業から捜査してやりますよ。
兵部:いえ渡辺さん。これは各社が就業規則で定めればいい話です。
県内の会社すべてに一律適用させてしまうと、底辺層の企業まで能率を上げてしまう。
そうなると我々が楽できなくなる。
渡辺:なるほど。旨味が減るというわけですね。
兵部:産業構造を安定させるためには、何よりもまず、常に金を欲しがってばかりいる貧困層が大量に必要。
それらを束ねる中小企業に、かれらの監視をしていてもらう。
常に下へ下へと目を配らせ、それ以外考えられないようにしておくのですね。
愛・夢・誠といった魔法のスパイスを適度にふりかけながら、この環境を維持するのが、我々政治家と、治安警察の責務だと考えております。
渡辺:なるほど確かに。
するとさしずめ県庁職員は単純作業に従事する工場労働者ですか。
兵部:そうですね。特権意識だけ与えて事務仕事に専念させる。
昭和時代には必要な部署でしたが、無能病に取り憑かれやすいから今や腫瘍の塊ですが。
早急に切除あるいは粛清が必要なんですが、どうすれば低リスクで無毒化できるんだろうかというのが、なかなか難しい。
そこへノックの音。原田が入ってくる。
原田宗輔(議員):すみません、遅れまして。
奥山:おつかれさま。さすが一番忙しい御仁だ。
兵部:何を飲むかね。
原田:うーん。スノーホワイトをいただこうかな。
兵部:渡辺さんもいかがですか。
渡辺:はい、同じものをください。
原田、ソファへ腰を下ろす。
ひと息つくとすぐ鋭い目つきを輝かせる。
原田:渡辺さん。どんな調子ですか、進展は。
渡辺:一週間の捜索で、めぼしい成果は上がりませんでした。あの山にアジトを持ってるとは考えにくいですね。
原田:フム。じゃあ順次引き上げさせましょう。
掻き集めた派遣の中から使えそうなやつは延長させて、県内各地で監視・囮・罠づくりに活用させます。
柴田:原田さん。渡辺さんが、熊胆いらないかって。
原田:クマノイ?
渡辺:余興で熊狩りを許可したら何十匹も仕留めてきて、班ごとで競争して盛り上がってるんですよ。
地元の猟師たちも副収入にありついて喜んでくれてね。
で、とくに熊胆が高価値だって聞いて、選り分けさせているんだが。
原田さんには御恩もあるし。いかがですか。
原田:なるほど。
熊はね、冬眠する種もしない種も年に数ヶ月は絶食して過ごすように体ができているから、胆嚢の働きが特殊なんだな。それが漢方薬にも使われていてね。
おもしろそうだから、いただきましょう。
それにしても栗駒って、そんなに熊いたんですか。
渡辺:県道よりちょっと奥へ入ったくらいでこれだけ捕まるんだから、山全体では数千頭か数万頭、いたりしてね。
M県にはまだまだフロンティアが眠っている。
色めき立ちますよ。
兵部:純朴な物好きが冒険してきてくれるなら、スポンサードして利権を押さえておきたいね。
奥山:注意するとしたらだよ、渡辺さん。
栗駒は四県にまたがる山系で、地方によって呼び名も違っていたりする。境界も曖昧だから、これが商売になると噂になれば、民間企業をうしろだてにした各県の観光課や都市計画課が横槍を入れてくるよ。
県警同士だって揉め始めると思う。
そこで、だ。
渡辺:わかりますよ。本庁へ今から根回ししておけっていうんでしょう?
栗駒山はM県のテリトリーだ。
中央がそう裁定すれば、他県は臣従するしかない。
先手必勝まさにそれ、ですな。