S市A区。100メートル近い高さのオフィスビル。
風の冷たい、年の瀬深夜。
黒装束に身を包んだ人物Aが壁をよじ登っていた。
手や足をかける突起物は規則的に並んでおり、クライミングの難度としては軽い方だ。ただ単調なので緊張感を保つことが課題となる。
息をきらせながら屋上まで辿りつく。
登りきった。
そこに、別の男Bが待っていた。
段差を乗り越え、俯せに身を横たえらせるA。
B、その背中を踏みつける。
もがくA。
手足をばたつかせてBのバランスを崩させ、もう片方の足を掴んで強く捩った。
B、Aの背中から片足を離す。
Aはすかさず体を起き上がらせ、Bを倒しにかかった。
揉み合いが始まる。
Bの方がやや体格大きいが、Aは俊敏である。からみつくようにBの手足を押さえにかかり、有効な技を発揮するチャンスを与えない。
しかし最終的にスタミナが勝負を決めた。
BがAをフォールし、ここで試合終了。
二人をじっと見ていた、お揃いの黒装束Cが近寄ってくる。
C(ヨゴロウ):腕を上げたものだ。
シンロクロウ。どうかね、感想をひとこと。
A(シンロクロウ):くーやしーいです。もっとパワーが、パワーが欲しい。
B(マタノジョウ):いい心掛けだが、これでも手加減してたんだからね。
実戦では、標的の死角から一撃で急所を突くことが基本だ。そのことも忘れないように。
ヨゴロウ:熱いぞ。ゆっくり飲め。
さ、10分休んだら降りて帰る。息を整えておくこと。
シンロクロウ:ふう、ふう。
どうでしたか、僕。そろそろエキシビションに出られますかね。
ヨゴロウ:決めるのは
マタノジョウ:闘技場では、四肢の物理的損傷が許されている。というより、皆それを見たがる。
相手をやることより、やられることの方をしっかりイメージしておけよ。
シンロクロウ:骨を砕かれるんでしょう。肉を引き裂かれるんでしょう?
激痛ですよねえ。
ええ、それもぜひ味わっておきたいんです。
マタノジョウ:こういうヤツたまにいるけど、変態だよなあ。
ヨゴロウ:シンロクロウは電巧堂出身だからな。
義肢をつくってたんだろ。
シンロクロウ:はい!ヤヘエの弟子でした。
マタノジョウ:げ。そうだったのか。あいつらの仲間かよ。
え、義肢つくってると、欠損することに、そこまで前向きになっちゃったりするものなの。
シンロクロウ:皆が皆でもないですけどね。
ただ、カルテ読んで、患者さんの人生や、現在の境遇を思い浮かべますよね。
むしろその共感無しに義肢なんて作れないです。
それでも結局のところ、健常者は障害者と同じ目線に立つことができない。
自分が精魂こめて作った義肢を、自分の体に付けて試すことができない。
感想もらって調整を繰り返すんだけど、どうしても遠慮だってされちゃうし、スッキリ往き着くところまで辿り着けないんですよ。
これがずっと悔しかったんです。
わかります?
マタノジョウ:え?
いや、俺に言えるのは、やっぱりおまえたちってド変態だなってことだ。
ヨゴロウ:電巧堂はちょっと特殊でね。
義肢つくるには国家資格が要るんだけど、シンロクロウはそれを持っていないんだ。
マタノジョウ:え?どういうこと。
シンロクロウ:資格持ちの営業が患者さんから聴き取りして、採寸して、製作課にカルテをよこすんです。
それを見て僕たちが作って、営業に持っていかせるんですよ。
マタノジョウ:さっき言ってた話と違うじゃん。
患者さんとは直接会わないのか。
シンロクロウ:はい。情報は紙のカルテのみです。
想像するしかないんです。
それもこれも、ぜんぶヤヘエのせいで。
マタノジョウ:えええ?
さっき弟子だと。
シンロクロウ:矛盾してませんよ。
僕はヤヘエの弟子のひとりでした。だからあのバカが大嫌いだし、そもそもおまえがこんな体制にしたから患者さんの望む通りの義肢がまともに作れないんだろうがって心底怒りに震えてたまりません。
マタノジョウ:もう、ついていけねえや。
ヤヘエと対戦する機会がきたら、せいぜい血だるまにしてやんな。
ヨゴロウ:シンロクロウは、手足すべてを改造されても構わないのかね。
それで、しかも、欠損する時にその痛みまでしっかり体感して、記憶に刻みこんでおきたいと。
シンロクロウ:薄衣で手術してもらえれば、元の肉体よりずっと優れた性能を手に入れることができるから。
ただ、それだけを目的に、麻酔かけられてる間に交換されてました、じゃあ、やはりホンモノへは辿りつけない。
そのときの全力を出しきって戦い、それでも敗れて生死の境を彷徨うっていうプロセスが肝腎なんです。
だから早くエキシビション、やりたくて。
マタノジョウ:ヤヘエは何度もボコボコにされて体中を改造され、今じゃ立派なバケモノだ。おまえも、あんなところまで逝きたいのか。
シンロクロウ:ヤヘエを憎くて憎くてたまらないのは、そんな堕ちっぷりが心底羨ましいからでもあります。
最高でしょう、あんな外道っぷり。
ちくしょう、いつか追い越してやりたい。