自衛隊は、軍隊ではない。
軍隊に求められる基本的な責任も義務も持たないので、議論の余地すら無い。
たとえば軍事拠点であれば物資や人員の集積所であるばかりでなく、非常時には付近住民の避難所ともなる。
奇襲作戦では予告無しで攻撃される対象となるし、敵に基地機能を奪われ利用される事態さえ常に考慮しておかねばならない。
自衛隊にはこの思想が無い。
S市の北東に小さく構える多賀城市。
縄文時代からの遺跡が掘れば出てくる土地なので、なかなか開発が進まない。
その一角に陸自の駐屯地が置かれている。
隊員たちの多くが正月休みに入ったところへ、10名ほどの賊が侵入した。
応戦した数十名の留守部隊に甚大な被害が出て、武器弾薬が盗まれる。
年末に一斉整備したばかりの特殊車輌数台が運搬に使われ、海岸や山奥で乗り捨てされていた。
破壊された跡はなく、住民に騒がれなかったのは幸いといえよう。
死者こそ出なかったが、立ち向かった隊員は皆、半殺しの目に遭っている。
証言を総合すると、まず正門から乗用車で2名の佐官がやって来た。
アポイントメント通りだったので、本部2階の司令職務室へお通しした。
駐屯地司令は来客が偽物だとすぐ気付いたが、声を立てる間もなく自由を奪われる。
ほどなく施設内のセキュリティシステムが無効化され、賊の増援部隊が正門および西門あるいは塀を飛び越えて侵入する。ほぼ全員が正規の迷彩服に身を包み、ヘルメットで顔も隠していたという。
武器庫や車庫の場所、それぞれのロック解除法まで調べ上げての作戦らしく、足取りに一切無駄が見られない。
賊が使用した武器は主に棍棒。あるいは手足を振り回し怪力で相手の骨を砕く。頭を掴まれ、指で目を潰された隊員もいる。一部ではスタンガンも使われたらしく、電気ショックによる気絶や火傷も確認されている。
自衛隊員は「敵といえど相手も人間」と非殺生を遵守する精神訓を叩きこまれて生きている。これもまたかれらを軍人と同一視できない根拠であるが、プロフェッショナルに言わせれば、熊狩りの方がよほど緊張感を味わえるというものだ。
事件を、自衛隊は公表しなかった。もちろん防衛省には報告したが、社会への影響が甚大であることに慎重論が唱えられたのだ。
中央が自粛を求めるならば地方は従うが当然と、司令以下幹部たちは胸をなでおろす。
ひとたび外部に盛らせば、東北方面軍のみならず全国の隊員ならびに官僚が批難を浴び、塗炭の苦しみに曝されるであろう。その責任は誰がとる。
さいわい自衛隊は独立性の極めて高い組織なので、治療も検証も清掃もすべて自分たちの手で完結することが可能だった。
日頃から
警察との連携はどうか。
これは昔から最悪だったといってよい。
階級を問わず自衛官を長くやっていると、常に国家の未来を空想しながら町を歩くので、警察官から職質を受けやすくなる。
革命運動家の目つきと似てくるせいだ。
対話を始めるとますます疑いを濃くされる。
日々こんな思いをしているので、自衛官は警察が大嫌いだ。
今回の犯行グループは栗駒山でパトカーを襲撃した怪人との共通項が多く、まさしく殺人ロボットが大量生産体制に入ったことを想像させる。
それが未だに解決しないのは警察が無能なせいである。
ゆるすまじ。ゆるすまじ。ゆるすまじ。
県警が栗駒の山狩りを実施した際、自衛隊にも協力させようという動きが水面下で演じられた。これは警察庁でも防衛省でもない人からの発案だったが、実現しなかった理由も今ならすっきり納得できよう。
自衛隊は決して表に出ることなく、日々の訓練に勤しんでいた。
ただ黙々と訓練に没頭し、決して戦場には出ないこと。
これが自衛隊の創設以来、揺るがぬ最終目的であるからだ。
軍隊ではないのだから、それでいい。
ただ今回、その原則は侵さずに新たなミッションが設けられることとなった。
敵は超人的な力を持つ凶悪テロリスト集団。
これを、陸自が最初に制圧する。
さっそく習志野特殊作戦群より視察団が派遣され、M県入りした。実戦経験はもちろん無いが、世界中の対ゲリラ・市街戦について研究している日本随一の精鋭たちだ。
多賀城駐屯地ばかりでなく、県下すべての陸自拠点が緊張感で満たされる。
かれらは市内における警察官との近接戦闘も想定に含めて調査オペレーションの立案を始めた。
どうせわかりあえないのだから説明する時間も惜しいし、警察官を振り切れぬ自衛隊員ならテロとも戦えないだろう。
プロの仕事を、見せつけてやれ。