同日夜、S市内の街角。
その交差点にはコンビニがある。駐車スペースは設けられていない。
周辺にはバス停・商店の並び・小さな公園・住宅街への入口。大きめの地図案内板なども確認できる。
乗用車が1台、道路の端に停車。ハザードを点灯。
助手席から背の高い男(A)が降りて、コンビニまで歩いていった。やや早足。周囲を隈無く見回しながら。
運転席の男(B)も、窓とミラーを交互に確認。
まるで巡回中の私服刑事が怪人の出没想定ポイントで不審人物がいないかチェックしているみたいである。
コンビニへ入ったA、トイレから出てきて、店内をあらためて見回し、何も買わず立ち去る。
やはり周囲に目を配りながら、車の方へ戻っていこうとする。
ここで物陰から黒ずくめの人間(C)が飛び出してきた。
CはAにしがみつき、その口を押さえる。
A、身をよじらせるが、Cを振りほどくことができない。
数秒後、Aは嘔吐を始めた。膝をつく。
このとき車中のBも気付いて運転席から飛び出した。
C、Aの左足ふくらはぎ真上から一撃、蹴りつける。
A、うめく。
Cはたちまち暗がりの中へ逃げこんだ。
B、Aの傍らを駆け抜けCを追おうとするが、狭い路地裏の先、すでに姿は見えない。
B、苦しんでいるAへ駆け寄り背中をさする。もう片方の手でスマートフォンを取り出し、応援を要請する。
界隈は騒然となっていた。
第三の凶行。
これも大きく報道された。
被害者は一般の会社員であると説明された。命に別状は無いが、重体だそうである。
全ニュースメディアが、次も子供が狙われるものと思いこんで、それに沿った注意喚起ばかりしていた。だから第一報では前の2件とは結びつけずに原稿を準備した局も散見された。
しかし県警は同一犯によるものと断言し続けたので、次第にどこの論調も均質化してくる。
「凶悪犯は老若男女見境無しだぞ」
「庭で飼っているペットだって狙われるかもしれないぞ」
「全国各地でイカレ野郎が急増中だそうだ。でもS市のやつは特に注意な」
そんな風に無闇と対象は拡大された。
コメンテーターはどれだけ時間をもらっても喋り足りなかった。
視聴者の一部は胸焼けを起こしてアニメやゲームに戻っていった。
さすがに夜出歩かなければ襲われることも無いだろうし、職質だってされないだろうと。
賢明だ。
寺坂:どうして警察は同一犯だとここまで自信をもって言いきれるのかな。
田村:逃げ足の速さと、臭跡を攪乱する手口が共通してるからじゃないですか。
仮に別々だったとしても、同一市内なんだし、捜査本部を2つも立てれば人員が割り引かれて非効率でしょう。
ひとつながりの事件だという前提で捜査するのは正しいですよ。
寺坂:君はもっと高いレベルから全体像を眺めている感じがする。
昨日も尋ねたけど、犯人の目的は何だと思う?
田村:警察が掴んでいる情報をぜんぶ目の前に出してくれれば推理もしますがね。
マスコロガシの口を介して届く雑音からは、何ひとつ意味のある手懸りを得られません。
おしまい。
寺坂:君は定時になるとすぐに帰っていくけど、そのあとS市へ行っているのかい?
もしかして……副業で探偵でもやっているとか。
田村:プライべートに関わる回答は拒否します。あなたとはそこまで親しい間柄ではない。
寺坂:安心するよ。
田村さんは守秘義務も、そんな風に尊重してくれるだろうね。
徹底的に。
田村:私から業務上の質問していいですか。
システムファイルの作成日時、7年前のものが多いみたいですけど、この年になにかあったんですか。
寺坂:その頃、社長が犬公方社のコンサルタントと契約して、いわゆるIT改革ってやつに挑戦した。
それが実にデタラメでムチャクチャな連中だったんだそうだ。
数年して契約を打ち切った。
紙の書類をベースにしたまま、さらに3年ほど騙し騙し運用。
さすがに限界がきて僕が雇われたのが2年前。
根本から直したかったけど、みんなから、なるべく今の使い方を変えないでくれと言われた。
騙し騙し仕事してきて、ここまできた。
さすがに僕も限界がきて、アシスタントを雇ってくれと課長に頼みこんだ。
そんな歴史の残骸だよ。