ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。   作:稲荷竜

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基本1人称、たまに3人称でやります
ブラック企業を辞めた帰りに魔法のステッキを拾ったら魔法少女になってしまった30代おじさんの話です
毎日11時更新
よろしくお願いします


第1話 ステッキを拾う

 馬鹿な真似をした馬鹿の尻拭いをしたくなくて会社を辞めた帰り道。

 魔法のステッキが地面に落ちていた。

 

 あまりにも真夏だった。今年の暑さが例年に比べてどうなのかは知らないが、狭苦しい会社のオフィスで『節電!』という張り紙の上の古いエアコンを見つめながら汗を流していたあの日々より、よっぽど過ごしやすいのは確かだった。

 

 太陽が出ている中をスーツ姿で歩くというのも気づけば久しぶりだ。帰りは深夜、出勤は日の出前、その後ずっと会社に詰めてデスクワーク。昼休憩だけきっちりひかれて残業代は出ない、そういう環境で生きてきたから。

 

 思い出したくもない会社のことはもういい。退職金は出る。持つべき者は弁護士の親戚。

『どうして今までその環境で相談しなかったんだ』と怒られたけれど、『相談する…………?(そんな手があったんだ)』という反応をしたら黙ってしまわれた。本当に悪いことをしたと思う。発想がね、わかなかったんです。限界で。

 

 そして魔法少女のステッキ。

 

 疲れてるのは間違いない。でも、ビジネス街にはあまりに不向きな極彩色。疲労から見える幻覚ではなさそうだった。

 ピンク色の、かわいい宝石のはまった、女児の手によくなじみそうなステッキ。

 

 魔法少女アニメの商品か何かだろう。アニメ。昔は見てた。退職して再就職までは少し休養期間をおくように言われている(親戚から)ので、見てみるのもいいかもしれない。今、何やってたっけ。

 

 時間ができると使い方がわからない。

 趣味は仕事にすりつぶされて、もう跡形もなかった。『楽しい』というのがどういう感覚なのか、うまく思い出せない。ただ、『明日からあのクソ環境にいなくていいんだ』という、怒り混じりの解放感だけがあった。怒り。これも、長らく忘れていた感覚だったように思う。

 

 とりあえず、このステッキをおまわりさんに届けて、なくしてしまった女児に届くように願おう。

 

 退職後最初の時間の使い方はこうして決まった。時間にしてほんの十分ぐらい。これから駅に行くからちょうどいい。

 あの地獄から抜け出した最初の時間の使い方が、名も知らない女児の助けになることだと思うと気分がいい。大きなお友達だったらまあ……『外でステッキ持ち歩くな』とは思うけれど。

 

 それにしても、なんでこんな路地裏のひっそりした場所に落ちてたんだろう。

 

 そんなことを思いながら拾った。

 

 光った。

 

 変身した。

 

 そうして俺は魔法少女になった。

 

 30代無職、とある溶けるような夏の日差しの下のことだった。

 

 みーんみんみんみんみんみん。

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