ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
どうにも怪しい書き込みだった。まるで『敵』のボスを探しているかのような……
それを見たくれあが『あの子かも』と言うので、二人で廃病院に張り込みを行ったわけだが……
発見されたのは、ハーフパンツの中年男性だった。
(怪しい)
すね毛を出したいい歳した男が、夜の廃病院にいるというだけで怪しい。
動画撮影でもしているならまだわかる。でも、手にはスマホはなかった。頭部などにカメラをつけている様子もない。
中年男性は、何を考えているかわからない顔をしていた。
懐中電灯のせいかもしれないが、顔に影がまとわりついている感じがする。
目が、底なしの暗闇みたいだった。人間として大事な何かが擦り切れている感覚、というのか。対峙した印象は、あの
異界から来たモンスター。剣と魔法の世界からこちらに染み出し、『常識』を侵略する敵。
そういうものに、ありようが近い──いさみが中年男性を見ての感想は、そういうものだった。
中年男性は、ただじっと、いさみを見ていた。
何かを考えているようにも見えたし、ただ見ているだけにも思える。
(本当にわからない。こいつ、人間なの?)
三歩の距離で観察した印象は、人間ではなく、もっと思考体系の違う生き物のようなものだった。
この時点でいさみは、ほぼ、この中年男性が
だが一般人を相手に魔法少女としての力を使うわけにはいかない。
疑わしいというだけで攻撃していたら、間違えた時に大変なことになる。
相手が自分たちに危害を加えてくる変質者なら対処のために魔法少女の力を使うのは、(いさみ的には)ぎりぎり、アリだった。
けれど、くれあは認めないだろう。優しい子だから。
(何をされてもすぐ動けるようにしておかないと)
いさみは、生身のままで、くれあを守る覚悟を決めた。
中年男性の手が動いた。
いさみが反射的に構えると、中年男性はただ頭を掻いただけで、「ええっと」と不明瞭な声を発する。
「……肝試しに来たん、です」
ぼそっとした声で、最初、うまく聞き取れなかった。
音声から意味を抜き出して受け取るまで、数秒かかる。
「……こんなところに、一人で、ですか」
「はい」
絶対に嘘だ、といさみは思った。
ただ、嘘を言っているようにも、本当のことを言っているようにも見えないのが、本当に厄介だった。
目の前の生き物は、まるで、『人間』というもののしそうな反応をなぞっているかのようで、言動一つ一つに、なんの感情もこもっておらず、意図もわからなかった。
『今さっき人間を食べて、その動きを模倣しているだけの化け物』と言われた方がまだ納得できる非人間さ。
「お二人は学生ですよね」
中年男性は相変わらず感情が見えない声と顔だった。
でも、その指摘はいさみに効いた。
学生が二人で廃病院にいる。
学校に通報されたらまずい。……くれあもそのはずだが、いさみは、『日常を取り戻すため』に戦っている。
異神どもにゆがめられた常識をもとに戻して日常を取り戻すこと。それが、戦いの動機なのだ。
だから学校生活も普通に送っている。
しらばっくれるのもいいが、自分たちの見た目で『大人』には見えないだろうことは、いさみもわかっている。
だから、いさみはこうごまかすことにした。
「……肝試しに来ました」
「女の子二人でですか。危ないですよ」
「大丈夫です。私、強いので」
「…………そうですか」
男性はため息交じりだった。
少しだけ感情が見えて印象が変わる。
先ほどまで『感情がなく、人間の行動を模倣しているだけの化け物』にしか見えなかった男性の印象は、いさみの中でこう変化した。
(……自殺を考えてる?)
そう思ってしまうと、そうとしか考えられなかった。
擦り切れた感情。死んだ目。ハーフパンツ姿で荷物の一つもなく、撮影をするわけでもなく、廃病院に一人で来る。
確実に死にに来ていた。よくよく見れば、生気が一切感じ取れない。幽霊か、自殺者か、どちらかにしか思えない。
いさみは、くれあを見た。
くれあは、ひそりと、いさみに耳打ちした。
「あの人、放っておいたら死にそうだよ」
やっぱり、くれあにも、自殺者にしか見えないようだった。
いさみは、くれあのことが大事だ。戦いも、『日常を取り戻すため』であり、『くれあのため』である。
だが、正義感や倫理観がないわけではない──というか、正義感は強い方だと、よく言われる。そんなつもりもないのに。
だから、明らかに自殺以外の目的がなさそうな、死んだ目の中年男性を放置はできなかった。
……自分が平気でも、翌日のニュースなどでこの男性の死が想像されれば、くれあが耐えきれないだろう。くれあは、優しいから。
いさみはため息をついた。
それから、眉根を寄せて、不機嫌に、こう言った。
「……目的は同じようですから、ご一緒しませんか?」
「え”」
男性はあからさまに驚いていた。『まずいと思っているように見えた』という方が、印象としては正しいかもしれない。
やはり自殺するつもりだったのだろうと、いさみは思った。
「肝試しですよね。奥まで行って、帰ってくるだけでしょう。だったら、ご一緒しませんか」
いさみは押してみた。
男性は頭を掻いた。悩む時の癖なのかもしれない。
「学生ですよね」
「そうです。あなたは社会人ですよね。学校に言われたら困りますけど、あなたも、勤め先に言われたら困るんじゃないですか」
「………………あー、まあ、そうかもしれません」
「でしょう。だったら、私たちの言うことを聞くしかないと思います」
「でも、危ないですよ」
「私たちは強いので、平気です」
「いや、うーん…………ええと…………」
男性は困ったように目を泳がせていた。
最初の印象より、かなり、人間みがある。
(……異物の仲間だと思ったのは申し訳なかったわね)
異物どものボス? がいるらしい廃病院──かつて調査したがいなかったけれど──ということで、こちらも警戒しすぎていたかもしれない、といさみは思った。
男性はため息をつく。
「わかりま──」
瞬間。
いさみと、くれあの脳内に、警鐘が響き渡った。
同時に脳内に展開されるレーダーマップ。
異物の出現──
「逃げてください」
いさみはそう言って、前に出ようとした。
それより早く、くれあが駆けて、男性と、レーダーマップの赤い点──異物との間に出ていた。
慌てていさみも、くれあの横に並んで、変身を開始する。
そして……
これまで、くれあも、いさみも相手したことのないほどの、異物が。