ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
うおおおおおキモッ! なんだあのモンスター、キモッ!
頼むから戦えないなら逃げてくれー! そこで倒れられてると気になって暴れらんないよー!
いやしかし、アレだな。
相変わらず何もわからないね、これ。
あの触手みたいなの何? いきなり魔法少女世界のレーティング上がってないか?
お供妖精とかいない? 魔法少女ものって今はそういうのいない感じなの? 全然わからない。困る。助けてくれ。情報、情報が足りない。
でも、化け物が化け物らしいのは助かる。
全身で訴えかけてくれてありがとう。
『私は、倒してもいいクリーチャーです』って、一目でわかるのは、いいよね。
相変わらず、肉体の操作はセミオートだった。
触手が伸びてこちらを突く。
朽ちているとはいえリノリウム? の床が軽く砕ける威力。立ち上るホコリをちらりと見ながら地面の上を低くすべって化け物の本体に接近する。
斬る。
かっったいなコイツ!
食い込みもせずに刃が弾かれたのは初めてだ。
ゴムっぽい外皮に見えたけどそれは粘液のせいで、近場でよく見ると鱗っぽいものがびっしりある。
鱗の感触は叩いた感じ、金属のようだった。でもまっとうな金属じゃないんだろうな。
力がいる。
鎌についた宝石から、黒い泥が染み出す。
武器を大きくするには少しだけ時間がかかる。
その間にも攻撃は来る。避ける。あ、まずい。後ろに女の子がいる。
巨大化途中の大鎌で受ける。
……重いな!?
いや、俺の体が軽いのか。軽くて速くて鋭くて、でもふんばりはあまり利かないみたいだった。
「黒ちゃん!」
俺ですかそれ!?
確かに名乗ってねえな。でも黒ちゃんはないでしょ、そんな、猫じゃないんだから。
斜め上方向に吹き飛ばされる。
空中で姿勢制御。くるりと回って、天井を足で蹴って、また突撃。
武器の巨大化はまだ途中。
少し遅く感じるのは、戦闘速度があの泥の巨人の時よりも速いからだろうか。それとも、途中で攻撃を受けると遅くなるのか。
敵の攻撃が激しくなった。
背後を守りながらだから避けきれない。
この体もこの装備も、『誰かを背にかばう』のは不向きみたいだ。小さすぎて、軽すぎる。女の子の体、しかも、子供の体。
でも中身はおじさん。
なら、子供は体を張って守らないとな。
粘液まみれの鱗びっしり化け物の触手は、かすっただけで衣装と体を斬り裂いた。
何かがゴソッと抜ける感じがする。魔力とか、生命力とか、そういうの? よくわからない。眠気が酷く頭にのしかかる。意識を保つのに必要なエネルギーが削られているのかもしれない。
でも寝ないのは得意なんだ。
デスマーチ歴十五年だぞ。
鎌が巨大になる。
巨大になった鎌は取り回しが悪いという、実戦経験してれば普通に気づくようなことに気づいたのは、すっかり鎌がデカくなったあとだった。
化け物の攻撃は細かく刻むようなものになっていた。
ジャブでしか戦わないボクサーかよ。盛り上げろよ試合を。派手なストレートをくれ。カウンターを決めたいんだこっちは。
「黒ちゃん!」
「私の名前は黒ちゃんじゃない」
口が勝手に遺憾の意を表明していた。
魔法少女二人が俺の前に立って、それぞれの武器で触手をさばき始めたと認識したのは、言葉が出た一瞬あとだった。
「とどめ、刺して!」
プリエステスに言われる。
「あなたたちが戦う必要はない」
「でも、今は私たちの力が必要でしょ!?」
何も言えなかった。実際、そうだから。
「私の意見は変わらない」
何か言った。大人なら黙って済ますところを、子供の体は黙って済ませられないらしい。
出てしまった言葉にはフォローが必要だろう。
「……でも、今は確かに必要なのは、認める」
「…………うん!」
魔法少女二人が進む。
俺も二人にかばわれるように進む。
触手の乱打をさばきながら前へ出る。
二歩、三歩と進む。
一足の間合いまであと二歩。
一歩、進む。
化け物の攻撃が激化する。
足が前に出ようとした。
「出ないで!」
青い方──ブレイブが、目ざとく、鋭く、叫んだ。
「あなたは、とどめを刺すことだけに集中しなさい!」
子供に守られるのは情けないが、子供が勇気と度胸で前へ進む姿には胸を打たれる。
おじさんは涙もろい。君たちを守りたいというのが大人としての本音なら、君たちの必死さに胸を打たれたのがお年寄りとしての本音で、それから……
この二人が作ってくれたチャンスを逃せない、というのはきっと、魔法少女としての本音なんだろう。
最後の一歩が、詰められた。
踏み込む。
斜めに斬る。
すさまじい切れ味だった。空間ごと斬ったかと思った。
化け物がずるりと両断された線でズレて、それから黒い泥になって弾ける。
そして俺の鎌はその泥をすごい勢いで吸い込んでる。スムージーでも飲んでるみたいだな。
「……やったの?」
プリエステスの言葉にうなずいた。
「その力、それに、
ブレイブの言葉にうなずけなかった。
だって俺も何も知らないもん。
テレポート、いけるか?
家に戻ったら即ぶっ倒れるが、いけそうか。
なんか少しだけ元気がある。やっぱあの泥、俺の魔力か生命力に変換されてるっぽいんだよな。
うわーやだなー……あれが俺の栄養なのか……
「あなたたちに教えることは、何もない」
子供の口がそんな意思を伝えて、俺はテレポートした。
テレポート中の魔法少女に手を伸ばさないでください。危ないだろ。
幸いにもブレイブちゃんの手を切断して持ち帰るみたいな展開にはならず、次の瞬間には、俺は俺の部屋にいた。
そして案の定とてつもない眠気に襲われて、すぐ目の前のベッドに倒れこんで、そのまま意識を失ったのだった。
◆
翌日。
「あ、無事だったんですね」
意外と近場でプリエステスの方に再会した。
何を答えたか覚えてないが、ろくな返事はできなかった気がする。
……これから、戻る時にも気を付けないとな。
やっぱり俺、正体バラせねえよ。
だって俺のエネルギー源、明らかに敵側だもんよ。