ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
十四歳。中学二年生。
今が八月でもう十四歳なので、誕生日は春ぐらいっぽい。詳しくは聞いてない。
っていうか、名前も学年も、俺からは一切聞いてない。
「こんばんは!」
「あ、はい、こんばんは……」
住んでいる場所がご近所らしいということが判明してから、出会うたびにあいさつをされている。
なんだろう、『礼儀正しくていい子ですね』よりも先に『俺を社会的に追い詰めようとしてる?』という感想が来てしまう。そんな三十代無職男性なのだった。
あとどうにも監視されてる感じがする。
まさかバレた? 俺が魔法少女をやっていることが……
……いや、確定はしてないと思う。確定してたら素直にそう切り込んできそうだ。
でも疑われてはいるぽいよなー……
確かに、あの廃病院の状況だけ見ると、かなり俺って疑わしい。
ただ『ピンクの子らがピンチの時に、そのピンチをなんらかの手段で嗅ぎ付けて、黒い魔法少女がいきなり現れた』というのと、『黒い魔法少女の正体がおじさんだったので、ピンチに駆け付けられた』というの、どっちのが可能性高そうかって考えると、前者のはずなんだよな。
たぶんだけど、彼女らには『おじさんが少女に変身する』という選択肢がない。
少女は変身後も変身前も少女だというのが、彼女たちの常識のはずだ。
だから暫定疑う対象ではあっても、そんなに熱心に監視するほどには、『俺=黒い魔法少女』説は確度高く見られてないはずだとは思う。
でもやたらと構われるよなー……
今日も夕方のコンビニ帰りに会ったんだけど、出会い方が『待ち構えられてた』なんだよな。
俺の住んでるところは安い二階建てアパートの一階角部屋なわけだけど、間違いなく彼女、そっちの方じっと見てたんだよね。
何? 何がどうして俺は女子中学生に監視されることになったの?
深夜の廃病院に一人で行ってる中年がそんなに要注意人物に見える?
だとしたら個人で監視しないで警察に言いなよ。
いや、警察に言われても俺が困るんだけど……
「えーっと、あのー、聖さんですよね」
「はい。聖くれあです」
「……このへんにお知り合いでも住んでるんでしょうか」
「え?」
俺を見てる。
そんな、廃病院で偶然会って、たまたま近所(住宅街の端っこ)に住んでた俺を、まさか『知り合い』にカウントしてる?
女子中学生が中年男性を知り合いカウントする動機としてはめちゃくちゃ弱いと思うし、危険だよ。
「その、お知り合いがいらっしゃらないのでしたら、あんまり知らない人のいる場所をうろうろしない方が、危険ではないように思われますが」
「すごく丁寧に話されますね……」
何が通報理由になるかわからんからね……
知らないようだけれど、中年男性にとって、血縁でも親類でもない女子中学生って、『不発弾』だからな。
そっちは軽い気持ちでも、こっちは善意の第三者に通報されるだけで人生終わるんですよね。
なので慇懃に、そして距離を保った言葉遣いになります。わかってください。
「あのそれで、えっと、お名前聞いてもいいですか?」
「家に戻られた方がよろしいと思います」
なるべくかかわりたくないので、かたくなに名乗ってない。
俺の『帰れオーラ』は伝わってるはずなのに、なんだかめげない。
若さは苦境の中でも前進する力になるとは思わされたが、こういう苦境は前進しないでいいんですよ、本当に。
「えっと、じゃあ、廃病院さんと呼ばせていただいても?」
「………………」
どうしてそれで『じゃあそうしてください』が出ると思うんだ。
思ってはいないのか。なんだ!? 怖いんだよ! なんの事情で俺と名前が必要なレベルのコミュニケーションをとろうとしてる!? やっぱバレてんのか!? 俺が女児化して魔法少女してるってこと!?
わかんない。女子中学生わかんないよぉ!
「…………
「え、でもポストには
「……………………鬼林です」
知られたくなかったなあ、本名!
クソ! このアパート借りた当時はなんの疑問もなくポストに名前書いちゃったけど、今思うと超不用心だったな!
でも女子中学生に名前バレする危険性とか想定できるかそんなもん!
「……えーっとそれで、聖さんは、この鬼林めになんの御用でしょうか」
「いえその、ご無事だったかなと……鬼林さん、なんていうか……自殺……しようと、してらしたでしょう?」
「え?」
「……あれ?」
なんだろう、話が見えてきた気がする。
俺、自殺志願者だと思われて……ケアされてた、ってこと!?
うわー女子中学生のデリカシーが半端で状況がようやく見えた!
確かに廃病院に動画撮影してる様子でもない中年男性が一人! 自殺志願者にも見えるか!? ただの肝試しフリークよりは自殺志願者寄りか!? そうかも!
肝試しってもしかして『一人でやることは絶対にない』と思われてる!? 世間はそんな陽キャばっかじゃねえんだよ! でも俺の目的は確かに肝試しではなかったので強く言えねえ!
どうする!? これ自殺志願者だと思われてた方が都合がいい!?
魔法少女だってバレるよりはいいか!? そうか!? わかんねえ! 俺には難しいよ、正体隠した魔法少女ムーブ!
……よし。
「あーそのーえーっと、まあ、そのー、……………………………………申し上げにくいんですが、そういう気持ちもありました」
「やっぱり……」
すげえ納得されたんだけど、俺そんな死にそうに見える?
むしろ死ぬ動機と職が先日なくなったばっかりで、今が人生で一番ハッピーまであるんだが。
とにかく、あー、どうしたらいい!? わかんないよ。もう、自殺志願しようとしてるが立ち直った中年男性のムーブすべきところだろうけど、わかんない、何も。
「……とにかく、まあ、もう心配はないので、その、こんなところにいないで、あなたはあなたの日常に帰ってください」
やばいな、何もわからなさすぎて魔法少女状態みたいなこと口走ってしまった。
だって急に来た女子中学生に自殺志願者だと思われてケアされてるケースなんか想定できるかよ。
っていうか自殺志願者中年男性をケアしようとするな! 危険だから!
「あとあの、仮に私が死にそうに見えても、放っておいた方が、絶対にいいです。危険ですから。本当に。自殺志願者は、何するかわかりませんよ」
「でも、放っておけませんから」
「それはそうかもしれませんが、それでも、聖さん自身の安全を最優先してください」
「…………私は、私の安全より、大事なことがあるんです」
おっ、まずいスイッチ踏んだな。
吐く言葉と見せる態度が全部まずいな、俺。もうどうしたらいいですか。
「私は、困ってる人を見過ごしたくないんです。その人がいつの間にか消えてしまったら、それこそやりきれないですから。……人は、急に消えるんです。私は、もう誰にも消えてほしくない……」
「……聖さん……」
立ち話でする内容ではない気がします。
「……あ、変なことを言ってしまって、ごめんなさい。でも……私は、鬼林さんにも『消えて』ほしくないんです。だから……何かあったら、相談してください。私にできることなら、なんでもしますから」
「危ないのでやめてください、本当に」
「また来ますね」
「もう来ないでください」
「それじゃあ!」
こうして俺のことを自殺志願者だと思い込んだ魔法少女は去っていった。
そしてまた来るらしい。
俺の人生の中に『女子中学生との会話デッキ』を作る必要性が生じた瞬間だった。
……魔法少女バレとどっちが厄介か、これもうわかんねえな。