ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
(……やっぱり、怪しい)
自殺志願者の男性。
パートナーのくれあは、本当に自殺志願の男性だと思っているようだ。
でも、
(廃病院にもいた。廃工場にもいた。……黒い魔法少女──『ディメンション・ウィッチ』が掲示板で情報を求めた直後と思しきタイミングで、ウィッチがいそうな場所に、いつもいる。まだ二回目だけど……二回中二回、いた)
懐中電灯を手に前を歩く鬼林の背中を見る。
私服の中年男性の姿を見る機会というのはなかなかないので、何か不思議な感じがする。ハーフパンツにゆったりしたTシャツ。荷物らしきものは、ポケットにふくらみがあるから、スマホと財布ぐらいは持っているのだろう。ほかには……
いさみは、男性の後姿をじっと見た。
背中。後頭部。下半身。
手首。右手、左手。
怪しいものは『何もない』。
装飾品らしきものも、『何もない』。
(……ウィッチを追いかけてる男性……もしかしたら、『
いさみはそう考えた。
二回、ウイッチが情報を得たと思しき現場にいた。
二回というだけなら偶然かもしれない。
でも、『二回中二回』は、偶然とは思えない。
(でも魔術師なんていういかにも隠れひそんでそうな連中の一人が、住宅街の安アパートに住んでるなんていうことある??? ……住所も偽装かもしれない可能性は……あるとは思うけど……)
それにしては、くれあが『コンビニ帰りの姿』や『ゴミ出しの姿』などを目撃している。
魔術師とかいう『異世界から侵略目的でやってきた秘密組織』の一員にしては、生活感があふれすぎているように、いさみには思えた。
(そりゃあ、この世界に住んでれば生活ぐらいはするだろうけど……それにしても、あんまり悪の秘密結社ぽくないっていうか……! 侵略目的の
ただの異世界から来た侵略者ならぶっとばすのに迷いはない。
でも、『生活があるんです』とか言われてしまうと迷いが出る。
(まあ、まだ魔術師の一員だって決まったわけじゃないけど……要監視ではあるわね……)
いさみは、ジロッと男性の背中を見た。
男性が振り返る。
いさみはビクッとして慌てて、なぜか腕を組んで相手をにらみつけた。
「何か?」
「いえ、私が先導してしまってるけど、進む道は不満がないのかなと思いまして……」
「……別にあてがあるわけじゃありませんから。好きな方向に進んでください。不満があればきちんと言いますので」
「わかりました」
男性は再び前を向いた。
いさみは大きくため息をついた。
(考えを読まれた? ……さすがに偶然よね?)
要監視、と思った視線を感じられて振り返られたかと思った。
考えすぎ──とも思うけれど、どこまで警戒していいのか、正直なところ、わからない。
何せ相手は『常識を改変する』とかいう連中なのだ。
「それにしても」
男性の声
思わずいさみはびっくりした。
「はい!?」
「……えっと、『広いだけで何もありませんね』って言おうとしただけですけど」
「あ、ああ、はい。まあ、廃工場ですし、機械とかは撤去されてるんでしょうね」
元は製紙工場だったという話だが、それらしい機械類は存在しない。
天井の高いだだっぴろい、ホコリっぽい空間がひたすら続いているだけだ。
照明がなく、窓も高い位置にしかないせいで薄暗いが、懐中電灯で照らしているだけでも視界には困らない。
「……あの、ええと……」
「……渚いさみです」
「鬼林です。……渚さんは、とりあえず一周したら帰る感じでいいでしょうか?」
「…………そうですね。できればもう少し探りたいところですけど。こう暗くては限界もあるでしょうし。……探索目的なら明るい時間の方がよかったんですけどね」
「では、なんでこんな夜に?」
「あなたには関係ありません」
「そうですか」
もちろん、ウィッチが出るかもしれないから、遭遇するためだ。
いさみは、そっくりそのまま同じ質問を返してやろうかと思ったが、そちらは答えが予測できた。
自殺をする場所というのは、案外少ないのだろう。
この廃工場は機械こそないが、縄の一本も持っていれば首を吊るスペースなんかもありそうだし、人のいる場所から遠いので、死にきる前に通報されて助かる可能性も低そうだ。
(それにしては荷物がない……今日は下見のつもりだったのかしら。……まあ、本当に『自殺志願者』なら、だけど)
いさみはまだ、目の前の男性が
……そうこうしている間に、廃工場を一周してしまった。
ほかに掲示板に載せられていた場所を回っているくれあは、まだ来ない。
本当は、ウィッチが来る可能性が一番高いこの場所は、くれあが来たがった。
でも、いさみが強硬に押し切って、来た。
それは、やっぱり『疑い』が理由だった。
(あのウィッチも、仲間みたいに戦いはしたけど、魔術師側じゃないって保証はない。くれあは……人を信じすぎる。私が、守らないと)
くれあ。
自分を救ってくれた恩人。
人を信じすぎる、危ういところのある子。
同い年だけど、いさみは、くれあを妹のように思うことが多い。放っておけないところがあんまりにも、多すぎるのだ。
だから、もしも危険な場所があるなら、くれあよりも、自分が先に飛び込みたいと思っている。
……できたことはない。くれあの、危険へ飛び込む足は、本当に速い。自分とは決定的に初動が違う。自分はためらいがあるけれど、くれあには、ない。だから、危険なところへ迷いなく飛び込む。
だから速いし、だから危うい。
「渚さん、あの」
「……なんでしょうか」
「あれ、なんだと思います?」
廃工場を一周して、入ってきた場所に戻ろうとした時だった。
最初はなかった階段のようなものが、そこにあった。
「…………階段ですね」
地下に続く階段。床が開いて現れた? つまり、自分たちが気づかない間に、誰かがあそこから出入りしたということ?
いさみの背筋にいやな汗が伝う。
「帰りましょう」
鬼林が言った。いつの間にか、腕を掴まれている。
大人の男に強く腕を掴まれるのに、いさみは一瞬、恐怖を覚えた。
でもおかげで冷静になれた。……くれあなら、怖がらない。くれあより先に、危険な場所に踏み込みたい。くれあは、自分が守る。
「お一人でどうぞ」
いさみは腕を引いた。
鬼林は意外なほどあっさりと、いさみの腕を放した。そして、「すみません」と言った。
「いえ」
返事はしたが、もう、いさみの興味は鬼林にはない。
なかった。
「……私も行きます。子供を一人にはできませんから」
再びいさみは、鬼林に視線を向ける。
説得できなさそうな顔をしていた。それが『子供を慮る大人としての顔』なのか、『アジトを見つけられた魔術師の顔』なのかは、判別がつかない。
けれどついてくるのを断るのは、無理そうだとはわかった。
「勝手にしてください」
いさみは歩きだす。後ろから鬼林の足音が続く。
二人は、床に出現した、地下へ続く通路へと入っていった。