ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。   作:稲荷竜

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第19話 魔術工房

 入って一歩で『あ、ダメだ』とわかった。

 

 異様すぎた。異物感が強すぎた。『ここにあってはいけないもの』感が、あまりにもおぞましく背筋を撫でた。

 

「……魔術工房」

 

 (みぎわ)いさみ──ディメンション・ブレイブがつぶやいて、それが、この場所の名称だと一瞬でわかった。

 ここは確かに魔術工房だ。この世界にあってはいけないなんらかの法則を、人道とか倫理とかをまったく無視して探求するための、そういう場所だった。

 

 無数の、本があった。

 

 開かれた本だ。それが、書見台のようなものに広げられて置かれている。

 壁際にずらりと並んだ本の中には、RPGにでも出そうなモンスターたちがいた。

 

 そして、本の中のモンスターは、動いていた。

 

 白紙の本の中にモンスターがいて、動いている。

 モンスターは、黒い泥のようなものに襲われ、もがいている。もがいて、動いている。

 しばらく見ていると、黒い泥のようなものにすっかり飲み込まれ、動かなくなり……

 

 黒い泥が、モンスターの口の中に侵入する。

 そうしてモンスターがガクガク震え、一瞬、完全に行動を停止し……

 

 また、動き出した。

 目を泥の黒に染めて、動いて、本のページの真ん中に収まり、ぴたりと止まる。

 そうして本が自動で閉じられ、どこからか伸びてきた黒い泥の触手に持ち上げられると、どこかに消え……

 

 また新しい本で、同じような光景が繰り返される。

 

 これは、モンスターの量産工場だった。

 しかももともといた生物の中に、何かを寄生させることで、量産している。

 

 機械部品こそないものの、そのすべてはオートメーションで行われてるようだった。

 

 部屋は薄くオレンジ色を帯びた照明の中にあり、無数の本の中でアニメーションのように延々とモンスターが泥に寄生される様子が繰り返され続けている。

 

 ファンタジックでオートマチック。メルヘンチックなエポックメイキング。怪物の量産というのがあまりにも魔法的に、しかしオートメーションに行われている。

 

 うまく呑み込めなかったことがある。

 怪物の目的だ。

 

 常識改変というのはまあわかるとしても、常識を改変してどうするのか、常識を改変するのになんで怪物を放つのか、そのへんが、わからなかった。

 あんな散発的に、たまに一匹二匹出すようなやり方で、ちょっとした破壊活動以外に何ができるのか。そこが全然わからなかった。

 

 今ならわかる。あれは、威力偵察だ。

 

 常識改変が常識への侵略だということを、わかってはいたけれど、実感できていなかった。

 でも、この光景を見せられたら、さすがにわかる。

 

 連中の目的は侵略だ。

 ここで生産されているのは、侵略に必要な戦力であり、侵略後に、侵略された俺たちを『どうにか』するための、物量だ。

 

「……すべて、壊します」

 

 しばらく呆然としたあと、(みぎわ)さんが言った。

 それは許可を求める発言ではなくて、自失していた己を取り戻すための言葉だったように思う。

 

 でも、それに答える必要を、俺は覚えた。

 

「お願いします」

 

 責任を負うためについてきたなら、責任を負える言動をしなければならない。

 子供に手を汚させるなら、手を汚させる最後の一押しをした事実は、大人が背負うべきだ。

 

 俺が直接やれば早かった。

 でも、変身しないとできない。

 

 それに、俺の変身できる時間は短く……

 

 

 何か、いる。

 

 

 俺たちが廃工場に入った時には開いていなかった地下への扉が開いていた。

 ということは、あれを開けたやつがいる。

 

 懐中電灯で照らしながら工場内を回っていた俺たちを、相手が見ていなかった──と考えるのは、ちょっと楽観が過ぎるだろう。

 では、そんな状況で、地下へ続く扉を開けっぱなしにしたやつの目的は?

 

 一つ、俺たちを地下に誘い込んで閉じ込める。

 

 俺たちが普通の人間ならそれは成立した。でも、魔法少女の物理的パワーを相手に、あの程度の扉を閉めて、たとえば金属製の鍵をかけたり、上に車を置いたりしたところで、閉じ込めが成立するとは思えない。

 もしも相手がそのつもりでも、俺には『転移』という手段がある。

 ……まあ、バレたくはないが、そんな状況になれば、渚さんを連れて転移する。おじさんの部屋にしか飛べないので、そこだけ非常に申し訳なくは思うけど。

 

 では、ほかの可能性は?

 

 誘い込み。

 

 ……渚さん──ブレイブによる破壊活動が始まっている。

 錫杖が振られるたび、施設がズタズタに引き裂かれていっている。

 内部のモンスターや泥も、引き裂かれている。……懸念点の一つ、『本を破壊したら中身が飛び出してくるんじゃないか』というのは、懸念のまま終わってくれたらしい。

 

 では、伏兵はどこにいるのか。

 俺たちを誘い込んで──俺たちを罠にかけて、倒そうとするやつは、どこから来るのか。

 

 ……すでに、いるじゃないか。

 

 俺はそいつの動きを注視した。

 

 そいつは──

 

 ──『寄生』の終わった本を入れ替える、黒い泥のような触手。

 

 それがオートメーションから外れたピクリという動きをして、次の瞬間、渚さんに向かって鋭く伸びた。

 

 変身──

 

 ──できない。

 

 計算外。鎌をさらすためにスレッドで質問中に一回変身した。それが響いている可能性に思い当たった。もしかして、変身には時間制限かエネルギー制限があるように、一日一回みたいな縛りまであるのか。

 

 その可能性はぶっちゃけ検討しなかった。

 でも納得できるぐらいの心の下準備はあった。

 

 左腕のアクセサリーを視線だけでチラリと見る。

 しっかりそこに巻き付いている、元は変身ステッキと思しき黒い腕輪には、何語かもわからない文字盤があって、長針と短針がある。

 

 一日一回変身制限があったとして、それが日付変更と同時に解除されてくれるという願望が叶うなら、俺の変身可能まであと五分に迫っている。

 

 五分。

 

 生身で生き延びられるか。

 

 とりあえず体は勝手に行動してた。俺の行動はいつでも思考より早い。社畜の必須スキル、『いかに気を失いながら体を動かせるか』が発動している。

 意識をたもちながらでは耐えられず、たとえ何をしていなかったとしてもとりあえず大変そうに動いていないとサボッていると思われる。そういう環境が生み出した悲しいスキルは、俺の思考と行動を完全に切り離してくれた。

 

 かばうことに成功する。

 

 右肩にざくりという音がした。

 

鬼林(きばやし)さん──」

「黒いやつに注意を」

 

 自分の声がどこか遠い。

 客観的に自分の声を聴くと、さんざん自殺志願者扱いされていた理由がなんとなくわかった。

 

 これは、すべてがどうでもいい人の声だ。

『自分』が度外視された声。端的に業務上の注意だけをするアリバイ作りの声。相手が自分の忠告を聞くだなんて夢にも思っていないが、言っておかないとあとで責められるのはこちらだから、言っておく。それだけの声だった。

 

 何もかもをあきらめたみたいな声を、『何もかもあきらめたみたいな声』だと認識できる。

 心は順調に回復しているようだった。なら、もっと健康になるまで、生きなきゃならない。何せ、俺の人生はこれからなのだから。

 

 人生で一番濃い五分間が始まっている。

 

 死ぬかもしれない可能性がちらついている。

 

 でも……

 

 なんだかすごく、生きてる気がする。

 終わっていた人生が始まる音が、どくんどくんと胸の中でした。

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