ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。   作:稲荷竜

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第2話 怪物と戦う

 脳内にレーダーマップ。

 手の中にステッキ。

 

「なんだこれ」

 

 変わり果てた声。

 視界の変化。低い。

 

 悲鳴。

 

 よくわからない変化に対する戸惑いと、悲鳴への反応で、後者が先に来た。

 路地から抜け出して夏の昼間のビジネス街、鏡壁のビルが反射した日差しで地面を焼こうとしている。

 

 その地面のど真ん中に怪物がいた。

 

 うわ、懐かしい。そんな感想が先に来た。でも考えてみたら、全然懐かしくもないのかもしれない。

 別に現実で見たことがあるわけじゃない。幼いころ、ゲームの中に出てきたモンスターがいた。ゴブリン。緑の鷲鼻の、子供ぐらいの身長の、ガリガリの、でもお腹だけぼっこり出た、腰みのをつけた、こん棒を持った、そいつ。

 ゴブリンじゃなくて、餓鬼(がき)なのかもしれないと思った。でも、どっちでもよかった。

 

 そいつが人を襲っていた。

 

 襲われている、パンツスーツの、どこの会社の誰かもわからない人が、はっきりと、俺を見て、こう言った。

 

「助けて!」

 

 戸惑いは悲鳴への反応より下位にある。

 俺の体は飛び出していた。

 

 体が軽い。指先すみずみにまで力がこもる。

 動き方を体が知っている。手にはいつの間にか大きな鎌があった。収穫に使ったら腰がいかれそうな大きい鎌。死神のイメージ。自分の今の姿がちょっと気になる。

 

 自分が『自分』の形じゃなくなっているのは、なんとなくわかる。

 自分のもののつもりで振った腕が、明らかに華奢だった。服装も、スーツじゃなかった。黒いレースみたいなものが使われた袖。ドレスなのだろうか。服装には詳しくない。

 

 踏み出した足にはブーツがあった。色は黒い。しっかりした編み上げのブーツ。

 男性がスーツの下にこんなブーツを履いていたら上司に『ちょっと』と呼び止められるのはわかる。俺も持っていない。俺の靴じゃない。でも、俺の足は、それになじんでいて、靴擦れもしそうになかった。

 

 俺は、どうなっているんだろう。

 

 ほとんど会社に監禁されるようにして働き続けた十五年間は、俺から『社会』というものの知識をすっかり奪い去っていた。

 世界がどうか、社会がどうか、そんなもの、気に留める余裕もない。アメリカの大統領が今誰かも知らないどころか、日本の総理大臣の名前さえ知らない。そんな情報を耳に入れる暇なんかなかった。親戚が突然たずねて来なければ、今もそういう暮らしをしていただろう。

 

 魔法少女、実在するのか?

 

 俺は、なんなんだろう?

 

 ゴブリン、もしくは餓鬼どもを蹴散らすのに、十秒もいらなかった。

 

 力があふれて止まらない。

 

 ふと、目の前に鏡壁のビル。

 

 そこに映っているのは──

 

「………………魔法少女だコレ」

 

 ──黒い服を着た、黒い髪の女の子。

 黒いドレスを着て、黒い大鎌を持った、目つきの鋭い女の子。

 眼光が死んでるところが俺との共通点で、そこ以外には、民族的な特徴である黒髪と黒目ぐらいしか、俺と同じ部分はなかった。

 

 でも、間違いなく俺だった。

 それは魔法少女としか呼べない、十代前半ぐらいの女の子なのに、間違いなく、俺だった。

 

「……どうなって……」

 

「危ない!」

 

 後ろから声。女の子。

 体が勝手に反応して飛びずさる。

 

 轟音と震動があって、直前までいた場所の地面がひび割れていた。

 あと、化け物がいた。

 

 オークとしか呼べない化け物だった。相撲取りみたいな体。緑色の皮膚。装備は腰みのにこん棒、ゴブリンとおそろいなのに、体も装備も何もかも、スケール感がゴブリンの五倍ぐらいあった。

 

 どう見ても強敵の登場だった。

 

 そして、

 

「大丈夫!?」

 

 横に並ぶピンク色の服の女の子。

 

 どう見ても味方側魔法少女の、登場だった。

 

 情報量が多い。

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