ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
五分間を生き延びた。
でも、もう変身の必要はなさそうだった。
ディメンション・ブレイブの無双が始まっている。
武器はいつの間にか、錫杖から剣になっていた。両刃の直剣。先端が少しばかりふくらんだ形状で、刀身がブレイブの身長ぐらいあった。
重そうなものを、この広くもない場所でヒュンヒュン振り回す。
しかも、『めちゃくちゃに振っている』ということも、なさそうだった。
すぐそばにいる俺に刃がかすりもしない。あれだけの速さで、あれだけの長くて重そうな剣を、きちんと狙って振っている。
強い。
……ただまあ、強さは別に、大人が子供を守らなくていい理由にはならないっていうのは、言葉にした通りで。
このメルヘンチックなオートメーション・モンスター生産プラントが相手方の『罠』なら……
……この『罠』まで俺たちを招こうとした、『人間並みの知性』の持ち主が、まだどこかに潜んでいる。
あるいは逃げた可能性もあるとは思う。
でも、俺なら、罠で相手を疲れさせて、動けなくなったところを攻める。
相手のスタミナが予想以上だったら、まあ、逃げるかな。
逃げる、ということは。
……ここはどう考えても敵のアジトなので、俺の知らない場所に脱出口がある可能性も、敵が魔術とか使うらしいので、俺みたいにどこかに転移する可能性も、考えられるけれど。
警戒して損はねえよなあ、背後。
ブレイブが部屋中をぶち壊し、迫る黒い泥触手を斬り裂いている、背後。
俺の見ている先で、俺たちが入ってきた扉が、ゆっくりと開いた。
開いた隙間から、何かが伸びてくる。
少しだけ考える。
まとまった。
変身はしない。
伸びてきた何かを、体で受けた。
それは黒い泥の鞭だった。
伸ばした俺の腕に巻き付いて、次の瞬間、すさまじい力で引っ張られた。
完璧にブレイブの首に後ろから巻き付く軌道だった。……今のブレイブ、頑強さもかなりありそうだけど、これに首に巻き付かれて引き寄せられたら、さすがに窮地だったんじゃないかな。
だって腕から嫌な音したもん。
ごきん、だって。
右肩貫通、左前腕骨折。
おじさんが負っていい怪我じゃない。労災なんか出ないんだぞ、無職には。
「
ブレイブの反応は早かったけれど、俺はもう、通路へ引き込まれていた。
後ろから駆けてくる気配がなんとなくわかる。
でも遅い。
視界が真っ暗で細い通路から、どことも知れない赤っぽい照明に照らされた場所に移り変わった。
転移魔法だ。
「なんだ、
赤っぽい照明の部屋は円形で、真ん中に向けてなんらかの、血で描かれたような紋様が渦を巻いている。
その渦の中央にはワインレッドの一人がけソファがあって、そこに男が座っていた。
フード付きのローブを着た男だ。
魔術工房──という言葉を
でも、目の前の男は、魔術師というより、暗殺者みたいに見えた。
ワインレッドのフード付きローブ。ローブは短めで、その下には赤く染め上げられた、金属みたいな素材の、でもそれより軽そうな雰囲気の鎧を着ていた。
鎧にはよくわからない紋様がある。たぶん魔術的な何かなんだろうとは思うけど、意味はさっぱりわかりません。
フードの下から垂れる髪は、年齢を重ねたような白髪だった。
でも、顔は奇妙に若くて、それから、口元を見ただけでわかるぐらいの強い傲慢さがあった。
「無魔のオスを部屋に招いたのは失態だったな。……この世界の人類はどうにも、臭くてかなわん。すべてが魔力の介在しない、カガクとかいう贋作の、偽物だらけの世界──まあ、そのおかげで大気中の
「すいません、いいですか」
「…………なんだ?」
「いきなりわけのわからない独り言をつぶやきまくるのが、あなた流の『おもてなし』?」
「……」
「自己紹介をしましょう。私は、鬼林という者です。あなたは?」
「無魔に名乗る名などない」
「そうですか。じゃあ、俺たちを地下におびき寄せて罠にかけたのはあなたでしょうか?」
「………………右肩と左前腕に負傷があるな。軽くない。まさか、私が、貴様を癒すためにここに招いたと思っているのか? 貴様は今、引き抜かれるのを待つマンドラゴラも同然なのだぞ」
「いや、施設が人工的な整い方をしてたじゃないですか。だから、ちょっと予想してたんですよね。『これ、人間並みの知性の生物っていうか──人間が、裏で糸を引いてるんじゃないか』って」
「……」
「ということはですよ、あの子たちが戦い続ける限り、いつか、人間の形をしたものを、倒さないといけない。殺さないといけないかもしれない。でもね、そいつは、俺の『理想の大人』のさせていいことじゃないんですよ」
「…………何が言いたい?」
「最終確認をしますね。あなたは、この世界を侵略する意図がある? YESか、NOで答えられると思います」
「………………」
「あなたは、魔法少女──でいいのかな。彼女たちと敵対する意思がある?」
「立場がわからんのか? 無魔ごときが私に質問できる状況ではないし、貴様は私との会話が許される立場でもない。魔法も知らん未開の原住民ごときが、何を調子に乗る?」
「お答えありがとうございます」
たとえば俺は、『世界のために罪を負えるか?』と問われたら、『わかんない』と答える。
あるいは俺は、『誰かのために、誰かを傷つけられるか?』と聞かれたら、『わかんない』と答える。
でも、俺は、『子供が殺人、軽くて傷害相当の罪を負わなければならない状況で、お前がそれを代われたらどうするか?』という質問には、『代わる』と答える。
状況の逼迫を認める。
目の前の存在が処理すべき案件なのを確信する。
放っておけば害を成し、いつかあの子たちの前に立ちふさがり、あの子たちを痛めつけたり、あるいは殺したり、そうでなくとも、あの子たちに『人間を殺した、人間を傷つけた』という罪の意識を背負わせることを確認した。
『子供が殺人、軽くて傷害相当の罪を負わなければならない状況で、お前がそれを代われたらどうするか?』という質問には、まず、『そういう状況に陥らないように、できることをしたい』と思う。
でも、そうも言っていられない状況に置かれれば……
どうにも俺は、ためらわないらしい。
「
なぜだか俺は最初から、変身する方法を知っていた。
知識のインストールみたいなことが起きているのだろうか。
もしくは。
……もしくは、あの魔術工房で見たように、俺も例の泥に侵食されて、俺じゃない何かに、知らない間に変わってるんだろうか。
別に死ぬ気はないけれど。
特に自己犠牲のつもりもないけれど。
まあ、俺しかできないタスクなら、俺がやりましょう。
俺の代わりはいくらでもいる。でも、今、ここには俺しかいない。
それが俺にとって、社会で生きていくということだった。ずっと。
「…………馬鹿な。馬鹿な。馬鹿な! なぜ、貴様が──」
何かに驚かれている。
変身を待つ情緒があって、ありがたい。
でも、俺は驚きを待ってやる情緒がない。
タスクは手早くなくさないといけない。
『早くこなしたらそのぶん仕事を増やされるから、なるべくゆっくりタスクを処理する』なんていうのは、まだまだホワイトな職場の話。
タスクをこなそうがこなすまいが無遠慮にどんどん先の仕事を積まれるのが真の
いかれた肩と砕けた左腕が治っているのがわかる。
何かが損傷を補填した。たぶんあんまり補填させちゃいけないものだと思う。たとえば、あの泥とか。
セミオートで動く体はすでに、フード男を斬り裂いていた。
硬かった。まともにやればきっと苦戦したんだろうなと思う。
まともにやっちゃったんだろうな、魔法少女たちなら。
「──なぜ、あなたが、私を討つのですか………………」
ずるりと斜めにずれる上半身と下半身。
ごぼごぼと指先から泥になっていくフードの男が、俺を見て、悔し気に顔をしかめた。
「…………我らが神よ」
全身が黒い気泡になって崩れて溶けて、消えていく。
俺の鎌はこの男を吸い取らなかった。
ただ、俺の口は、俺の意思と関係なく、勝手に、感想を求めた。
「迷惑。お前なんか知らない」
たぶん情報がもう少しあれば何かがわかったやりとりなんだろうなーと思いながら、俺は……
どかん。
がらがら。
崩れた壁に振り返る。
そこには──
「鬼林さ──ウィッチ!?」
──慌てて、壁を壊してこの場に駆け付けた、ディメンション・ブレイブの姿があった。
さて、どうコミュニケーションをとろう。
魔法少女ディスコミュニケーション、再開。