ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
「いさみちゃん!」
変身した
急いだ様子がわかる。たぶん、ここが魔術工房で、魔術師がいた情報が共有されているのだろうと、
すでに地下から出て、製紙工場跡の地上階にいる。
地下へ続く出入口は開いたままだった。
「大丈夫!? 遅れてごめんね!」
くれあに抱きしめられてなお、いさみはぼんやり天井を見上げていた。
……いろいろなことがありすぎて、情報を整理しきれていない。
もっと整理しきれていないのは感情だ。
ウィッチに言われたこと。
『一般人を巻き込んだ』
『あなたは弱い。だから、人を守り切れない』
……ぐわんぐわんと頭の中で響き続けている。
その衝撃が非常に強く感じられるのは、いさみの中で、
大人が嫌いだ。男が嫌いだ。年寄りが嫌いだ。おじさんが嫌いだ。
おじさんは偉そうで傲慢で、そのくせ頭が固い。いさみが反抗的なことを言えば恫喝という手段を、そうしている認識もなくごく自然に使う。そしてそれを許されると思い込んで、悪いことをしたとさえ感じない。そういう生き物。
そうやって『強く』ふるまうくせに、いざとなれば責任をとろうとしない。醜い。純真じゃない。かわいくない。だから、嫌い。
それが、いさみにとっての『大人』だった。
身を挺されて、いさみは『大人』の再定義を強いられている。
それはどうにも、かなり、脳の処理能力を食うことのようだった。
いさみは──そういえば変身が解けていることにも今頃気づいた──ぼんやりと、前を見た。
そこには、くれあがいる。ピンクの魔法少女。かわいい顔。いいにおいがする。
いさみは、少しだけ離れたくれあに、自分から抱き着いた。
そしてしばらく抱きしめた。くれあは、黙って抱き返してくれた。
少しだけ冷静になって周りを見ると、ピンクのリス妖精と、いさみの妖精──青いヤマアラシのような妖精が、何やら真面目そうな様子で話をしていた。
「……くれあ。私、変身できた。『聖剣』を扱えたの」
「え、そうなの? すごい!」
「うん。負荷も感じなかった。ちょっと疲れたけど……『慣らし』で変身した時みたいな、ものすごい……弾き飛ばされそうな感じが、全然、なくて……動きやすくて、びっくりしたぐらいなの」
「そうなんだ……何かコツとかあるのかな。私も……がんばらないと」
「くれあは、十分に頑張ってるわよ」
「……でも」
「大事なのは、きっかけだったの。自分を素直に認めて、自分の……醜い気持ちも、マイナスの感情も、否定しない。これが、大事だった」
「……」
「だから、今度、
「え、な、なんで急に鬼林さんが出てきたの?」
いさみは、だんだん、頭の中が整理されてきた。
まだ言っていないこと、言うべきこと、それらがいつもみたいに、トピックスとして頭の中に浮かび上がってくる。
……いろいろあったから、長い話が必要そうだと思った。
……そして。
いさみは、『今、あったこと』だけではなくって、『今まで、あったこと』も、浮かび上がってトピックスになっているように感じられた。
思考がクリアになっている感じがある。
クリアになった思考で、いさみは、妖精たちを見た。
今まで、妖精たちは、魔術師を探し、魔術工房を探していた。少なくとも、そういう業務を行っていると言っていた。
でも……
妖精たちが必死に探し続けて見つからなかった魔術工房が、ネットの有志からの情報で現場に向かった程度で、こんなに簡単に、二回も──廃病院に続いて、この廃工場でも、見つかる。
……掲示板の有志の人の情報力が優秀だったとか、妖精がネットに慣れていなくてサイトや動画由来の情報の検証が不十分だったとか、あるいは、ウィッチがいたことで本来は完璧に隠蔽されていたものにほころびが出たとか……
考えられる。
……妖精を擁護しようと思えば、いくらでもできる。
でも。
(……本当に信じて、いいのかしら)
妖精の本当の目的。
妖精の本当の行動。
魔術師たちは本当に敵なのか。
自分たちは……
本当に、この世界のために戦えているのか?
いさみはまだ、『疑い』『可能性の一つ』としてしか、考えていない。
それでも、この『可能性の一つ』は、頭の隅っこに置いておこうと、思った。