ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
「動画で見ました。新しい魔法少女が出たみたいですね。これはロールケーキです」
「はっきり言いますね。中年男性の家に女子中学生がしょっちゅう来るの、世間体が悪いので、やめてもらいたいと思っています」
「…………無職の大人でも世間体を気にするんですか?」
煽りの意思のない素直な疑問が、何より鋭い刃となって心臓を抉ることはある。
少なくとも
俺が絶命している間に女子中学生は俺の部屋に上がり込んだ。
「あと世間体は大丈夫だそうです。周囲の認識をいじっているって言ってましたから」
誰!? 誰が言ってたの!? 怖いよぉ!
しかし彼女らの中では『そういうこと』になっているようで、俺の説得はもはや意味がありそうな感じでもなかった。
しょうがないので当たり前みたいに段ボールの周囲に座る彼女らにペットボトルのお茶を出す。通販で頼んだんですよね。そしたらね、なんか……飲みきれない。飽きちゃって。そういうお茶。
お茶を出したところ、渚さんが俺の部屋を見回して、こんなことを言った。
「テーブルも椅子もないし、洗濯機もないんですね……」
「洗濯は基本的にクリーニングか、コインランドリーですね。暇がないときはコンビニで買ったものを着てそのまま捨てています」
「非効率では?」
洗濯ってね、結構、時間と手間がかかるんですよ。
なかったの。時間と、労力が。捻出できなかったの。
ほぼ普段着の勢いで着倒してたスーツはどうせ自宅で洗濯するもんでもないし。
……なんていう社会の闇を語っても仕方ないよなあ。
「……いろいろあるんです」
「そうなんですか」
渚いさみという少女は、背の高い美人系の中学生で、顔つきにも『強さ』があって、性格もぐいぐい来る強さがある。
が、空気が読めなかったり、他者を冷笑・嘲笑することによってマウントをとりたがる性質ではないようで、『何か』を察すれば大人しく引き下がるところは美徳だった。
「……それで、なぜ、当たり前のように私の家に来るんですか」
「ウィッチが来るかもしれませんから」
……俺が『ウィッチ? たまにふらっと来るよ』とかいう嘘をついたせいで、『ウィッチ待ち伏せ』という大義名分を女子中学生に与えてしまった。
おかしいな。少し前まではせいぜい建物の外でちょっと会話するだけで済ませてたのに、いつの間にか玄関口までくるようになって、ついには家の中に上がられている。
座布団とテーブル買うか……引っ越し後も使うだろうし……
「それで、動画を見ました。新しい魔法少女が出たそうですね」
仕方なくベッドに座った。
このロールケーキ、お高いやつじゃん。
上司が食べてるの見たことあるわ。
もうこうなってしまっては相撲方式で女子中学生を外に押し出す方が世間体がまずい気がするので、ありがたくロールケーキを受け取る。
一応二人が手をつけるまで待つつもりだったが、二人も俺が手をつけるまで待っている様子なので、先にいただいた。
皮の部分が口の中でとろけ、クリーム部分はミルク特有のしつこくない甘さがあった。いい物食べてたんだな、上司。っていうか高いだろこれ絶対。
「あの、払います。お土産代」
「いえ、場所を使わせていただいているので」
……育ちいいなこの子ら!
そんな育ちのいい子のご両親は教育に成功しているが、ただ一点、『知らないおじさんの家に上がり込んではいけません』という教育だけは、失敗しているようだった。
どのように完璧に見えるものにも穴はあるんだよなぁ……ということだろう。
「新しい魔法少女の動画に
「あなたたちに教えられることは何もありません」
「ウィッチみたいなこと言いますね……」
「いや本当にないんですって。急に来て急に変身して急に戦って急に勝って急に思想ぶちまけて急に高笑いして急に帰ったんで……」
あのあと。
俺の真横で、ディメンション・スカウトが変身したあと。
目にも止まらぬ速度でクラゲ型モンスターをズタズタにしたあと、傷口からこぼれた黒い泥のようなものを踏みつけにして、こんな主張をした──
──ちょうど、渚さんが、その時の映像をスマホで再生している。
『いいか! 神の飛沫を悪用する異端ども! てめぇらは一人残らずぶっ潰す! 我らの神を侮辱した罪を魂に刻み付けて永劫の痛みに襲われるがいい! ひゃははははははははは!!!』
「何かまずい宗教でもやっていそうな人ですね」
渚いさみのこぼした感想は、この主張を聞いた直後に俺が抱いたものとまったく同じだった。
やばい。
ただ、このやばい主張の人が崇めてる『我らの神』って、どうにも変身後の俺、あるいは俺に力を貸してるやつっぽいんだよな。
そんでもって、
……これ、同一宗教の派閥間の争いなんじゃね?
もっともかかわりたくないタイプの闘争に知らん間に巻き込まれています。助けてください。
「私たちの妖精によると、彼女もまた異世界から来た、魔術師たちと同じ出自の人らしいんですが」
「………………妖精、いるんですか?」
「え? 今、そこにいますけど……」
渚さんが部屋の隅を指さした。
なんも見えん。老眼? さすがに三十代で老眼になるか?
「……私には見えませんけど」
「そうなんですね。…………」
「あの、見えないとまずいですか。私の価値観では、妖精が見える三十代男性の方がまずい感じの人なんですけど」
「確かに……」
しまったな、自分で『はい、どうぞ』と差し出した刃に自分で突き刺されて、今、苦しい。
渚さん、よくも悪くも素直な子なんだよなー。横で苦笑してる聖さんの方がたぶん、一般的には社会性がある。
聖さんの方をちらりと見たら、彼女が口を開いた。かわいらしいほにゃほにゃした感じの、栗色の髪の毛の女の子で、あともう、これは完全に事故というか、こんなこと言いたくないし、認識したくもなかったし、思うのもどうかと思うんだけど、視界に入っちゃって気になるので、どうしても、どうしても、『おっぱいが、大きい』という情報が頭の片隅にちらついてしまう。
だめな大人だ。へこむ。
そのほにゃほにゃ系の彼女がこんなことを言った。
「ところで本当に、スカウトちゃんとは知り合いじゃないんですか?」
前科一犯、しっかり疑われている。
この子らにとっての俺は『ウィッチとの関係性を秘密にしてた大人』だからなー。気持ちはわかる。
「……本当に知り合いでもなんでもないんですよ。たまたま偶然、現場に居合わせただけで。彼女が真横に立ったのも、別に、知り合いだから、とかいうことではありません」
「鬼林さんの『たまたま現場に居合わせる力』も相当なものですよね」
「だからウィッチと出会ったのかもしれません」
「なるほど」
なんの説明にもなってない補足だなと自分では思ったが、何かしらの納得要素が渚さんの中では見いだせたらしい。
というところで話題は尽きてしまったようだ。
俺とスカウトが知り合いではないか確かめに来たのは本当だろうし、俺は彼女らの正体を知ることになった立場とはいえ、彼女たちの戦いのための何かを相談する相手でもない。
でも帰らない。マジでウィッチを待つ気なのか。
あの、ご両親にはなんと言って出てきたんでしょうか。友達の家に行くとか、言ってしまったのですか。女子中学生に『友達だと思ってよ(笑)』とか言っちゃうやばいおじさんにされてませんか、私。
どうしよう、もう状況が逮捕なんだよね。
とか思ってたら玄関のチャイムが押されてしまうんだよね。
女の子時間が長いので、通販の頻度が増えてしまった。
たぶん時間的には、注文したお菓子が届いたんだと思う。女の子の体の時って、甘いものがね、欲しくなるんですよ。やたらと。
「あのすいません、荷物が来たみたいなので」
「あ、私、取りましょうか?」
「『私、取りましょうか』!? い、いえ、できたら玄関から見えない位置に隠れていただけると……」
ありえん申し出すぎてびっくりしちゃった。
世間体の話をしています。配達員に『このおじさんの家、女子中学生が二人おる……』と思われて通報されたらね、死にますよ、俺。
聖くれあ、恐ろしい子。
聖さんの方は『隠れて』と言われてもよくわかっていない感じだった。
ただ、渚さんの方が何かを察したようで、玄関扉の死角になる場所に、聖さんを誘導してくれた。
ある程度安心して玄関を開ける。そうっと。
そしたら、セーラー服姿の、白髪ウルフカットの、女の子がいた。
ちっちゃい。まあ、魔法少女姿の俺ほどじゃないが、聖さんよりもちっちゃい、細い、軽そうな子だ。
たぶん君、『ディメンション・スカウト』って名前だよね。
知ってるよ。隣で変身したからね。
「こっ、こちらに神はおられますか」
緊張して上ずった声で、赤らめた顔で、上目遣いにこちらを見るセーラー服姿の女の子。
声と言葉に反応してそうっとこちらをうかがう二人の魔法少女。
そして余罪が増える三十代無職のおじさんの俺。
どうしたらいいですか。司法も警察も頼れそうもない状況ですが、救いを求めています。