ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。   作:稲荷竜

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第3話 怪物を倒す

「まだ戦える?」

 

 横に並んだ子は、今の俺よりちょっとだけ身長が高かった。

 だから年下だと思われているのかもしれない。話しかけかたが、そういう感じだ。

 

 かわいい子だ。ピンク色の髪。ピンク色の目。キラキラしている、全体的に。

 動きやすそうな短いスカートのドレス。スカートの下にはあの、なんていうのかな、ふわふわの布。

 

 武器は剣だった。鋭そうではない。どちらかと言えば鈍そう。でも、叩かれたらかなり痛そうで、それから、宝石が飾られていてキラキラしていた。

 

 俺は反応できなかった。女の子の言葉には。

 

 でも、俺は反応できた。敵の攻撃には。

 

 意識してみると、敵がどう動くかが見える。体はほとんど自動で動いているような感覚だけれど、動き方を選択しているのは間違いなく俺だった。

 

 相手の叩き下ろすような攻撃を、前側に宙返りしつつ跳びながら避けるという、『ありえん』と思ってしまうような避け方をした。

 でも無意味に派手なだけの動作じゃなかった。俺の体はオークの体を飛び越えて背後に着地している。そのまま体は着地の衝撃を活かして大鎌を横薙ぎにしていた。

 

 硬い。

 

 が、斬れる。

 

 大鎌はオークの胴体を真っ二つにした。

 上下に分かれたオークの上半身がずるりと落ち、

 

「離れて!」

 

 ピンクの女の子の声が届くより少しだけ早く、俺の体はもう動いていた。

 

 知らない現象が始まる。

 

 オークのずるりと落ちた上半身。残された下半身。

 その断面から真っ黒い泥みたいなものが噴き出している。

 

異神化(ストレンジ)!?」

 

 何その単語、知らない。

 

 でも強化に該当する現象のようだった。オークの断面からあふれた泥のようなものが固まり、人型になる。デカい。オークの十倍デカい。これもう魔法少女じゃなくて戦隊ヒーローのロボットの出番だろってぐらいデカい。

 

 ピンクの女の子は果敢に突撃した。

 でも腕のひと振りで叩き落された。

 

 ビルに激突。壁面を破壊してめり込む。

 背骨粉砕骨折どころでは済まなそうな現象だったけれど、女の子はうめいてみじろぎしていた。生きている。よかった。

 

 泥の巨人はピンクの女の子に向かって、ゆっくり歩いている。

 

「逃……げ……て」

 

 ピンクの女の子の言葉。

 そいつはどうにも俺に言っているらしい。

 

 正直逃げたい。自分がどうなっているのかもわからない。

 でも恐怖も戸惑いも、瀕死の女の子を放っておく理由にはならない。

 

 社畜生活で楽しい気持ちも怒りの感情も摩耗してすり減った。その間に大人になってしまって、まともな『大人としての経験』なんか積んでいないように思われる。

 こうして仕事を辞めてみると、心はまだ大学生をやっているような気持ちだ。仕事をしていた時間は、わずかな給料以外に俺に何ももたらさなくて、その間に俺は気づけば『おじさん』と呼ばれる年齢になってしまっていた。

 

 おじさんである自覚も、もしかしたらないのかもしれない。

 

 でも、瀕死の子供を放って逃げるほど、大人を捨ててるつもりもない。

 

 体は意思の通りに動いた。

 泥の巨人を背後から斬る。

 

 硬い。斬れない。

 

 力がいる。

 

 体は、意思の通りに動く。この体は、俺の知らない力の使い方を知っていた。

 

 大鎌にはまった宝石から黒い力が湧き出した。

 目の前の泥の巨人と似た質感だなと思った。

 

 湧き出した力は大鎌を包み込んで、大きくした。

 

 単純明快でわかりやすい。

 敵がデカくて硬くて斬れないなら、こっちの武器もデカくしてしまえばいい。

 

 泥の巨人が振り返ろうとした。

 待ってやるほどお人よしでもない。

 

 斬った。

 硬い。

 でも、斬れた。

 

 斜めに両断された泥の巨人がズレて崩れる。

 崩れた泥が……え、俺の宝石に吸収される感じなの? 何この力? (こわ)

 

 やっぱ説明が必要だよ。なんで俺女の子になってんの。何これは、魔法少女? 俺が社畜してるうちに世間では魔法少女が出るようになったの?

 

 全然わからん。

 が、一つだけわかる。

 

 正体、バレたら、たぶんまずい。

 

 ピンクの女の子の反応からわかる。たぶん普通、魔法少女の見た目は変身前も変身後もあんま変わらない。少なくとも、女の子がおっさんに戻ったりはしない。

 社会的なあれこれを失いそうな気がする。戦いも終わったし、めちゃくちゃな虚脱感だし、変身、今にも解けそう。まずい。

 

 逃げよう。

 

「あ……」

 

 あーピンクの女の子──まあ俺にできることはもうない。あとは救急車なりなんなりに任せよう。路地裏で通報だけします。

 

 そういうわけで急いでその場から離脱した。

 

 こうして俺の魔法少女活動は終わり──

 

 ──は、しなかった。

 

 するわけが、なかった。

 これはひと夏の冒険の始まりにしか、すぎなかった。

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