ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
「まだ戦える?」
横に並んだ子は、今の俺よりちょっとだけ身長が高かった。
だから年下だと思われているのかもしれない。話しかけかたが、そういう感じだ。
かわいい子だ。ピンク色の髪。ピンク色の目。キラキラしている、全体的に。
動きやすそうな短いスカートのドレス。スカートの下にはあの、なんていうのかな、ふわふわの布。
武器は剣だった。鋭そうではない。どちらかと言えば鈍そう。でも、叩かれたらかなり痛そうで、それから、宝石が飾られていてキラキラしていた。
俺は反応できなかった。女の子の言葉には。
でも、俺は反応できた。敵の攻撃には。
意識してみると、敵がどう動くかが見える。体はほとんど自動で動いているような感覚だけれど、動き方を選択しているのは間違いなく俺だった。
相手の叩き下ろすような攻撃を、前側に宙返りしつつ跳びながら避けるという、『ありえん』と思ってしまうような避け方をした。
でも無意味に派手なだけの動作じゃなかった。俺の体はオークの体を飛び越えて背後に着地している。そのまま体は着地の衝撃を活かして大鎌を横薙ぎにしていた。
硬い。
が、斬れる。
大鎌はオークの胴体を真っ二つにした。
上下に分かれたオークの上半身がずるりと落ち、
「離れて!」
ピンクの女の子の声が届くより少しだけ早く、俺の体はもう動いていた。
知らない現象が始まる。
オークのずるりと落ちた上半身。残された下半身。
その断面から真っ黒い泥みたいなものが噴き出している。
「
何その単語、知らない。
でも強化に該当する現象のようだった。オークの断面からあふれた泥のようなものが固まり、人型になる。デカい。オークの十倍デカい。これもう魔法少女じゃなくて戦隊ヒーローのロボットの出番だろってぐらいデカい。
ピンクの女の子は果敢に突撃した。
でも腕のひと振りで叩き落された。
ビルに激突。壁面を破壊してめり込む。
背骨粉砕骨折どころでは済まなそうな現象だったけれど、女の子はうめいてみじろぎしていた。生きている。よかった。
泥の巨人はピンクの女の子に向かって、ゆっくり歩いている。
「逃……げ……て」
ピンクの女の子の言葉。
そいつはどうにも俺に言っているらしい。
正直逃げたい。自分がどうなっているのかもわからない。
でも恐怖も戸惑いも、瀕死の女の子を放っておく理由にはならない。
社畜生活で楽しい気持ちも怒りの感情も摩耗してすり減った。その間に大人になってしまって、まともな『大人としての経験』なんか積んでいないように思われる。
こうして仕事を辞めてみると、心はまだ大学生をやっているような気持ちだ。仕事をしていた時間は、わずかな給料以外に俺に何ももたらさなくて、その間に俺は気づけば『おじさん』と呼ばれる年齢になってしまっていた。
おじさんである自覚も、もしかしたらないのかもしれない。
でも、瀕死の子供を放って逃げるほど、大人を捨ててるつもりもない。
体は意思の通りに動いた。
泥の巨人を背後から斬る。
硬い。斬れない。
力がいる。
体は、意思の通りに動く。この体は、俺の知らない力の使い方を知っていた。
大鎌にはまった宝石から黒い力が湧き出した。
目の前の泥の巨人と似た質感だなと思った。
湧き出した力は大鎌を包み込んで、大きくした。
単純明快でわかりやすい。
敵がデカくて硬くて斬れないなら、こっちの武器もデカくしてしまえばいい。
泥の巨人が振り返ろうとした。
待ってやるほどお人よしでもない。
斬った。
硬い。
でも、斬れた。
斜めに両断された泥の巨人がズレて崩れる。
崩れた泥が……え、俺の宝石に吸収される感じなの? 何この力?
やっぱ説明が必要だよ。なんで俺女の子になってんの。何これは、魔法少女? 俺が社畜してるうちに世間では魔法少女が出るようになったの?
全然わからん。
が、一つだけわかる。
正体、バレたら、たぶんまずい。
ピンクの女の子の反応からわかる。たぶん普通、魔法少女の見た目は変身前も変身後もあんま変わらない。少なくとも、女の子がおっさんに戻ったりはしない。
社会的なあれこれを失いそうな気がする。戦いも終わったし、めちゃくちゃな虚脱感だし、変身、今にも解けそう。まずい。
逃げよう。
「あ……」
あーピンクの女の子──まあ俺にできることはもうない。あとは救急車なりなんなりに任せよう。路地裏で通報だけします。
そういうわけで急いでその場から離脱した。
こうして俺の魔法少女活動は終わり──
──は、しなかった。
するわけが、なかった。
これはひと夏の冒険の始まりにしか、すぎなかった。