ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
うおっすごい虚脱感!
魔法少女として戦いが終わって路地裏に避難したまではいんだけど、ここから先どうしたらいいかは全然わからない。
そもそも、俺、何? 世間はいつの間にあんな怪物が出て魔法少女が戦うのが普通……みたいな空気感になってたの? 就職前は確実にそういう世界観じゃなかったと思うんだけど。
あ、ダメだ。頭が回らない。疲れてる。うまく立てない。壁に手をつくのがやっと。
っていうか戻るのコレ? そもそもステッキ拾っただけで変身したんだよな。特に念じてもないし説明もない。マスコットは? マスコットとかはいないの? 魔法少女にマスコットがつきものって深夜枠魔法少女アニメで学んだんだけど(そいつは黒幕だった)。
無理、歩けない。立てない。
通報、通報、しないと……ピンクの子が、ケガして……救急車を……っていうか俺の荷物どこ……変身したら荷物も服もなくて魔法少女だったんだよね……
目が勝手に閉じる……
意識がたもてない……これだから疲れてる時は半端に休むと一気に疲れが出るから働き続けないといけないんだよな……
…………
服が魔法少女のままで姿だけ成人男性に戻ったら最悪だな……
◆
「寝てません」
「え? わ!?」
やべえ寝てた。話聞いてなかった。九割九分無駄な嘘くさい武勇伝だけど一割の中にコソッと必要な連絡事項紛れ込ませてくるから寝るわけにもいかないんだよな。
ええとこういう時はそう、『ご指導ありがとうございます。では再確認させていただきます』ってことで相手から必要な情報を引き出すように………………
知らない天井。
そっか、俺、仕事辞めたじゃん。
『うわそれ令和の時代には武勇伝として語るのもどうかと思う犯罪行為ッスよ』みたいな上司のたわごとを笑顔で聞いてやる理由はもうなかったんだよな。
あとそれ以前に、ここ、会社じゃねえや。
どこ?
「えっと、大丈夫?」
キョロキョロしてたら目が合った。知らない女の子。たぶん学生。
俺ぐらいの年齢になると中学生と高校生の区別もつかない。小学生はギリわかる。でも高学年はどうかな、自信ないや。
薄いピンクのブランケット。薄いピンクのシーツの敷かれたベッド。サイズはダブル? いや違う、シングルか。俺が小さいんだ。
……そっかー。俺、小さいんだな。
「あ」
「なになに?」
試しに声を出したら救いようもなくかわいい女の子の声だった。
戻ってない──いや、服はあの黒いドレスじゃないし、大鎌もないな。
ピンクの家具。ガラステーブル。ピンクのクッションに座った女の子。
その向こう側に俺のバッグがあって、スーツが畳んで置いてある。スーツは畳まないでください。でもどうせ十年以上着てるしわくちゃのスーツだから変わらないか。俺の人生みたいなどんよりしたグレーのスーツ。女の子の部屋にあると異様な存在感を放っている。
「えっと、いい?」
俺が無限にキョロキョロしてるもんだから発言タイミングを逃していたらしい女の子が挙手した。
俺は何も言えなくてそちらを黙ってじっと見た。女の子はちょっとだけひるんだ。
どこかで見たことがある感じの女の子だった。
栗色の髪。ゆるくウェーブがかかっている。長さは肩に少し乗るぐらい。
制服。白いブラウスと黒いプリーツスカート。これだけでどこの学校かわかるほど俺は学生服に詳しくない。
顔。戸惑っている。
かわいい顔だなと思った。どことなく小動物感がある。リスとかげっ歯類系。別に歯が出てるわけじゃないのに、ああして挙手して止まっているだけでも、どことなく動的な雰囲気があった。
たぶん、倒れた俺を介抱してくれたの、この子なんだろうな。
病院に連れて行かず部屋に連れ込んだことをなんか言うべきなのか。若い子がこんなおじさんを部屋に入れたら危ないでしょ、とか。いやまあ、今の俺、どう考えてもあの魔法少女状態、十代前半の女の子なんだけどね、見た目。
ん~……
質問にいくつか答えるって形で恩返しをすべき状況なんだろうなあ……
「なに」
質問に答える決意をして出した自分の声は、幼く、かわいく、そしてびっくりするほど冷たい。
他者を受け入れる意思がまったくない声だった。そんなつもりもないのだけれど、女の子が少しひるんだ様子を見せた。ごめんよ、怖がらせる気はないんだ。
でも女の子には前向きに進む力があるらしい。若さ、ともいえるかもしれない。
どう表現すべき力かは不明確だが、俺がいつの間にか失っていたなんらかの力であるのは間違いなかった。
「あなた、あの、大きな鎌を使ってた魔法少女……だよね?」
そうですと答えるべきか、違いますとごまかすべきか、迷った。
俺の体は俺の意思に反応して、こういう返答をした。
「だとしたら、なに」
どうにも俺の体は俺の意思で動くのだけれど、出力の仕方が俺の想定の通りにはならないようだ。
戦いの時は助かったけれど、日常的なコミュニケーションスキルという点ではまったく助からない。
案の定、女の子はひるんでしまった。
でも彼女には『力』がある。
「私も魔法少女なの。……ねえ、あなたのこと、聞かせてくれないかな? あの力は……
確定した。たぶん、ピンクの魔法少女だ。
そうか、あれだけ派手にぶっとばされてこんなに無事なのか。よかった。
話はしたい。だって俺には知らないことが多すぎる。ステッキを拾ったら変身して、わけもわからず気絶して、元の姿に戻れずに、今こうしてここで介抱されている。
だけど俺には答えられるだけの情報がない。だって、俺にとっても、あの力は意味不明なのだから。
それを今の俺が今の肉体で出力すると、こうなる。
「あなたに教えられることは、なにも、ない」
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