ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。   作:稲荷竜

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第42話 聖域(三人称視点 聖くれあ(ピンク)寄り)

「くれあ、ボクはな、任務でこうしとんねん。せやから──キミが抵抗しなかったら、胸を打たれて攻撃をやめる、なんて夢は、見るべきやない」

 

 熊のような巨体になった妖精が、くれあに向けて攻撃を放つ。

 それは獣そのものの、巨大で、毛むくじゃらな見た目からは想像もつかない、分厚いナイフを使った、的確で素早い、軍隊格闘技のような攻撃だった。

 

 人間は猛獣に勝てない。

 ましてや、武術を使う猛獣には。

 

 けれど、魔法少女は猛獣に勝てる。

 数々の異物(モンスター)を相手に、くれあは勝利を収めてきた。

 後ろに行くにつれて、『これは、くれあの勝利だ』と呼べるほどはっきりしたものはなくなって、『みんなの勝利』とか、『ウィッチに助けられての辛勝』とか……『足手まといになっちゃったな』とか。そういう戦いが、増えていったけれど……

 

 それでも、聖(ひじり)くれあは──魔法少女ディメンション・プリエステスは、勝利してきた。

 

 異世界(ディメンション)・聖女(プリエステス)。

 この名前は、妖精に教わったものだ。

 

 聖印という変身アイテム──神器に選ばれた少女。

 だからそういうコードネームを振られた。プリエステス、というのは符丁の一種でしかなく、妖精たちが管理しやすくするためにつけた呼び名でしかない。

 

 それでも、くれあは、嬉しかった。

 

 わけのわからない、『なかったこと』にされてしまうという現象を、見てきた。

 くれあだけが、消えなかった。くれあだけが、人が『なかったこと』にされた事実を、覚えてしまっていた。

 

 一人ぼっちだった。

 それに──自分だって、いつ消えるか、わからなかった。

 

 名前というのが、楔(くさび)になるような気がした。

 特に、他者から与えられた名前というのが、好ましかった。

 

 その人たちが自分をそう呼んでくれる限り、自分は消えないでいられるかもしれないと、希望を持てたから。

 

「くれあ! 抵抗しろや! ボクは本気やぞ!」

 

 太い腕から、信じられない速度で、ナイフが振られる。

 攻撃はまったくおおざっぱではなかった。これまで戦っていた怪物は、強かったけれど、素人だった。スピードはあっても予備動作が大きくて、パワーを誇るように大振りばかりだった。

 

 でも、妖精はプロだった。

 

 信じられない速度、というのは、『最高速度が速い』ということ──では、なかった。

 

 隙がない。

 

 刃物を軽くこすらせるだけが目的みたいな動き。突きが速い。戻しが早い。しかも、突きとも斬りとも言えないような、対処しにくい攻撃が、大量にくる。

 

 くれあは手にした聖印──十字剣でそれを受けようとしている。

 いくらかは、受けられている。

 でも、多くは、喰らっている。

 

 家の中を逃げ回りながら、受けに徹している。

 でも妖精はあの巨体で信じられないほど機敏に、狭い場所にもぬるりと滑り込むように、来る。

 

 くれあの家が、めちゃくちゃになっていく。

 

 斬り刻まれたくれあの体から、魔力が──あるいはもっと別な呼び名をするべき力が──こぼれて、ピンク色の光になって、散っていっている。

 

「くれあァ! なんで戦わんのや!」

 

 ……くれあは。

 かわいいとか、優しいとか、言われる。

 

 渚(みぎわ)いさみからは、まるで、『無私無欲、清廉潔白、加えて他者の幸福を心から願って、自分のためではなく、他者のために戦いに身をやつす、聖女のような人』みたいに扱われている。

 

 でも、『本物』の聖くれあは、そんな人格ではない。

 それを、くれあは知っている。

 

 本物の、誰の理想の中にもいない、くれあは……

 

 ……ずるい。

 

「戦わないのが、あなたに一番効くからだよ」

「…………」

「私を殺すのが、怖いんでしょ。私を、殺したくないんでしょ。でも、殺さなきゃいけないから、抵抗してほしいんでしょ」

「……」

「あなたは、優しい人だよ。……だから私は、そこに付け込むの」

「……付け込んだところで、どないなんねん。キミが多少生き延びる時間を延ばしたところで、どないなんねん。……オイ、どないなんねんって聞いとんじゃ!」

「……」

「ボクは、最終的にはためらわんぞ」

「うん」

「遊んでられへん状況になったら、もう、遊ばんぞ」

「わかってるよ」

「援軍が来たら、その瞬間に殺す。キミが生き延びるにはな、キミだけの力で、ボクを倒すしかないねん。それ以外に、キミが、キミ自身と、キミの世界を守れる方法はない」

「わかってるってば」

「……だったら覚悟見せェ! せなあかん状況やろ! どう考えても! キミは! 世界の全部が『なかったこと』にされても、何もかもがなかったことにされた世界を覚えてる側やねんぞ! キミがなんで神器に選ばれたかわかっとらんのか!? キミはな、『そういう体質』やねん! 持っとんねや! ボクらの世界でも一人もおらんぐらいの特別な才能を! そいつはキミに残酷なことを強いる! わかっとんのか!?」

「……」

「殺したるのが、ボクの立場でキミにできる、いっちゃん優しい選択やねん」

「だったら、そうしなよ」

「………………ホンマわからん。何がしたいねん」

 

 何がしたいか?

 別に、理想や夢、希望なんかがあって、こうしているわけではない。

 大きい目標なんかもない。思想らしいものもない。

 

 ただ聖くれあは、一秒後には自分の命が失われる状況で、死なないために戦っているだけだ。

 一秒、命を引き延ばして、何になるのか? 相手が本気になるトリガーが何か一つでもあれば、その瞬間、『遊び』をやめた妖精に殺される。それは、わかっている。

 

 だが、わかっているから、『どうせ死ぬなら、潔く』なんていうふうには、思えない。

 ……現代の学生の何人が、そんなふうにあきらめよく、覚悟を決められるというのか?

 目の前に死が迫っているなら、その『死』を1cmでも1mmでも遠ざけたいと思うのは、普通のことではないのか?

 

 くれあは──

 

 ──自分のことを、ようやく理解した。

 

「私は、死にたくない」

「……」

「私は、消えたくない」

「……」

「私は……戦いなんか、嫌だよ。誰かに守ってもらえるなら、守ってもらいたい。誰かを倒すのも、嫌だよ。魚をさばいたこともないのに、怪物を叩いて殺すのも、本当に嫌だよ。でも、そうしないと生きていけないから、生きてるだけ。私は……」

 

 聖くれあは己の中にある、一番強いモチベーションを、ようやく発見した。

 それは単純なものだった。というより、それを『一番強いモチベーション』とカテゴライズするのは、抵抗さえ、あった。

 

 それは普通に生きていれば、強く抱かなくて済む願いだ。

 

 聖くれあは、

 

「私は、ただ、普通に生きていきたいだけ」

「……」

「何もしたくないよ。生きるために、『なかったこと』にされないために、戦わなきゃいけないけど……嫌に決まってるでしょ。『普通に生きていきたい』だなんて、願いたくないし、願うような状況になりたくなかった」

「…………くれあ」

 

 日常を取り戻すため、なんていう言葉では、くれあの心を表すには強すぎる。

 誰かを助けるため、なんていう精神も、くれあの中にはない。むしろ、助けてほしいと、ずっと思っている。

 

 だから、聖くれあは、プリエステスとしての力を引き出したいような、前向きなモチベーションはない。

 自分の手で切り拓くとか、自分の感情を相手にたたきつけるとか、そういうのには、全然、向いていなかった。

 

 聖くれあに向いているのは、状況が勝手に打開されるまで、耐えることだけだ。

 どこまでも消極的なものこそ、聖くれあのモチベーション。

 

 誰か助けて、と心の中で叫び続けるただの女の子。それが、聖くれあの正体だ。

 

 だから……

 

「……助けてくれる人がいるって、信じてるから、もう少し、がんばれるだけ」

「……」

「耐えるのは好きじゃないけど、倒すよりは得意だよ。だから──」

 

 聖くれあの手にした十字剣が輝く。

 その形状が変化していく。

 

 渚いさみ──ブレイブが持っていた錫杖に近い形状。

 ただ、ブレイブの錫杖には『ヤギのような角に複数のリングがぶら下がった形状』なのに対し、くれあの変化させた杖には、翼があった。

 光でできた翼。大きく羽ばたく、薄くピンクがかった翼が、杖の先端に生えている。

 

「──だから、私は、ここで、じっと、待つことにするよ」

 

 くれあの杖の翼が大きく広がり、くれあを包み込んだ。

 

 妖精のナイフが、翼を斬りつける。

 だが、傷跡一つつかない。

 

 翼は、くれあを包み込んで守る、絶対的な防御障壁──聖域となった。

 

「これで、私を殺せない」

「……くれあ」

「誰かが来るまで、耐えてみせるよ。それか、あなたがあきらめるまで。……私は抵抗しない。私は反撃しない。私はただ、ここで、助けを待つ」

「くれあァ!」

 

 妖精の攻撃が苛烈にくれあの聖域を襲う。

 

 だが、傷一つつかない。

 

 大振りの攻撃。隙も大きい。

 だが、くれあは、その隙に反撃をしようなど、一切考えない。

 

 ……命の削りあい、本気を出せば殺せるはずだった戦いは、根競べへと変化した。

 

 ただ黙って耐える少女に攻撃を続ける妖精の方が、息が上がり、追い詰められている。

 

 プリエステスは何もしない。

 ただ、祈るような姿勢で、助けを待ち続けるだけ──

 

 ──それが一番『効く』のを理解して、そうするだけ。

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