ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
とはいえ、そもそも、俺でいいのか。
俺よりつらい目に遭って、俺より長く戦い続けてきたのは、
より現実的なつらい目、というなら、
「別に、私は元通りになれば、それでいいです。うまくやる方法も、わからないですし」
聖くれあはそう言った。
とはいえ、よく考えた方がいいとも、言い返した。
ほら、こういうのって、将来ふと苦労した瞬間に、『あの時、大富豪になっておいたらよかったな』とか思う可能性があるし。
俺には遠慮がもちろんある。でも、それと同じか、それ以上に、『将来、恨みをかいたくないな』という自己保身がある。
「大富豪って……そういうのは、苦手だと思いますよ。お父さんが『なかったこと』にされているのに、お父さんの口座が私の口座になって、給料まだ振り込まれてたりしますし……」
それはまあ、そうですね。
一方、渚いさみは、こう言った。
「私は……少しだけ、私を信じなかった人に、『私は正しかった』って証明したい気持ちも、あります。でも……『じゃあ、具体的にどうするのか』って言われても、困りますし……それに、その帳尻を合わせるために、くれあの両親とか、私自身みたいに、誰かを『なかったこと』にされても、困りますから」
神様は願いを叶える。常識をゆがめ、世界そのものの形を減らしたり、付け足したりする。
でも、やることはおおざっぱだ。
確かに自分の願いの余波で誰かが『いなかったこと』にされても、困る。
というか──
「渚さんは『いなかったこと』にされた側だけど、ここにいますよね。もしかしてほかの人も、認識できないだけで、存在はしていたりするんですか?」
それ透明人間が大量にいるってことで、なんだろう、悪用する人とかも、いそうだけれど。
しかし妖精は「いや」と否定した。
「普通、神サンの力で『いなかったこと』にされたら、自意識なんか保てへんよ。存在ごと消える。いさみがこの状態なんは、いさみが『神の似姿』だからやな」
ようするに魔法少女たちは特別仕様だから、特例かつ例外らしい。
えっと。
「……俺も『神の似姿』なんでしょうか?」
「ま、まあ、魂の形の話やから……容姿も……うん、壁画でしか知らんし、わからんわ」
フォローくさい言い方をされてしまった。
が、この疑問には、俺の肉体の自我が答えをよこす。
「原初の神にも父親ぐらいいる」
つまり俺は父親の方に似ている、っていう意味だろうか。
ウィッチの話のヘタクソさは相変わらずだし、自我もだいぶ出るようになっているけれど、ずっと出てはいられないようだった。
「原初の父親って、神話学者がひっくり返る大ニュースやで……」
妖精はぼやいていたが、『自我』は反応しなかった。
俺は話を戻すことにする。
「間さんは……」
「神様の、縁者にしていただければ」
全体的に、無欲すぎる。
俺が彼女らぐらいの年齢のころなら──いや、まあ、そうだな。『世界を改変して願いを叶える』なんていう面倒そうなこと、確かに大人がいたら、大人にやってほしいと思うかも。
……だから俺は、自分で言いたくはないことを、言わなければならなさそうだった。
「あの、みなさん、私を信用しすぎです。もっと警戒してください」
総勢四名(妖精含む)が首をかしげた。
なんでわからないんだよ。
「私が悪しき目的をもって世界を改変しようとしたり、みなさんをなんらかの被害に遭わせようと画策していたらどうするんですか? 話がスムーズなのは本当に助かるんですけど、そこのところは、少し慎重に検討してほしいと思っていますよ」
そしたら『どうする?』『誰が言う?』『本当に言う?』みたいな目配せがあった。
あの、なんですか。女子中学生にね、そういう感じのことされると、おじさんは、怖いです。
結局、聖さんが代表者として、俺に言葉をかけることになったようだった。
「あの、
「まあそうかもしれません」
「さすがに、これだけ顔を合わせたり、お話をしたり、一緒に戦ったりしたら、鬼林さんが、そういう人じゃないのは、わかります」
「……」
「鬼林さんは大人なので、私たちの、『人を見る目』みたいなのをあまり信用できないのかもしれませんけど……私たちだって、警戒するべき相手は、ちゃんと、警戒します。……まあ、その、妖精に裏切られておいて、こんなことを言っても、説得力がないかもしれませんけど」
「まあ、妖精に騙されたのは……例外的かなと、思いますけど」
なんかすごい、諭されてしまった。
恥もプライドもないと思っていたが、こんな俺でも、ちょっとの気まずさは覚えてしまうらしい。
視線を動かして、もっとも付き合いの浅い、間さんに目をやった。
「あの、なんでしょう」
「……あなたは、どうですか。君こそ、昨日の夕方に会って、そして今日ここまでの、浅い付き合いです。もっと私を警戒しても、いいと思ますよ」
「いいです、別に」
「……いいです?」
「これで騙されるんなら、あたしは、『人の運』みたいなやつが、ない人生だってことで、いいです」
「…………………………」
誰かこの子を救ってくれ。
俺か。
俺が救うのか。
でもこう……さあ! ほぼ初対面の女子中学生をね! 本人の頼みだって言っても、世界改変して自分の娘にするってのは……何か、ダメじゃない!?
「……えーっと、間さんの両親を間さんの理想の感じにする改変は……」
「そらやめた方がええわ」
「……ですか、ね」
「他人の人格捻じ曲げるって、どんだけの改変が必要だと思っとんねん。主として『願いを叶える』のはオッサンやろ? ボクもな、今からやろうとしてることは規模がデカすぎてよくわかっとらんけど……自分から離れた場所の複雑なモンいじろうとすんのがまずいことぐらいはわかるで」
「手元が狂いますね」
「せや。改変っちゅうんはな、繊細な作業やねん。少なくともボクらはしとらん。改変しとったんは
「……」
「最終的にエネルギーを攻撃に利用して、結果的に、異物どもにかかっとった『認識できない』っちゅう改変は解けた。でもそれはな、『元通り』かどうか、ボクらにはわからんねや。そんぐらい複雑で、下手すると不可逆なモンやねん。せやから、改変はなるべく、改変するあんたの身の回りにとどめた方がええぞ」
「他人の娘を自分の娘にするのはどうなんでしょう」
「『生まれなかったことにする』とか『自分と血縁にする』ぐらいまでやるんなら乱数多すぎて何起こるかわからんな。でも『なんやかんやで引き取った』の『なんやかんや』を『なんかざっくりうまいことやれましたわ』にするぐらいなら、そんな影響ないんとちゃうか」
「現行法だと、結婚してない人が子供を引き取ることはできないはずですが、法律はどうなるんでしょう」
「せやったら『法律はまあなんかおいといて、事実親子になるし、気にされへん』ぐらいに落ち着けたらええがな。『みんながちょっとずつ違和感を覚えない』ぐらいの改変やったらデッカイ影響も出んやろ」
「……そう、ですね」
言い訳の余地がないぞ。
……そもそも、言い訳の必要もない、のかもしれない。
「間さん」
「は、はい」
「再就職、がんばります」
「……は、はい!」
経済的な問題が、あるけれど。
……あとまあ年頃の娘さん怖いなーっていうの、実はあるんだけど。
でも、放っておけないのは多い──
「なぁオッサン、そこのお嬢ちゃんにそこまで気ィ回るとも思えんから、ボクが聞いたるわ」
「……なんでしょう」
「オッサンの方は納得しとんのか?」
「……」
「事情知らんけど、オッサンの態度は、『引き取りたくない。でも、引き取らなきゃいけない事情がある』いうように見えるで」
「あの」
「当のお嬢ちゃんの目の前でそんなこと言うな! 言うつもりやろ?」
「……そうですね」
「今言わないつ言うねんっちゅう話や。あんな、同情だけならやめとけ。ボクも知恵出してうまいことなるように考えたる。子供はまあ大人を頼ったらええよ。でもそれは、大人の心情を大人自身が無視していいっちゅうことやないやろ」
「……」
「自分の心情も加味したうえで対応考えろや。我慢してやりたないことやるだけが大人とちゃうやろ」
「……あなたが言いますか」
「ちゃうなあ。ボクだから言える」
「……」
「ボクの仕置き見てみぃ。我慢してやりたないことやって、結局最後にキレて全部ご破算にしたやろ。アホクソカスの上層部のマジおもんない侵略計画やからええけどな、親子関係でこれやったら最悪やで」
「…………」
「後悔すんなよオッサン。挑戦は歳喰うとできんけどな、後悔だけは死ぬまでできてまうんやぞ」
なんだこのピンクの熊。理想の上司か?
……正直。
昨日会ったばっかりの子をいきなり『常識改変で自分の娘に』とか言われても困るのが現状だ。
親戚でもなんでもない本物の他人だし……
いくら当人が望んでいるとはいえ。……というか、この子は『望んでる』んじゃなくて、『捨て鉢』で『ほかに選択肢を思いつけない』だけなんだよな。
「……自己犠牲が美談になるのは、若くて顔のいい人だけですよね」
自己犠牲、と彼女を引き取ることを表現してしまうのは、彼女の前ですべきではないけれど。
それは紛れもなく自己犠牲だった。
「間さん。私は再就職をがんばります」
「はい……」
「でも、あなたを娘として迎えることは……しません」
「…………はい」
「なので、私はあなたを従業員として雇います」
「……は、はい?」
「私は願いを決めました。私は会社を設立します。……あまり改変で他人に影響が及ばない範囲の小さな会社にするつもりです。たぶん、神様の力を使って常識をゆがめる部分は……あなたが私の会社で寝泊まりしていてもおかしくない、という程度の、認識改変ぐらいになると思います。でも、あなたはそこで、自立して、世間の広さを学んで……まずは、選択肢を、得てください」
「……」
「私の『再就職』と、あなたの家庭問題からの一時避難が同時にできるアイデアだと思います。どうでしょうか」
「お、ええな。ボクも混ぜろや」
「妖精さん……」
「ボクもこの感じじゃ帰れへんしな。どうせ殺すつもりもないんやろ? せやったらオッサンが責任もってボクを監視するっちゅう意味でも、その会社経営、一枚かませてもらおか」
「……でも」
「ああ、魔術師の連中、人間そっくりやったやろ?」
「そうですね?」
「ボクの姿もそっちに寄せるのはできんねん。ま、疲れるけどな。……データ分析とこの世界の法律、あとは軍事と軍隊格闘技、戦術には自信あんねんぞ。割といい人材やと思うけどな」
「……」
「あとはまあ、表に出せん仕事もまあまあ得意やで。……オッサンが残しとる『処理』もボクがやっとくわ。……責任もってな」
妖精を一人、捕まえている。
殺してはいない。捕らえたままにしている。
……それがたぶん、彼にはわかるのだろう。
「あ、交換条件として提示したわけやないで。ちょっと発言タイミング、ミスったな……ほんますまん」
「いえ、わかりますよ」
間さんを改めて見た。
彼女はまだ、言われたことを飲み込みきれていないようだった。
でも、こちらの視線を受けて、うなずいた。
うなずかされた、顔ではなかった。
まだわからないことがあるなりに、考えて、うなずくべきだと思ったんだろう。そういう、顔だった。
「では、神様にご褒美をもらいましょうか」
眠気はまったくない。大量の『泥』を呑んだからだろう。
……これ、力使わなかったら、一生女の子の姿もありうるんだろうなーって感じで、そういう意味でも、願いを辞退する気はない。
俺は、おじさんに戻りたい。
女の子の体の方が軽いしかわいいし、まあ、おしゃれとかも楽しいのは、気持ちがちょっとわかる。
でも、少女にも少女なりの苦労があるはずで、俺は、俺が苦労してここまで育ててきた自分の心身が、やっぱり、好きなんだと思う。
人生にはかなりつまずいたけれど。
振り返って笑い話にできるぐらいには、この体で老いていきたい。……そう思う。
「そなたらの献身に応えよう」
『自我』が声を発した。これまでにない、いかにも神様らしい、荘厳で気高い声だった。
そして、『自我』が、口の中で転がすように──誰にも聞こえないような──体の中にしか響かないような、本当に小さい声で、つぶやいた。
「これからの献身にも期待する」
え、それってどういう──
──世界が変わる圧力に、俺の疑問は途切れさせられた。
そして……
八月は、過ぎていく。