ステッキを拾った。魔法少女になった(30代男性)。 作:稲荷竜
すごいな、ネット掲示板って。
何かを聞いたら答えがデータ付きで返ってくるんだもん。
『どうしてそんなこと聞いたの?』『自分で考えたら?』とかいう謎詰めが発生しないコミュニケーションってあるんだな。しかも『なんであれ聞かなかったの?』『自己判断するなって言っただろ?(言ってない)』みたいなのがセットでついてくることもない。
こんなことならもっと早くネット掲示板を頼るんだった。
廃病院にいる。
ちょっと調べただけで魔法少女ってかなり注目されてる存在だってわかったもんだから、怪物の出現パターンとかまとめてる有志いないかと思ったら、本当にいたんだもんな。
動画サイトは嘘九割無知一割みたいな意見が似たようなサムネイルで大量に転がってて情報収集としては全然役に立たなかったな……なんだよ『魔法少女の正体は男』って。それは俺だけです。たぶん。
夜の廃病院にいる。
怖い。
やっぱこういう明らかな心霊スポットって夜に来るもんじゃないよな。
まあ、変身する事態になった場合、全裸幼女→全裸成人男性の段階を踏まなきゃならん都合上、あんまり人目につきたくないから夜にせざるを得なかったんだけど。
テレポート離脱もなー。できたはできたけど、やったあとめちゃくちゃな虚脱感で、『これ、かなりエネルギー的なものを消費するから乱発できないな』ってわかる代物だったから、あまり使いたくない。
この年齢になると体力の回復には時間がかかるし、永続的にHPは最大値にならないんだ。
今も別に抜けてないからな、疲労。
あと他に『夜の廃病院』に来た理由は、この時間帯なら人気のない廃病院で巻き込まれる人もいないだろうというのもある。
俺と同じく住居不法侵入仲間がいた場合、まあ、なんだ。うん。自己責任ということで。
朽ち果てた鉄筋コンクリートには、木造にはない趣がある。
駐車場跡地に生えた草はどういう名前の植物なんだろう?
幼女姿になっても大丈夫なように紐である程度調整できるハーフパンツとぴったりめのTシャツで来たけど、こんだけ草が生えてるなら長いズボンで来るべきだったかな。
でも私服なんか学生時代のしか持ってないし、学生時代だってそんなに持ってなかった。
廃病院に踏み入る。
いけないことをしている感覚に、背筋がぞくぞくした。
高校生、いや、中学生のころか。『入ってはいけない』と言われていた場所に入ったことがある。
たまたま動画で見つけた心霊スポットが近所だったから、友達の誰かが発案して、それで、何人かで行った。五人ぐらいだったかな。
『馬鹿をやる仲間』なんて言葉にはもう、職場の先輩の『武勇伝』のせいで嫌気がさしてしまったけれど、今思えば、『武勇伝』ほどではなくっても、『馬鹿をやる仲間だった』としか表現できない、そういう関係性だった。
大学に入ってしばらくは連絡も取りあってたけど、進路が見事にバラバラだったから、大学卒業後は連絡がなくなって、それっきりだ。
連絡先はまだ残ってると思うけど、今も連絡できるかはわからない。メッセージグループも残されているけど、誰が残って誰が退出したかを確認する勇気はなかった。
あのころは六人だった。
今は一人で、しかも、成人してる。
「無敵の人だ」
学生時代には『ちょっとした冒険』のつもりでやっていたことが、成人して就職すると『人生を懸けた大冒険』になってしまう、というのがわりとある。
夜の廃病院に入るのもそのうち一つだろう。
『肝試し』なんていう言葉で罪の意識の軽量化はできるけれど、やっていることは他人の敷地への不法侵入なのだから。
それでも、少しでも早く魔法少女の戦いを終わらせられるなら踏むべきリスクではあると思っている。
俺も再就職までそんなに時間がとれないし、貯金額っていうリアルなタイムリミットがあるけれど、それ以上に、あんな女の子に、いつまでもだらだらと『悪の相手』なんかさせられない。
冒険はしてもいい。でも、夏休みで終わるべきだ。
八月いっぱい。それが、俺が俺に課したタイムリミットだった。
後から出た新参者の魔法少女が言うなって話ではあるけど、やっぱ、魔法少女なんかやるべきじゃない。戦いなんか子供がすべきじゃない。
『子供』と『戦い』を並べることに、本能的な忌避感がある。
昔はなかった。中学生ぐらいまでは、なかった。でも、今は、ある。たぶんそれは、俺が知らない間に、俺も大人になったってこと、なんだろう。
ついに建造物に侵入してしまった。
すでに『行ってみた』人もいるらしい。でも、その動画は、動画があった記憶はあっても、実物は消えてしまっている、という話だった。
空振りかもしれないが、『どうせ、空振りだろう』とスルーしていい怪しさじゃない。
自分の目で確認する必要はある──
「そこの人、何をしているんですか?」
──確認の前に俺が捕まっちゃ意味ないんだけども。
やべえな。警備員? あれ、でも声が若いな?
しかも女性だ。
背後を振り返る。
……女の子がいる。
二人、いる。
しかも片方には見覚えがあった。
懐中電灯を持って俺をにらみつける方──ではなく、その横で、少しだけ後ろに隠れるようにしている、方。
あの子は、魔法少女だ。
俺を介抱してくれた、確か、ピンクの方だから、ええっと、『ディメンション・プリエステス』だっけ。
ということはもう一人の王子様系の凛々しい方が『ディメンション・ブレイブ』か?
「動画を撮影してる感じじゃありませんよね」
こんな廃病院で出会ったハーフパンツの中年男性にガンガン距離を詰めるな。危ないだろ。
しかし、ブレイブの方はどんどん俺に近づいてくる。
そして、ぴったり三歩の距離で止まった。
…………あー、わかってしまった。
たぶん、俺、悪の組織の誰かだと勘違いされてるな?
悪は組織なのか? それさえわからない。
でも魔法少女の敵のアジトが暫定ありそうな廃病院で、片方は間違いなく魔法少女の女子二人組が、敵対的な感じで距離を詰めてくる。
その詰める先にいるのはハーフパンツの無職中年男性、つまり俺。
一般肝試し女子学生ならそれこそ動画撮影でもしてたり、俺に出会わないように逃げたりすると思う。
ということは明らかに『俺』を詰めに来ている。
俺が、彼女らの敵の親玉? に近づくなんらかの鍵、あるいは親玉本人ではないかと疑われてる感じだ。
………………。
どーしよ(どーする!?)。