【朗報】曇らせトラウマ美少女たちを絶望から救ったら、俺への激重感情が物理的な圧になって襲いかかってくる件について 作:沢田美
自殺。
それはきっと、気持ちよくない人生の幕の閉じ方だ。
痛いだろうし、怖いだろうし、なにより後味が悪い。本人にはなにも残らなくても、遺された誰かの胸には、飲み込めない苦さがいつまでもこびりつく。
だから俺は、そんな終わり方なんて絶対にごめんだと思っている。
自分はもちろん、知っている誰かが選ぶのもだ。
――などと、少し格好つけて語ってみたものの。
それにしても、どうして俺はこうも面倒事に巻き込まれるんだか……。
困っている人を見過ごせない、なんて立派な人間のつもりはない。俺――成瀬蒼真(なるせ・そうま)は、友達と馬鹿をやって、部活の助っ人で汗を流して、可愛い女の子と恋をする。そんな高校生活を望んでいるだけだ。
青春は一度きり。
教科書の余白まで落書きで埋めるように、隙間なく楽しんだ者勝ちだろう。
ところが高校二年の春、俺は六人の少女が抱える六つの問題に首を突っ込むことになる。
しかも全員、校内で知らない者はいないほどの美少女だった。
これは彼女たちを救った俺が、平穏な日常を失う物語である。
……美少女六人に好かれるなら、平穏くらい安いのでは?
そう考えた奴は、今すぐ前へ出てほしい。
昔の俺と一緒に正座させる。
好意というものは、集まりすぎると物理的な圧を持つのだ。
※ ※ ※
「蒼真。朝っぱらから死んだ魚みたいな目をしてるぞ」
五月の朝。校門へ続く坂道で、悪友の小田切蓮(おだぎり・れん)が俺の顔を覗き込んできた。
「昨日、サッカー部に助っ人を頼まれたあと、バスケ部にも捕まった」
「帰宅部の発言じゃねえな」
「放課後を自由に使いたいから帰宅部なんだよ」
「その自由時間を全部他人に配ってるだろ」
「必要とされるって幸せなことだからな」
「そういう台詞を素面で吐けるところ、ほんと腹立つ」
蓮が俺の肩を殴ろうとした、そのときだった。
「あっ、蒼真発見!」
明るい声とともに、ポニーテールが朝日を弾ませる。
女子バスケ部のエース、橘美琴(たちばな・みこと)が坂の上から駆けてきた。快活な笑顔と引き締まった長い脚が目を引く、校内でも有名なスポーツ美少女だ。
「昨日ありがと! 蒼真が相手してくれたおかげで、いい練習になった!」
「どういたしまして。美琴のシュート、また速くなってたな」
「えへへ。もっと褒めていいよ?」
「朝から甘やかしちゃ駄目だって。ミコ、すぐ調子に乗るし」
美琴の後ろから現れたのは、明るい茶髪を緩く巻いた神崎莉愛(かみざき・りあ)。派手な見た目に反して誰にでも気さくで、男女を問わず友達が多い。俺の前まで来ると、いきなりネクタイへ手を伸ばした。
「ほら蒼真、曲がってる。イケメンが台無しじゃん」
「莉愛さん、朝から距離が近くありませんこと?」
凜とした声を向けたのは、生徒会副会長の鷹司玲奈(たかつかさ・れな)だ。腰まで届く黒髪と整った顔立ちのせいで近寄りがたく見えるが、実際には世話好きで優しい。
「成瀬さんも、無防備に女性へ顔を近づけてはいけません」
「俺が怒られるのか?」
「当然です。神崎さんを勘違いさせた責任がありますから」
「あたし、もう勘違いしてるかもよ?」
「それは困ったな。責任の取り方、放課後に相談する?」
「うわ、さらっと返した! 蒼真、今日も強っ!」
莉愛が楽しそうに笑い、美琴が俺の背中を叩く。
その輪へ、小柄な少女がぴょこんと顔を出した。
「はいはーい! 痴話喧嘩はそこまで! 今朝の主役、ひよりんの登場です!」
放送部の小日向結月(こひなた・ゆづき)が、テレビ司会者のように手を広げる。愛嬌たっぷりの美少女で、昼の校内放送には非公式のファンクラブまである。
「結月ちゃん、そんな紹介をされたら出にくいよ」
困ったように笑いながら歩いてきたのは、天城(あましろ)ひより。
艶やかな黒髪。長い睫毛に縁取られた大きな瞳。誰に対しても態度を変えず、困っている人がいれば真っ先に手を差し伸べる。
容姿だけではなく、その優しさまで含めて、学校一のアイドルと呼ばれる少女だ。
「おはよう、成瀬くん。今朝も賑やかだね」
「おはよう、天城。朝から美少女が五人も揃って、蓮が呼吸困難になりかけてる」
「勝手に殺すな。あと五人じゃなくて六人だろ」
蓮が指さした先には、文庫本を胸に抱いた水瀬詩乃(みずせ・しの)がいた。図書委員でありながら社交的で、よく俺たちの遊びに付き合ってくれる上品な美少女だ。
「私は背景扱いですか、成瀬くん?」
「まさか。詩乃は静かだから、朝の爽やかな背景に溶け込んでただけ」
「褒めているようで褒めていませんね」
「つまり、朝から俺を待ってた美少女が六人。今日が命日でも悔いはない」
「待て蓮。こいつらは俺と一緒に昼飯を食べたいだけだ」
「その事実が俺を殺すんだよ!」
蓮の絶叫に、六人の笑い声が重なる。
橘美琴、神崎莉愛、鷹司玲奈、小日向結月、水瀬詩乃、そして天城ひより。
性格も所属も違うが、全員が明るく、優しく、俺にとって大切な友人だった。
このときの俺は知らなかった。
彼女たちの笑顔の裏に、それぞれ誰にも言えない痛みが隠されていたことを。
※ ※ ※
昇降口に着くと、美琴たちは先に教室へ向かった。
天城だけは、声をかけてきた女子生徒たちに囲まれている。
「ひより、昨日は委員会の仕事を手伝ってくれてありがとう」
「ううん。間に合ってよかったね」
「天城さん、数学のノート見せてくれない?」
「もちろん。でも写すだけじゃ先生に見抜かれちゃうよ? 分からないところ、一緒にやろうか」
いつもと変わらない、完璧な笑顔だった。
そのとき、天城のスマートフォンが震えた。
画面を見た瞬間、彼女の肩が怯えたように跳ねる。
笑みが消え、端末を握る指から血の気が失せた。
「天城?」
俺が呼ぶと、天城は弾かれたように顔を上げた。
「どうしたの、成瀬くん?」
次の瞬間には、もう完璧な笑顔に戻っている。
「……いや。なんでもない」
「そっか。それじゃ、またお昼にね」
軽やかに手を振り、天城は校舎の奥へ歩いていく。
見間違いだと片づけるのは簡単だった。
けれど、俺の目には焼きついていた。
笑顔へ戻る直前、天城ひよりが見せた、助けを求めることさえ諦めてしまったような目が。
そして初夏には不似合いな長袖の隙間から、紫色の痣が覗いていたことが。
この日から俺は、学校一のアイドルを目で追うようになった。
恋をしたから――では、まだない。
ただ、彼女の笑顔が嘘だと知ってしまったからだ。