【朗報】曇らせトラウマ美少女たちを絶望から救ったら、俺への激重感情が物理的な圧になって襲いかかってくる件について 作:沢田美
昼休み。
俺たちの定位置になっている中庭のベンチには、今日も五人の美少女が集まっていた。
残る一人――天城ひよりの姿だけが、まだない。
周囲から突き刺さる男子たちの視線が痛い。
羨望が七割、嫉妬が二割、殺意が一割といったところだろう。
「蒼真、さっきから男子がこっち見てない?」
美琴が卵焼きを頬張りながら首を傾げる。
「気にするな。俺に対する無言の応援だ」
「呪詛の間違いではありませんか?」
詩乃が涼しい顔で訂正した。
「成瀬さん。命が惜しければ、私たちから三メートルほど離れて食事をすることを推奨します」
「玲奈まで俺を見捨てるのか」
「大丈夫だって。蒼真が刺されたら、あたしが保健室まで引きずってってあげる」
「莉愛、それたぶん傷口が広がる」
「では、わたくしが救急車を呼びます」
「助けることより刺される前提で話が進んでない?」
「はいはい、患者さんは静かにしてくださーい」
結月がストローを体温計のように俺の口へ突っ込もうとしてくる。
騒々しい。けれど、こういう昼休みが俺は好きだった。
「ごめんなさい。遅くなっちゃった」
そこへ天城が小走りでやってきた。
いつもと同じ柔らかな笑顔。しかし手には弁当も購買の袋もない。
「ひよりん、お弁当は?」
「今日は家に忘れちゃったみたい」
「天城が忘れ物なんて珍しいな」
「私もたまには失敗するよ」
そう言って笑う天城の右袖が、わずかに濡れていた。
鞄の口から覗いている教科書にも、水を吸ったような染みがある。
忘れたのではない。
食べられなくなったのではないか。
そんな疑問を飲み込み、俺は購買で買ったサンドイッチの包みを開いた。
「半分食べる?」
「でも、成瀬くんのお昼が足りなくなるよ」
「俺は焼きそばパンもある。遠慮するなら、あーんで食べさせるけど」
「あ、あーん!?」
天城の頬が一瞬で赤くなった。
「蒼真、それはさすがに強引すぎ!」
「でも天城、食べないと午後の体育で倒れるぞ」
「正論を盾にあーんを迫る人、初めて見たんだけど」
莉愛が呆れ、美琴と結月が面白がって「あーん」と囃し立てる。
玲奈は注意しようとしているのか、なぜか頬を染めたまま口を開閉していた。詩乃は黙って文庫本を逆さまに持っている。
「手でいただきます!」
天城は俺の手から素早くサンドイッチを受け取った。
「どうぞ。いちごサンドじゃなくて悪いな」
「どうして私の好物を知ってるの?」
「前に購買で最後の一個を見つめてただろ。あのときの天城、捨てられた子犬みたいだった」
「そ、そんな顔してないよ」
「してた。可愛かったから覚えてる」
天城が言葉を失い、さらに顔を赤くする。
その瞬間、彼女のスマートフォンが震えた。
昨日と同じだ。
天城の肩が跳ね、頬から赤みが消えた。
彼女は画面を伏せるように端末を握りしめる。
「天城。誰から?」
「クラスの友達だよ。午後の授業について聞かれただけ」
笑顔で答えたその声は、ほんの少し震えていた。
※ ※ ※
放課後。
バスケ部の助っ人へ向かう途中、俺は二組の教室前で足を止めた。
天城の教室だ。
閉じた扉の向こうから、机を動かすような音が聞こえる。
「天城、いるのか?」
返事はなかった。
扉を開けると、夕日に染まった教室で天城が一人、床に膝をついていた。
足元には、無残に破られたノートが散らばっている。
机には黒い油性ペンで、『いい子ぶるな』『男好き』と書き殴られていた。
教室の隅にあるごみ箱からは、見覚えのある薄桃色の弁当箱が覗いている。蓋は割れ、中身は紙くずと一緒に押し潰されていた。
忘れたのではなかった。
天城は昼休み、食べるものを奪われたまま、俺たちの前で笑っていたのだ。
胸の奥で、熱いものが音もなく膨れ上がった。
けれど今ここで感情をぶつければ、一番怯えるのは天城だ。俺は拳を握らず、ゆっくりと息を吐いた。
天城は俺を見ると、反射的に机を背中で隠した。
「どうしたの、成瀬くん。部活は?」
「それ、誰にやられた」
努めて静かに聞いた。
天城の笑顔が固まる。
「違うの。これは、ちょっとした悪戯で」
「手首の痣も?」
彼女が左手首を右手で覆う。
「教科書が濡れてたのも、弁当がなかったのも、届いた連絡に怯えてたのも、全部ちょっとした悪戯なのか?」
「……よく、見てるんだね」
「天城が分かりやすいんだよ。嘘をつくとき、必ず左手の親指を握る」
彼女が驚いたように手を開く。
そこには、爪の跡が白く残っていた。
「誰がやった?」
「誰でもないよ」
「なら、先生に相談する」
「やめて!」
鋭い声が教室に響いた。
天城は自分の声に怯えたように息を呑む。
「お願い。大ごとにしないで。成瀬くんには関係ないから」
「関係ならある。俺は天城の友達だ」
「友達だからこそ、巻き込みたくないの」
「もう巻き込まれてる。俺が勝手に首を突っ込んだ」
天城は唇を噛み、うつむいた。
床に落ちたノートの切れ端を拾おうとする。その手が震えていた。
俺も隣にしゃがみ、散らばった紙を一枚ずつ集めた。
「成瀬くんは、優しいね」
「そうでもない。納得できないことを放っておけないだけだ」
「……誰にでも、そうなの?」
「少なくとも、目の前で泣きそうな奴は放っておかない」
「私、泣いてないよ」
「知ってる。だから余計に心配なんだ」
天城はなにも答えなかった。
やがて紙を拾い終えると、彼女はいつもの笑顔を作った。
「本当に大丈夫。もう、なんでもないから」
それは俺を安心させるためではなく、これ以上近づけないための笑顔だった。
だから俺も立ち上がり、正面から彼女を見る。
「分かった。なら俺は、しばらく天城の『なんでもない』を信用しない」
「え……?」
「俺が納得するまで、勝手に心配させてもらう」
天城の瞳が揺れた。
その奥に浮かんだものが安堵だったのか、恐怖だったのか。
このときの俺には、まだ分からなかった。