【朗報】曇らせトラウマ美少女たちを絶望から救ったら、俺への激重感情が物理的な圧になって襲いかかってくる件について 作:沢田美
翌日の昼休み。
中庭のベンチに、天城の姿はなかった。
「ひよりん、遅いね。メッセージも既読にならないし」
結月がスマートフォンを何度も確認する。
「午前中の授業には出ていたのでしょう?」
「うん。でも四時間目が終わったら、クラスの女子と出ていったって」
玲奈の問いに、莉愛が答えた。
「成瀬くん」
詩乃が文庫本から目を上げ、俺を見る。
「気になるなら、捜しに行ってはいかがですか?」
「俺、そんなに顔に出てる?」
「蒼真、さっきから焼きそばパンの袋を開けたり閉じたりしてるよ」
美琴に指摘され、手元を見る。
無意識だった。どうやら俺は、天城に隠し事を指摘できないくらい分かりやすいらしい。
「悪い。ちょっと行ってくる」
「ひよりを見つけたら、ちゃんと連れてきてね」
莉愛の言葉に頷き、俺は中庭をあとにした。
天城の教室へ向かうと、扉の前にいた男子が教えてくれた。
彼女は佐伯真帆(さえき・まほ)たち三人と、特別棟へ歩いていったらしい。
佐伯は昨日、落書きされた天城の机を見て、誰より心配そうな顔をしていた女子だ。
胸の奥で、嫌な予感が膨らんだ。
※ ※ ※
特別棟の最上階。
普段は使われていない旧音楽室の前で、俺は足を止めた。
閉じた扉の向こうから、複数の女子の声が聞こえる。
「昨日、成瀬くんに見つかったんだって?」
「……うん」
小さく答えたのは、天城だった。
「余計なこと言ってないよね?」
「言ってない。悪戯だって説明したから」
「当たり前でしょ。被害者みたいな顔して蒼真くんに縋ったら、本当に許さないから」
「真帆、こいつ今日も一緒にお昼食べるつもりだったみたい」
「まだ自分があの輪にいていいと思ってるんだ?」
嘲るような笑い声が重なる。
「どうして……こんなことするの?」
天城の声は、消え入りそうだった。
「分からない? そういうところが嫌いなの」
佐伯の声が低くなる。
「男の子も先生も、みんなあんたばっかり。笑って、優しいふりして、なんでも手に入れて。それで自分はなにも悪くないって顔してる」
「優しいふりなんて、してない」
「じゃあ天然? もっとむかつく」
「真帆が好きだった先輩も、ひよりに告白したんだよね」
「私は断ったよ」
「それが一番惨めなの! 私が欲しかったものを、いらないって捨てたんだから!」
乾いた音が響いた。
考えるより先に、俺は扉を開けていた。
室内には佐伯たち三人と、壁際に追い詰められた天城がいた。
床には彼女のスマートフォンが落ちている。天城は赤くなった頬を押さえ、震えていた。
「成瀬、くん……?」
「そこまでにしろ」
怒鳴りはしなかった。
けれど自分でも驚くほど、冷たい声が出た。
俺は天城と佐伯たちの間に立つ。
「なにしてるの、成瀬くん。私たち、ひよりと話してただけだよ?」
「話し合いで人を叩くのが、佐伯の普通なのか?」
「違うの。これは……」
「天城は黙ってて!」
佐伯が叫び、すぐに口元を押さえた。
俺は床に落ちた天城のスマートフォンを拾い、彼女へ渡す。
「昨日の机も、弁当も、お前たちか」
「証拠でもあるの?」
「今の話は聞いた。それじゃ足りないなら、先生と警察を交えて確かめる」
三人の顔色が変わった。
「大げさにしないでよ。ちょっとした友達同士の喧嘩じゃん」
「友達は、相手が怯えるまで追い詰めない」
「あんたが余計なことするなら、ひよりが困るだけだから」
佐伯は天城を睨みつけ、俺の横を通り過ぎる。
「いい? あんたが全部壊したんだからね」
最後にそう吐き捨て、三人は旧音楽室を出ていった。
※ ※ ※
静まり返った室内で、天城の膝が崩れた。
倒れる前に肩を支える。その身体は驚くほど軽く、冷たかった。
「ごめんなさい……」
「天城が謝ることじゃない」
「私が我慢すれば、誰にも迷惑をかけずに済んだのに」
「我慢して済む段階は、とっくに過ぎてる」
天城は俯いたまま、制服の裾を強く握った。
いじめが始まったのは二か月前。
最初は無視や陰口だけだった。反応しなければ教科書が消え、匿名の悪口が届き、机や弁当を荒らされるようになった。
佐伯たちは表向き、天城の親しい友人だった。
相談すれば、先に被害者のふりをして、天城こそ自分たちをいじめていると訴える。そう脅されていたらしい。
「みんなが信じてくれる自信がないの」
「俺は信じる」
「成瀬くんは、私のことを知らないから」
「知ってるよ。頼まれたら嫌な顔をせず、困ってる奴を放っておけなくて、いちごサンドを見ると子犬みたいな顔になる」
「最後のは違うよ……」
「じゃあ、これから確かめる。天城がどんな奴なのか、俺が自分で決める」
天城がゆっくりと顔を上げる。
その瞳から、一粒だけ涙が零れた。
「明日……一緒に、先生へ話してくれる?」
「もちろん。途中で怖くなったら、俺の袖でも手でも好きなだけ掴め」
「手でも、いいの?」
「ああ。俺から離れるな」
天城の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
作り物ではない、初めて見る弱々しい笑顔だった。
これでもう、一人で耐えさせずに済む。
俺は、そう思っていた。
※ ※ ※
その夜。
蓮から送られてきた一枚の画像が、甘い考えを打ち砕いた。
校内で使われている匿名掲示板。
そこには、こう書かれていた。
『学校一のアイドル・天城ひよりに、ずっといじめられていました』
投稿には、天城が佐伯たちを罵倒しているように見える画像まで添えられていた。
会話の切り貼りだと、見れば分かる。だが事情を知らない人間にとっては、十分すぎるほど刺激的だった。
画面を更新するたび、天城を責める書き込みが増えていく。
俺はすぐに天城へ電話をかけた。
呼び出し音だけが、虚しく繰り返される。
窓の外では、遠くで雷が鳴っていた。