【朗報】曇らせトラウマ美少女たちを絶望から救ったら、俺への激重感情が物理的な圧になって襲いかかってくる件について 作:沢田美
天城への電話は、一度も繋がらなかった。
メッセージを送っても既読にならない。
匿名掲示板の投稿は夜のうちに削除されたが、保存された画像は校内のグループチャットへ拡散され続けた。
眠れないまま迎えた朝。
教室へ向かう廊下では、誰もがスマートフォンを手に、天城の名前を囁いていた。
「あの天城さんが、本当に?」
「でも画像も出てたし……」
「昨日、佐伯さんたち泣いてたらしいよ」
根拠のない噂が、人から人へ渡るたびに事実らしい顔をしていく。
天城の教室を覗く。
窓際にある彼女の席は、空だった。
「成瀬」
担任を通じて事情を聞いたらしい蓮が、廊下まで俺を追ってきた。
「天城さんの家から学校に連絡があった。今朝、普段どおり家を出たのに登校してないって」
「先生は?」
「家族と手分けして捜してる。警察にも連絡するって」
心臓を冷たい手で掴まれたような感覚がした。
昨日、天城は俺に助けを求めてくれた。
それなのに俺は、明日になれば話せばいいと安心して、一人で帰してしまった。
「俺が、もっと早く――」
「一人で背負わないでください」
玲奈の声に振り向く。
そこには、美琴、莉愛、結月、詩乃も揃っていた。
「匿名掲示板の記録は保存しました。学校側にも提出済みです。投稿時刻と佐伯さんたちの動きも確認してもらっています」
「画像、やっぱり偽物だよ」
莉愛がスマートフォンを差し出した。
「会話の時間表示が前後してるし、ひよりが使わない言い回しも混じってる。あたし、ひよりと毎日メッセージしてるから分かる」
「私たちが証言します。ひよりさんが、あのような言葉を人へ向けるはずがありません」
詩乃は静かに言い切った。
「ひよりは、あたしたちの友達だよ」
美琴が拳を握る。
「知らない誰かが作った画像より、毎日一緒に笑ってきたひよりを信じる。そんなの、迷うことじゃない」
「私も同じです」
結月が目元を赤くしながら頷いた。
「ひよりん、つらいときほど平気な顔をするから。今度はちゃんと、私たちが見つけてあげないと」
「だから蒼真だけで助けようとしないで。あたしたちにも捜させて」
「……ありがとう」
自分を責めて立ち止まっている場合ではない。
天城がまだどこかで、助けを待っているかもしれないのだから。
玲奈によれば、学校は佐伯たちを別室へ呼び、家族にも連絡を入れていた。掲示板の記録と昨日のいじめについても調査を始めている。
だが、どれだけ真相へ近づいても、天城本人が戻らなければ意味がない。
※ ※ ※
午前十時を過ぎた頃、空を覆っていた黒雲が一気に崩れた。
窓を叩く大粒の雨。
遠くの景色が白く霞むほどの豪雨だった。
学校は生徒だけで捜し回らないよう指示を出したが、校内の確認なら許可された。
美琴と莉愛は体育館と部室棟、玲奈と詩乃は特別棟、結月は放送室へ向かう。俺は蓮と校舎内を走った。
空き教室、図書室、保健室、屋上へ続く階段。
どこにも天城はいない。
何度目か分からない電話をかけた、そのとき。
俺のスマートフォンが震えた。
天城からのメッセージだった。
『成瀬くん。昨日、助けてくれてありがとう』
続けて、もう一通。
『信じるって言ってくれて、本当に嬉しかった』
指先が冷たくなる。
感謝を伝えるには、その文章はあまりにも過去を振り返りすぎていた。
『美琴ちゃんたちにも、ありがとうって伝えてください』
『もう、疲れちゃった』
「天城……!」
すぐに電話をかける。
呼び出し音が三度鳴り、切られた。
「蒼真!」
放送室へ向かった結月が、息を切らして駆けてくる。
「ひよりんのことで、思い出したの!」
「なにを?」
「前に放送部の企画で、お気に入りの場所を聞いたことがあるの。ひよりん、白鷺歩道橋って答えてた」
白鷺歩道橋。
学校から川沿いへ二十分ほど歩いた、古い歩道橋だ。
「つらいことがあった日は、そこから町を眺めるんだって。空が近く感じるからって……」
最後まで聞く前に、俺は走り出していた。
「先生に伝えてくれ! 家族と警察にも!」
「分かった! 蒼真、絶対に連れて帰ってきて!」
「必ず連れて帰る!」
※ ※ ※
校舎を飛び出した途端、傘が役に立たないほどの雨に叩かれた。
横殴りの風に視界を奪われる。
制服が肌へ張りつき、靴の中まで水が入り込む。
それでも足を止めなかった。
天城から届いた最後の言葉が、頭から離れない。
『もう、疲れちゃった』
俺は天城の痛みを知ったつもりになっていた。
けれど彼女が二か月もの間、どれほどの悪意に晒され、どれほど自分を責めてきたのか、本当には分かっていなかった。
それでも。
分からないから、諦めていい理由にはならない。
大通りを抜け、川沿いの道へ入る。
雨で増水した川の音に混じって、踏切の警報が遠く響いていた。
やがて白鷺歩道橋の青い階段が見えた。
一段飛ばしで駆け上がる。
息が切れ、脚が軋んでも構わなかった。
最上段へ辿り着いた俺の視界に、一人の少女が映る。
傘も差さず、全身を濡らした天城ひよりが、歩道橋の中央に立っていた。
いや。
立っていた場所は、手すりの内側ではない。
「天城!」
俺の声に、彼女がゆっくりと振り返る。
濡れた黒髪が頬に張りつき、その顔からは、いつもの笑顔が消えていた。
「来ないで!」
雨音を切り裂くような声だった。
「それ以上近づいたら、今すぐ行くから」
足を止める。
天城との距離は、わずか数メートル。
近いはずなのに、どうしようもなく遠かった。
「成瀬くん、ごめんね」
天城の唇が震える。
「私、もう笑えないや」
彼女は泣いていなかった。
泣くための力さえ、すべて使い果たしてしまったように見えた。
「今まで、ありがとう」
天城は最後に、壊れかけた笑顔を浮かべる。
そして、その身体が向こう側へ傾いた。