【朗報】曇らせトラウマ美少女たちを絶望から救ったら、俺への激重感情が物理的な圧になって襲いかかってくる件について 作:沢田美
天城の身体が、手すりの向こう側へ傾く。
「天城――!」
反射的に地面を蹴った。
伸ばした指が彼女の腕を掴む。強い衝撃が肩を貫いたが、構わず抱き寄せ、手すりのこちら側へ引き戻した。
二人揃って濡れた床へ倒れ込む。
「離して!」
腕の中で、天城が激しく暴れた。
俺の胸を叩き、肩を押し、必死に逃れようとする。
「お願い、離して! 死なせてよ!」
「離さない!」
「どうして!? 成瀬くんには関係ないって言ったでしょ!」
「関係ある! 俺は天城の友達だ!」
「そんなの、もう無理なの!」
天城の悲鳴が、豪雨の中へ消えていく。
「学校へ戻っても、みんな私を疑う! 私が歩くだけで噂される! 優しくしたら偽善者って言われて、なにもしなかったら冷たいって言われる! もう、どうやって笑えばいいのか分からない!」
叩く力が、少しずつ弱くなる。
「明日が来るのが怖いの……。眠って、また朝になるのが、ずっと怖かった」
震える声で絞り出された言葉。
それが、天城が初めて見せた本当の弱音だった。
「笑えないなら、笑わなくていい」
俺は彼女の肩を掴み、正面から見つめた。
「怖いなら、俺も一緒に怖がる。学校へ行けないなら休めばいい。歩けない日は、俺たちが隣にいる」
「簡単に言わないでよ!」
「簡単じゃない。俺には天城の苦しさを全部分かるなんて言えない」
分かったふりをして、綺麗な言葉で塞ぎたくはなかった。
「でも、分からないからって一人にはしない。何度突き放されても、俺はまた天城を捜しに行く」
「優しくしないで……」
天城の瞳から、ようやく涙が溢れた。
「これ以上優しくされたら、死ねなくなるから……」
「じゃあ、死ねなくなるまで優しくする」
「私がいたら、成瀬くんまで傷つけられる」
「そんなのは俺が決める。天城が勝手に決めるな」
「私のせいで、みんなに迷惑がかかる……」
「美琴も、莉愛も、玲奈も、結月も、詩乃も、必死に天城を捜してる。誰一人、迷惑だなんて思ってない」
天城が息を呑む。
「掲示板の画像が偽物だって証拠も集まってる。先生も、家族も、警察も動いてる。全部すぐ元どおりになるとは言わない。でも、天城が一人で戦う必要はもうない」
「どうして……そこまでしてくれるの?」
「天城が大切だからだ」
迷わず答えた。
「天城のことを、もっと知りたい。作った笑顔じゃなくて、楽しいときに笑って、つらいときに泣く、本当の天城と一緒にいたい」
「私なんかに、生きてる価値なんてないよ……」
「人の価値を勝手に決めるな。天城を大切に思ってる俺たちの気持ちまで、なかったことにするな」
天城は唇を噛み、声を殺して泣いた。
「でも……これから、なにを楽しみに生きればいいの?」
「そんなの、これから一緒に見つければいい」
俺は立ち上がり、雨に打たれたまま彼女へ手を差し伸べる。
「俺が天城に、楽しいことを山ほど教える。放課後に寄り道して、みんなで馬鹿をやって、恋だってして、今日まで生きてよかったって思わせてやる」
天城が涙で濡れた顔を上げる。
だから俺は、今できる限りの笑顔で言った。
「俺と一緒に死ぬほど楽しい青春を送ろうぜ!!」
差し出した手を、天城が見つめる。
やがて震える指が、恐る恐る俺の手に触れた。
「私……生きても、いいのかな」
「当たり前だ。生きて、俺の隣で笑ってくれ」
「うん……っ」
天城は俺の手を強く握った。
そして堪えていたものをすべて吐き出すように、声を上げて泣いた。
俺はその身体を抱きしめる。
今度はもう、天城が逃れようとすることはなかった。
遠くから複数のサイレンが近づいてくる。
豪雨の中、俺たちは互いの体温を確かめるように、いつまでも手を離さなかった。
やがて歩道橋の階段を、いくつもの足音が駆け上がってきた。
先生や警察官、救急隊員。その先頭には、息を切らした美琴たち五人の姿があった。
「ひより!」
美琴が叫び、全員が天城のもとへ駆け寄る。
天城は信じられないものを見るように、五人の顔を順番に見つめた。
「みんな……どうして?」
「友達を迎えに来るのに、理由なんていらないよ」
莉愛が泣きながら笑う。
「ごめんなさい。私、みんなに酷いことを……」
「謝罪はあとで、いくらでも聞きます」
玲奈が震える声で遮った。
「今はただ、戻ってきてくれたことを喜ばせてください」
「……ただいま」
天城の言葉に、五人は彼女を包み込むように抱きしめた。
その光景を見て、俺はようやく息を吐くことができた。
※ ※ ※
それから一週間。
学校の調査で匿名投稿の捏造が確認され、佐伯たちによるいじめも明らかになった。彼女たちには処分が下され、天城には家族や専門家を含めた支援が続けられることになった。
噂が完全に消えたわけではない。
傷ついた心が、七日で元どおりになるはずもない。
それでも天城は、自分の足で学校へ戻ってきた。
「おはよう、成瀬くん」
校門前で待っていた俺へ、天城が微笑みかける。
完璧ではない。
少し緊張して、今にも泣きそうな、不器用な笑顔。
けれど俺は、今まで見たどんな笑顔より綺麗だと思った。
「おはよう、天城。よく来たな」
「うん。成瀬くんが待ってると思ったから」
天城は俺の隣へ並ぶと、ごく自然に俺の手を取った。
しかも、指と指を絡める恋人繋ぎである。
「天城さん?」
「怖くなったら、手を掴んでいいって言ってくれたよね?」
「言ったけど、登校初日限定の話では?」
「私は一生有効だと思ってるよ」
背後から、五人分の息を呑む音が聞こえた。
「ひより、いきなり大胆すぎない!?」
「抜け駆けは感心しません!」
「これは朝一番の特報だよ!」
美琴、玲奈、結月が一斉に騒ぎ出す。莉愛は楽しそうに口笛を吹き、詩乃はなぜか静かに俺の反対側の手を見つめていた。
そんな五人を気にすることなく、天城は俺だけを見つめる。
「私を生かしてくれた人を、誰より幸せにするって決めたの」
絡められた指に、ぎゅっと力が込められた。
「これから私の残りの人生を使って、たくさん恩返しするね。覚悟してて、蒼真くん」
呼び方まで変わっていた。
学校一のアイドルから向けられる好意は、もはや分かりやすいという水準を軽々と超えている。
こうして天城ひよりは、俺の青春へ戻ってきた。
以前よりもずっと近く――少々、近すぎる距離に。