学校一のアイドルを絶望から連れ戻したら、愛が重すぎて手が離せません 〜曇らせヒロインたちを救済したら、激重感情の圧で平穏な高校生活が終わりました〜   作:沢田美

7 / 8
第7話 太陽みたいな彼女が怯える相手

 風邪で寝込んでから二日。

 俺は無事に平熱を取り戻し、学校へ復帰した。

 

「蒼真くん、動かないで」

 

 校門をくぐった瞬間、待ち構えていた天城が俺の額へ手を当てる。

 

「熱はない。今朝、家でも測った」

 

「自分の感覚だけで判断するのは危険だよ」

 

「体温計を信用してやってくれ」

 

「念のため、もう一度測ろう?」

 

 天城の鞄から電子体温計が出てきた。

 

「常備するようになったのか」

 

「三本あるから一本あげるね」

 

「体温計の大災害に備えてた予備だろ。大事にしろよ」

 

 俺たちのやり取りを見て、莉愛が腹を抱えて笑う。

 

「ひより、完全に蒼真専属の保健委員じゃん」

 

「専属……。いい響きかも」

 

「そこで喜ばないでください」

 

 玲奈が呆れたようにため息をついた。

 

「蒼真、もう運動しても平気なの?」

 

 美琴が後ろから顔を覗かせる。

 いつもの明るい笑顔。だが見舞いに来た一昨日にはなかった小さな絆創膏が、右の頬に貼られている。

 

「軽くならな。放課後、バスケ部の助っ人だろ?」

 

「覚えてたんだ! 大会前だから、本当に助かる!」

 

 美琴の顔が一気に輝く。

 

「病み上がりの蒼真くんに、激しい運動をさせるの?」

 

 天城の声から温度が消えた。

 

「ひより、目が怖いよ!?」

 

「見学するだけなら許可します」

 

「誰の許可が必要なんだ?」

 

「私です」

 

「迷いがないな」

 

 こうして俺の復帰初日は、天城監督による厳重な健康管理のもとで始まった。

 

※ ※ ※

 

 放課後の体育館。

 

 床を蹴る音と、ボールの弾む音が高い天井へ響く。

 女子バスケ部の紅白戦で、美琴は誰よりも速くコートを駆けていた。

 

「美琴、右!」

 

 俺の声に反応し、美琴が守備の隙間へ飛び込む。

 パスを受けた直後、流れるような動きでゴール下へ切り込み、シュートを決めた。

 

「ナイスパス、蒼真!」

 

「決めた奴が偉い」

 

 美琴は太陽みたいに笑う。

 

 速く、強く、周囲をよく見ている。

 自分で得点できる場面でも、仲間の位置がよければ迷わずパスを出す。劣勢でも声を張り、チーム全体を前へ向かせる。

 

 彼女がエースと呼ばれる理由は、得点力だけではなかった。

 

「蒼真くん、休憩!」

 

 コート脇から天城の声が飛んでくる。

 膝の上にはスポーツドリンク、タオル、冷却スプレーが完璧に並べられていた。

 

「まだ十分しか動いてないぞ」

 

「病み上がりなんだから、八分動いたら二分休憩するの」

 

「サッカーの交代ルールより厳しいな」

 

「蒼真、諦めなよ。今のひよりからは逃げられないって」

 

 美琴が笑いながら俺の肩を叩く。

 その直後、彼女の顔が痛みに歪んだ。

 

「美琴?」

 

「なんでもない! ちょっと手が滑っただけ!」

 

 押さえているのは、一昨日痣を見つけた右腕だった。

 

 美琴はすぐに練習へ戻ろうとする。

 

「橘、無理すんなよ。その頬の怪我、昨日の休養日に自主練して作ったのか?」

 

 部員の一人が声をかけると、美琴の足が一瞬止まった。

 

「違う違う! 家の近所を走ってたら転んだだけ!」

 

「あれだけ綺麗に着地できる橘が、珍しいな」

 

「あたしだって、たまには転ぶよ!」

 

 明るい返事。

 けれど、その手は強く握られていた。

 

 一昨日見つけた腕の痣は、その前日の練習でぶつけたと言っていた。

 そして見舞いから今日までの間に、頬の怪我まで増えている。

 

 どちらも本当に偶然の怪我なのかもしれない。

 それでも、説明するたびに美琴が一瞬だけ怯えた顔をすることが、どうしても気になった。

 

※ ※ ※

 

 練習が終わる頃には、窓の外が茜色に染まっていた。

 

 天城は家族との面談があり、名残惜しそうに先に帰った。部員たちも更衣室へ向かい、コートには俺と美琴だけが残る。

 

「美琴」

 

 ボールを片づけていた彼女の背中へ声をかける。

 

「腕の痣と、頬の怪我。本当にどっちも運動中にできたのか?」

 

「一昨日も言ったじゃん。バスケしてたら怪我くらいするし、頬は走って転んだだけ!」

 

「それなら、どうして怪我のことを聞くたびに目を逸らす?」

 

 美琴の言葉が止まった。

 

「一昨日、父親から電話が来たときも震えてた。あの直後に帰って、それから頬の怪我が増えた。偶然だと言うなら、ちゃんと俺の目を見て言ってくれ」

 

「……蒼真には関係ないよ」

 

「関係ないかどうかは、話を聞いてから決める」

 

「ひよりのこと助けたからって、誰でも助けられると思わないで!」

 

 鋭い声が体育館に響いた。

 

 美琴は自分の言葉に傷ついたように、唇を噛む。

 

「ごめん。でも、本当に放っておいて。家のことだから」

 

「家で、その痣ができたのか?」

 

 美琴は答えなかった。

 

 そのとき、体育館の扉がゆっくりと開いた。

 

「美琴」

 

 低い男の声。

 

 美琴の肩が大きく跳ねた。

 

 扉の前に立っていたのは、四十代ほどの大柄な男だった。仕立てのいいスーツを着て、穏やかな笑みを浮かべている。

 

「迎えに来たぞ。門限は六時だと言っただろう?」

 

「お父さん……。ごめんなさい、すぐ片づけるから」

 

「その必要はない。帰るぞ」

 

 男は俺へ視線を移した。

 

「君が成瀬蒼真くんだね。美琴がいつも世話になっている」

 

「どうして俺の名前を?」

 

「娘の交友関係を把握するのは、父親として当然だろう?」

 

 美琴の顔から血の気が引く。

 

「一昨日は、彼の家へ見舞いに行っていたそうだな。帰宅時間を守る約束だったはずだ」

 

「ごめんなさい。みんなと一緒だったし、遅くならないようにしたから……」

 

「言い訳は家で聞こう」

 

 穏やかな口調のままなのに、美琴は叱責された子供のように身体を縮めた。

 俺の家を訪れたことも、帰った時間も把握されている。美琴が自分から楽しそうに報告したとは、とても思えなかった。

 

 父親は笑顔のまま、美琴の右腕を掴んだ。

 ちょうど、青黒い痣が残っている場所だった。

 

「痛っ……」

 

「どうした? バスケで痛めたのか?」

 

「……ううん。なんでもない」

 

 美琴が首を横に振る。

 

「待ってください」

 

 前へ出ようとした俺を、美琴の視線が止めた。

 

 助けを求める目ではなかった。

 

 お願いだから、なにもしないで。

 

 そう懇願する目だった。

 

「じゃあな、蒼真。また明日!」

 

 父親に腕を掴まれたまま、美琴はいつもの笑顔を作る。

 

 二人が体育館を出ていくまで、俺はその場から動けなかった。

 

 けれど、放っておくつもりもなかった。

 

 助けないでほしいと願うほど、美琴が恐れているもの。

 

 それがなんなのか、確かめる必要があった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。