滅びを回避したい魔法少年   作:紺南

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第2話

 

空が裂けた。

その様子を通りがかった通行人が撮影していた。

 

穴の奥からキラキラと光るものが降って来る。

それは風に乗って散らばり、すぐに見えなくなった。

穴はゆっくりと閉じていき、やがて何もなかったのように元の空だけが残された。

 

SNSで拡散されたこの映像は、当初はAIで作られた偽物とされていた。

しかし同時刻に複数の投稿がされ、目視したと言う者まで現れる。真偽は不確で確かめようもない話だったが、オカルト好きの記憶には残り、ネットの海に消えていった。

 

《繋がった》

 

「長えよ。本当に」

 

朝日奈日向。九歳。

あれから四年が経っている。

 

「じゃあ、本業復帰と行きましょうか」

 

滅びた世界で最後まで戦い抜いた魔法少年が、世界を救うために動き出した。

 

◇ ◇ ◇

 

楠若菜(くすのきわかな)。九歳。

私立の小学校に通う小学三年生。

 

なんて事はない普通の家に生まれ、両親の方針で少しばかり偏差値の高い小学校に通っている。

好きなものは甘いお菓子。嫌いなものは納豆とピーマン。

運動はちょっと苦手。最近はテレビでよく見かけるアイドルユニットに夢中。

 

どこにでもいそうな普通の少女。

そんな彼女は走っていた。住宅街の生活道路の只中を。妙な光に追われて。

 

「ひぃっ!?」

 

駆け抜ける口から悲鳴が零れる。息は切れて今すぐにも止まってしまいそうになる。そうなっていないのは、気力を振り絞っているから。

 

「なんなのぉ!?」

 

誰に向けたでもない叫び声は虚しく響くばかり。

 

「助けてくださーい!!」

 

通行人はいない。家の中から飛び出してくる人もいない。

酷い目に遭うかもしれない。下手をすれば死ぬ。目に涙を浮かべながら若菜は走った。足がもつれて転ぶまで。

 

「っ!?」

 

転んで、足を擦りむく。

気にしている場合はなかった。立ち上がろうとした時には、光の玉が目の前に浮かんでいた。

 

「な、なんですか?」

 

それに意思があるとか、意思疎通が出来るなんてことは考えていなかった。ただ話しかけただけ。

球体から答えは来ず、そのまま近づいてくる。

ぶつかる瞬間、若菜は目を閉じた。

痛いのか、苦しいのか。とにかく何かを覚悟して震えて待つ。……何も起こらない。

 

「……え」

 

目を開けた時、光はどこにもなかった。

周囲を見回しながら立ち上がる。

何もない。どこにもない。不審なものは見つからない。

 

「な……え?」

 

言葉は出ない。ただ困惑する。

擦りむいた膝がズキズキと痛んでいた。

 

翌朝、膝に絆創膏を貼って、若菜は学校に登校した。

 

昨晩、光る球体に追いかけられた後、何事もなく家に辿り着いた。

風呂に浸かりながら夢だったのかななんて思った。膝を擦りむいたと言うことだけが事実として残っていた。

 

授業を受け、昼食を食べ、授業を受ける。

午後14時。静かな教室には教壇に立つ先生の声しか響いていない。

段々と眠くなってきて、船を漕がないように気を付けながら板書に精を出していた。

 

《……すか》

 

「……」

 

《……えますか》

 

「……ん?」

 

《聞こえますか?》

 

「え?」

 

顔を上げる。目の前には前の席に座るクラスメイトの背中があった。

周囲を見ても、話しかけてきたと思しきクラスメイトはいない。

誰も彼もが授業に集中していて、自分だけがオロオロと周囲を見回していた。

気のせいかなと思いながら、若菜はペンを走らせる。

 

《聞こえますか?》

 

「……」

 

《聞こえてますね?》

 

「……」

 

《聞こえてるんでしょう?》

 

気のせいではなかった。幻聴が止まらない。

段々とはっきり聞こえてきている。俗に言う三段活用と言うやつだ。

 

どうしようと若菜は悩んだ。

そもそも、これは本当に幻聴だろうか。自分にしか聞こえていないのは確かのようだが、だからと言って幻聴と思うのは早計じゃなかろうか。幽霊の可能性もある。

 

そう思って、ぞぞぞっと背筋が凍る。幽霊はダメだ。こんな昼日中から、そんなものは見たくない。

 

《聞こえてると言いなさい》

 

「っ!?」

 

ほとんど衝動に任せ、若菜は立ち上がる。

 

「せ、先生!」

 

黒板に文字を書きつけていた教師は驚いて振り向いた。

 

「おお、どうした?」

 

「変な声が聞こえるんです!」

 

「はあ?」

 

「私、頭がおかしくなったかもしれません!」

 

ぽかんと口を開ける教師。

クラスメイト達も同じようにぽかんとしている。

若菜にとっては冗談でも何でもなく、どこまでも真剣な訴えだったが、声が聞こえない人間には世迷言にしか聞こえない。

とりあえず、体調が悪いのなら保健室に行けと言われ、保健室に走る。

 

《聞こえていることを確認しました》

 

「なんなの!? 誰なの!?」

 

《ごきげんよう。おやすみなさい。さようなら》

 

「さ、さようなら! 二度と話しかけてこないでください!」

 

《そのご依頼にはお応えできかねます》

 

「早くどっか行って!」

 

《できかねます》

 

んなあ、と猫のような声を上げながら若菜は保健室に走った。

保健室の扉を思いっきり開け、中にいた養護教諭に、涙目で訴えかける。

 

「声が聞こえるんです!」

 

養護教諭は、やっぱりぽかんと呆けてしまった。

 

◇ ◇ ◇

 

学校から母親へ連絡が行き、そのまま病院へ連れて行かれた。

その間も声は聞こえ続けていた。正確には、頭の中に響いていた。

耳を塞いでも声が途切れることはなく、大声を上げても聞こえ続ける。

 

病院ではいくつかの検査を終えた後、精神疾患を疑われた。代表的なものでは統合失調症があると言う説明だった。

精神病院への受診を勧められて、紹介状を手に若菜は駐車場へと歩く。母親は難しい顔をしていた。

 

人気のない駐車場の中、車に乗り込もうとドアに手をかける。

一向にドアは開かない。鍵も閉じられたままだ。どうしたのだろうと若菜は母を見やった。

母は奇妙な姿勢でその場に立ち止まり、その視線は宙に固定されている。まるで人形のように生気がない。

 

「楠若菜」

 

駐車場の奥から声が響く。

若菜は肩を飛び上がらせ、声のした方を見る。

自分と同じぐらいの年頃の少年が歩いてきた。

 

「声は聞こえているか?」

 

「……え」

 

答えられない若菜に少年は笑いかける。自分のこめかみに人差し指を押し付けながら。

 

「頭の中に声が響いているだろう。うざったい声が」

 

「なんで……」

 

声は半ばで途切れた。

《驚きました》と頭に声が響いた。

 

《同胞よ。仕事がお早い。しかし、その個体でいいのですか? こんなにも素晴らしくも美しく、可愛らしい個体がいると言うのに》

 

《全然良くないよ。でももう腐れ縁で一蓮托生だからさ。今さら他に乗り換えるのもねえ》

 

声が二つ。

思わず、若菜は耳を塞いだ。

 

「耳を塞いでも無駄だぞ。こいつらは念話で話しかけてくる。聞きたくないなら、念話を拒絶しないといけない」

 

「ねんわ……電話のこと?」

 

「似たようなもんだ」

 

分からない。若菜は助けを求めて母親を見た。先ほど見た時と同じように、奇妙な姿勢で固まっている。

 

「これからお前は精神科に連れて行かれる。統合失調症と診断されるだろう。薬を処方され、効かず、声は聞こえ続ける。最後には精神病棟行きだ」

 

「なに……なんなの……」

 

「俺の話を聞け」

 

いつの間にか目の前にいた少年が若菜の腕を掴む。

腕を引き剥がそうとして身体が動かなかった。腕も足も動かない。動くのは口だけだった。

 

「俺もお前と同じだ。中にこいつらがいて声が聞こえる。実害はない。邪悪かもしれないが悪い奴らじゃない。ただ話をすればいい」

 

「話って……」

 

「こいつらはただのアホだ。不愉快な同居人だと思え。強いて言うならゴミだ」

 

《ひどくなーい?》

 

《抗議します。私はゴミではありません》

 

「黙れ」

 

少しずつ若菜は落ち着いてきた。

三人……一人と二つの何かのやり取りにはどことない気安さを感じる。

 

「親には声は聞こえなくなったと言え。精神科に通うのは時間の無駄だ」

 

「でも、聞こえるもん……」

 

「今言っても誰にも理解されない。理解できるのは同類だけだ。これから増える」

 

少年の言っていることが若菜には分からなかった。

しかし従わなければいけないと言う気がして、何も考えずに頷いた。

 

「こいつらのせいで、これからこの世界は悪い方向に進んで行く。正直言って疫病神か死神でしかないが、一つだけ良いこともある」

 

少年は掌を差し出した。

その手の中に小さな光の球体が浮かんでいる。

 

「魔法のある世界へようこそ」

 

その球体を手渡される。

暖かい光が若菜の手の中で揺らいでいる。

思わず握り締め、手を開いた時には光は消えていた。

 

はっと我に返って顔を上げる。少年はいなかった。

周囲を見回してもどこにも人影はない。

 

「若菜、早く車に乗りなさい」

 

母親の声に背後を振り向く。

エンジンの音がした。誰かの車が通り過ぎていく。

 

現実味がない。夢を見たかと思い、こめかみのあたりを触れる。

 

《夢ではありませんよ》

 

声がした。幻聴ではない。なぜかそう思えた。

 

「あなたは誰?」

 

《名前ですか? ありません。好きなようにお呼びいただければ》

 

「あの子は誰なの?」

 

《さあ?》

 

掌を見る。

光はない。けれど、光の余韻はまだ残っていた。

 

「若菜!」

 

苛立つ母親の声を背中に聞きながら、少年が立っていた場所を見つめていた。

 

「お母さん。声、聞こえなくなったかも」

 

《え?》

 

あなたには言ってないよと若菜はくすりと微笑む。

魔法のある世界。その一言が若菜の心に残り続けていた。

 

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