「別の世界?」
《はい》
夜、自室で頭の中の声と会話する。
傍目には独り言と思われるだろう。そのことは自覚していて、近くにスマートフォンを置いておき、誰かと通話していると言う体を取ることにした。
「それって地球じゃない別の星のこと?」
《いいえ。この宇宙の外、別の宇宙のことです》
あの少年と話をした後、若菜は病院で声が聞こえたことを話し、もう聞こえなくなったと嘘を吐いた。
どういう声なのか。どこで聞こえたのか。そういったことを聞き取られ、経過観察に落ちつくことになった。
帰りの車中で、母親は心配そうに「本当に大丈夫なの?」と聞いてくる。若菜は頷いた。車の中で、あるいは病院の待合室で、耳を塞いで蹲っていたことなどすっかり忘れていた。
《別の次元とあの個体は言っていましたね。つまり、全く別の世界から来ました》
「それってどういうところなの?」
《さて。言葉でお伝えするのは難しいのですが。貴方たちでも分かるように言うのなら、光で満たされた世界でしょうか》
「……わかんない」
《でしょうね》
若菜は頭の中で響く声と話をする。
そうするようにとあの少年に言われたからと言うこともあるが、試しに言葉を交わしてみると中々面白い。
別の世界から来たと言う頭の中の何かは、淡々と聞かれたことに答えてくれた。
「あなたはどうして私の中にいるの?」
《暗い中で貴方を追いかけて、その反応が面白く、これはいい出会いが出来たと思いまして》
「……あれあなただったの?」
《はい。気づいてませんでしたか。あまり察しはよくないのですね》
夜に追いかけられた光の球体。それが頭の中に入り込んでいる。それを思うと少し気味が悪い。
「ねえ、教えて。魔法って何?」
《魔法、と言われても困りますが。恐らく我々の力のことだと思います》
「あの子、小さな光の玉を出してたけど、私も出来るかな?」
《出来ますよ》
「本当!?」
《はい。契約は済んでいます》
契約?と若菜は首を傾げた。
《私が呼び、貴方が答えた。それが契約の手順です》
「えっと……何か悪いこととかあるのかな?」
《貴方たち全体への不利益はありません》
そうなんだと若菜は言う。
何か引っかかるものを感じた気がしたが、気のせいだと思うことにした。
《それよりも、力のことですが》
「うん」
《使い方をお教えすることが出来ます》
「い、いいの?」
《はい。身体を間借りしているのでその埋め合わせです》
若菜は興奮を抑え切れなかった。
魔法と言う未知の世界への好奇心。アニメや漫画の世界での出来事が目の前で起こっている。
《まずはあの個体がやっていた光への変換でしょうか。あれは力の使い方としては簡単な部類になります》
やってみましょうと言う頭の声に、若菜はお願いしますと答えた。
漫画で見るような魔法との邂逅。大抵、そう言う物語の登場人物はすぐに魔法を使いこなしている。だから、出来ないなんて欠片も思っていなかった。
一晩頑張ってみて、それらしきことが出来なかったのは全く予想すらしていなかった。
《あなた方の言うところの、いわゆる才能がないのですね》
「うぅ……」
若菜は机に突っ伏していた。
徹夜明けの学校は辛い。人生で初めての経験だが、眠気はピークに達しており、気を抜けば眠ってしまいそうだった。
《問題ありません。あと十度世界が暗くなるまで続ければ光を発することが出来るようになるでしょう》
「長いよぉ……」
若菜は現実と言うものを思い知っている。
才能がないとこうまで直截的に言われるのは精神的に来るものがあった。
生まれてからの九年間、失敗らしい失敗を経験したことがなかったから、現実逃避をしてしまう。
もしかして、魔法なんてないんじゃないか。今頭に聞こえている声も幻聴に過ぎず、精神病にかかっているのではないか。
一度そう思えば、それが正しい気がしてくる。
と言うか、現実的に魔法なんてあるはずがない。あの少年も病が見せた幻覚なのだ。そうに違いない。
「病気なのかなあ……」
《身体の調子が悪いのですか。それはいけません。今すぐ直さなくては》
「うんにゃあ……」
否定も肯定もする気が起きない。
なんだろうなあと言う感じ。
仮にこれが本当に幻聴だとして、この後どうなるだろうか。
この先ずっと頭に響く声と付き合うのは、現実的なのだろうか。
若菜は答えを出せない。子供だからは言い訳だった。
幻聴ではないと言う可能性が頭から離れない。魔法なんて言葉には魔力がある。夢だった。ロマンと言い換えてもいい。
もし本当に魔法なんてものがあるのなら、それは夢にまで見た世界を与えてくれるだろう。
「頑張ってみよう……」
結論はまだ早い。
とりあえず、授業中に眠らないように頑張らなければならない。
こうしている間も意識が飛びかけているから、到底頑張り切れるとは思わないが。
◇ ◇ ◇
朝日奈日向は病院の屋上にいた。
普段は立ち入り禁止にされていて、扉には鍵がかかっている。
本来は誰も近づけないそこに、空から降り立った。
「どうなるかなあ……」
独り言。答える声は一つ。
《なるようになるさ》
そうだなと答える。
なるようにならなければ終わりだと思う。
かつて、この時期の日向は魔法少年ではなかった。だから知らないことの方が多い。
魔法少女の発生時期に誰がどのような目に遭い、どんな顛末を辿ったのか。大雑把な歴史しか知らない日向は、手探りでの歴史修正を試みなければならなかった。
「楠若菜は順調かなあ」
《やさぐれる前のあの子が見れたのは収穫だったね。元はあんなに純粋無垢で可愛い女の子だったなんて……もうたまらないよ》
日向の知っている楠若菜は精神病棟に入れられて、約一年ほどをそこで過ごしていた。
その間に何があったのかは把握していないが、日向が知っている彼女はこの時代の彼女とは似ても似つかない性格をしていた。嫌なことがたくさんあったのだろうなと日向は思う。
《魔力を感知》
頭に響く声。日向自身もそれを感じる。
《魔法の行使を確認》
「いやはや、たった一日で魔法を使うのか。才能って怖いねえ」
《やっぱり人間は大切な人のために力を発揮するものだね》
日向はポケットから懐中時計を取り出す。蓋を開けると、時針は0時00分を指していた。
魔法は奇跡の力ではない。何でもできるわけではない。一部の例外を除いて、人に行使できる力には限界がある。
これから何が起こるのか、日向は知っている。
放置か介入か。判断はついていない。
《放っておいていいと思うよ》
「なぜ?」
《どれだけ才能があっても、魔力を得たばかりの人間に大したことは出来ないからね。それに君が口を出しに行ってもあの子は納得しないと思う。やらせてみて、自分で納得させるしかないだろうね》
「俺が考えているのは犠牲になる人の方だ」
《君が見ていればいいじゃないか》
まあ、そうだなと納得する。自分がいれば人が死ぬことはない。仮に死んだとしても直後であれば何とかなる。
懐中時計をしまい、歩き始める。優先順位を組み立て直した。今行くべきは一番遠い場所。
「先に北海道を見てくるか」
《今頃は契約が済んだ頃かな》
「それを確かめに行く」
歴史は変わる。ならば魔法少女となる人物も変わる可能性があった。
望ましくないが、だからと言ってどうすることも出来ない。なるようになると半ば開き直っているのはそんな理由もあった。
《楽しみだよねえ。歴史上初めての魔法少女同士の戦い》
「見飽きてるよ」
《未熟者が戦い合うのがいいんじゃないか。幼い子供が本気で喧嘩してるのを見ているような微笑ましさがさあ。これが成長するとああなるんだって言う喜びがさあ。どれだけの穢れを溜め込んだのかなって言う興奮がさあ》
頭の中に響く声の鬱陶しさは今に始まったことではない。
「暗闇を消し去った後はお前らを消し去るべきだな」
《君にどうこう出来るのは僕だけさ。他は無理だね》
自らの無力さを実感する。どう考えても邪悪な存在であるこれらを葬る術がない。世界を救うためとは言え、こんな奴らの力を借りなければいけないなんて。
日向はげんなりしながら魔法を行使する。そこから消え去ったあと、その場には痕跡すら残らなかった。