兄が愛を知ってしまった件 作:匿名みー
──前世の記憶とかいらなかった。
こんにちは。よくある異世界転生ものの当事者になってしまった一般男子Aです。BとかCとかがいないことを切に祈る。物語を引っ掻き回されたら収拾つかなくなりそうだからね!
前世の記憶が蘇ったのは六歳の時。
どこに転生してしまったのかはすぐにわかった。
白い部屋で白い服を着させられて、ホワイトルームっていう単語が出てきた時点でハイ終了。
ようこそ実力主義の教室へ……実力至上主義だったかな? タイトルはどっちでもいいけど、俺はその『ようこそ』な世界に転生してしまったのだ。
ポジションは主人公、
さて、ようこそ実力ほにゃららの世界。略してよう実の世界観はというと、パッと見は普通の学園ものだ。全寮制の名門校、高度育成高等学校での物語。
可愛い女子が山のように出てくるから、そこは楽しみではあるが……大きな問題がある。
それは、高度育成高等学校というのは恐喝、イジメ、暴力なんでもありの世紀末であることだ。クラス対抗で評価ポイントを競い合い、最も優秀なAクラス昇格を目指す。というのが話の大きなポイントのひとつなのだが、そのためには犯罪スレスレ、もはや犯罪じゃんってことも平気でやらかす。学校側は殺人でも起こらない限りは警察沙汰にはせず、なんだったら学校側も倫理的にアウトなことをやってくる。
世界に通用する人材を育成するための学校、それが高度育成高等学校。俺からすればスパイや愛人育成高校にしか思えない。それが日本政府肝いりの学校だっていうんだから、終わってるよほんと。
そんなやばいところに俺は行かなきゃ行けない。というか行かないとホワイトルームに戻るしかなくなり、そろそろ精神が死滅する。
高校入学の前年、ホワイトルームは謎の攻撃を受けて稼働停止に追い込まれ、俺と兄はその混乱に乗じて脱走した。そもそもホワイトルームってなんだって話だが、簡単に言うと虐待教育施設だ。
人工的に天才を作るため子供を集め、非人道的なスパルタ教育を施している。嫌だよあんなところに戻るのは。絶対に嫌だったから、俺は兄の清隆についていくことにした。
綾小路清隆はホワイトルームから逃亡し、執事の手引きを受けて、高度育成高等学校へ入学するための道を見出す。これは物語開始時点では語られていなかった事実だが、そのうち出てくる。
その部分を読んでいて本当に良かった。知らなかったら俺は取り残されていたことだろう。清隆兄さんは俺を置き去りにする気満々だった。なんだったら囮に利用することも検討したとか。血も涙もない兄さんである。
「──クソみたいな巨乳の担任。胸を触らせて脅迫してくる猫かぶり。コンパスで語りかけてくる隣の席の毒舌美少女。クラスは不良品呼ばわりされるゴミ共の巣窟。お小遣いポイントとやらは二ヶ月目にして支給停止か。そうか。普通の高校生活は無理なんだな」
入学試験前夜。
兄さんは暗い瞳で何もない場所を見つめ、俺が話したことを整理していた。
これが三回目である。感情が抜け落ちた声でほとんど同じ内容を繰り返している。
何か隠してないか、話せ──そう言われて素直に打ち明けたのが間違いだった。まさか信じないよな、まあ信じたとしても筋書き通りにやればいいだけだし──とか軽い気持ちだった俺は馬鹿だった。できることなら今すぐ時間を巻き戻して、喋ろうとしている俺を殴り飛ばしてやりたい。
「仮に気配を殺し続けたとしても、身長も胸もないメスガキとやらに見つかるのは時間の問題。そうなったら否が応でも表舞台に引きずり出される……か。だったらいっそ、最初から本気を出していくか。完全に本気である必要はないが、Dクラスは回避してもいいだろう」
「ちょ、待ってよ兄さん! ダメだってそんなことしちゃ! 何が起こるかわからなくなるだろ!」
兄さんは血迷い始めている。
夢だった普通の高校生活が叶わないと知った今、わざわざワーストクラスに入る意味は
どうせ殺伐としてるならお小遣いポイントがあった方がいいし、退学させようとしてくる自己愛の怪物はいない方がいいらしい。自己愛の怪物とは、わざとおっぱいを触らせて写真を撮り、それをネタに脅迫してくるとんでもない女だ。
「その女教師もオレを脅迫するんだよな。冗談じゃない。聞いたところ他のクラスも難があるようだが、今のところDクラスがぶっちぎりでやばいぞ。誰がそんなところに好き好んで入るか」
「……」
しまった。Dクラスの人間ばっかり紹介しすぎた。
でも仕方ない。それには理由があるのだ。
悲しいことに、俺は中途半端にしか原作を読んでいない。
大半が流し読み。ぶっちゃけ読んでいない部分の方が遥かに多い。こんなことになるってわかってたら三年生編まで読破したのに……! 今更だけどなんで俺なんだよ。もっと相応しい人いただろ? 最低限よう実を読破してて、イフな展開とか色々考えられる程度の知識を持ってる人、いたでしょーよ!
「
「うん、ごめん」
「ずっと監獄にいたんだ。夢くらい見たっていいだろう。いや本来ならその夢は現実になるはずだった。高校に入れると聞いたら、スクールライフをイメージするのは当然のことだ」
「ごめんなさい。始まる前に夢を破壊しちゃったのは謝るから、今手に持った金属バットを下ろして欲しいな」
なんでベッドの下に金属バットが眠ってるんだよ。
今、俺と兄さんは同じ天井の下にいる。駆け込み寺として使わせてもらっている屋敷の一室だ。
あー、ほんと言わなきゃ良かった。余計なこと教えなきゃ良かった。頭のおかしい人達のことは事前に知っておいた方がいいと思ったんだけど、流石に数が多すぎたようだ。
しかも俺が話したの、ほんの一部だからね。
普通に考えて他にもヤバい奴はいるはずだが、俺はきっと半分も知らない。自慢じゃないけど、俺は『よう実』の一巻すら全て読んでいない。手に取ったのは一年生編のみ。完結したのは何巻だったのかは知らない。気になるゲームが出てきて放置してたら結局読めなかった。
「考えたんだが、まだ望みはあるか」
「どういうこと?」
「本物のスクールライフが無理でも、限りなくスクールライフに近づけることはできるってことだ。そのためにはやはり、例の変な苗字の女教師を避けなければならない」
兄さんは言葉に力を込めた。
いや、これから経験するのは本物のスクールライフではあるからね。限りなく近づけなくてもアレはれっきとしたスクールライフだ。人は死なないのでデスゲームの要素もない。
「ちゃばしら先生ね。おーいお茶に電柱の柱で茶柱」
「そいつにおーいとか言われたら、無視してやる」
子供じみたことするなよ。
綾小路清隆ともあろう者が。いやほんと、あなたの強キャラ感は半端ないんですから。
あのセリフ。お前はオレの役に立ったということだ……ってやつ。一回でいいから使ってみたいね。相手は誰でもいいや。
「とにかく、Dクラスだけは避けなくてはいけない。お前の話では顔は良くて胸も大きいようだが、それで許されると思ったら大間違いだ」
「……」
なんだろう。
発言の随所にポンコツ感が出ちゃってるような……。
性能は原作と変わらず化け物だけど、ちょっと雰囲気が俗っぽいんだよな。口数も多いような気がするし、なんでだろ。ここ半月ほどオススメのエロ本を与え続けたのが不味かったのか?
それか少女マンガの影響だろうか。原作の兄さんはAIじみたところがあった(それがカッコ良さの一端でもあった)けど、血も涙もない人間が身内なのは嫌だと思った。そこで俺はできるだけ、情緒が得られるようなオススメを頑張ってきたのだ。
「心配するな。オレはお前を売って、自分だけ助かろうなんて真似はしない」
「いきなりなに。なんで今そんなこと言うのかはわかんないけど、既に囮に使おうとしてた実績あるでしょ」
「いいかよく聞け。人間は誰しも自分がいちばん大切なんだ。その意味ではクシダキキョウとやらは親近感があるな。お近づきになるのは御免だけど、自分を脅かす邪魔者がいたら排除するのは道理だ。法的な問題があるから存在を抹消するのは厳しいが、退学にしてしまえば」
「ホワイトルーム思想やめろ。普通のスクールライフが欲しいんでしょ!? 普通の高校生がほいほい存在抹消しようとしたり、じゃんじゃん退学に追い込んだりするか!」
ほいほいじゃんじゃんヤろうとしているかは不明だけど、普通じゃないのはたしかだ。そういえば普通ってなんだっけ?
「すまない。でもお前が悪いんだぞ。その変な名前の女教師の話とかするから」
「それはほんとごめん」
謝りつつ疑問に思う。
この人はなんで信じてるんだろうかと。転生とか物語がどうとか、頭がおかしくなったと判断して取り合わなさそうなものだけど……。最初こそ疑っていたが、二日目には信じていた。
信じるに値する根拠は用意してたけど、それも結局言わなかったし。半信半疑だけどとりあえず信じることにして、違ってたらそれはそれでオッケーって感じかな?
「そろそろ寝るぞ。明日は試験だ」
「本当にDクラスはやめるの? やめるよなぁ……」
「ああ。こればかりは仕方がないことだ。かと言って普段通りに実力を発揮してAクラス……という事態も避けたい。ほどほどに調整するつもりだ」
さあて困ったぞ。
原作崩壊待ったなし。俺の推しカプ崩壊も待ったなし。ごめん軽井沢ちゃん。俺じゃスペック的にも精神的にも代わりにはなれないよ。
軽井沢ちゃんというのは、兄さんが付き合うはずだったギャルだ。寄生虫呼ばわりされていた可哀想な子だけど、兄さんと関係を持つようになったのはなんでだっけ?
「もういいや。やけくそでアドバイスするけど、Cクラスもやめときなね。ドラゴンボーイっていう不良がいるから」
名前を検索したら『もしかして ドラゴンボーイ』と出てきた人だ。もちろん俺が転生する前の話だ。よくわからんユーチューバーの紹介動画によれば、とんでもなく凶悪な人物で、全てを壊したいと願ってやまない男だと言われていた。
普通のスクールライフに少しでも近づきたいなら、そんなのは避けてBクラス一択だろう。仲良く和気あいあいしてる描写が多かったし、兄さんが求めてるのはああいう感じのはずだ。担任が少し怪しいけど他よりはマシ。高度育成高等学校にはノーリスクなクラスなどない。
「なら、やはりBクラスか。
「それ、絶対外では言うなよ」
ほんと、この人はどうした?
ちょっと色々与えただけでスケベモンスターになってない? 大丈夫?
「アリかもな、Bクラス。問題はどの程度の成績でBクラスになれるのか。いや、それ以前に完全能力順ではなさそうってところだな。面倒だから面接で直談判でもしてみるか」
細かいことは面倒くさがる性格も追加されてるし……ってそれは元々なのか? 俺はよう実について知識が浅いので判断できなかったが、兄さんが変なことさえしなければなんだって良かった。
たとえば自暴自棄になって全てのクラスを破壊しにかかったり……考えたくもないな。
まあきっと大丈夫だろう。綾小路清隆は主人公で最強の人物だ。夢のスクールライフを奪われた怒りで暴走したりはしないはず。そんなことになったら全てがメチャクチャになってしまうので、兄さんにはなるべく満足のいく生活をしてもらいたいものだ。
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あっという間に入学式の日になり、入試で学年上位だった俺はDクラスになった。なんでだよ。
面接でもいい事しか言わなかったのに、なんで最下位クラスにエントリーされてるの。俺も兄さん同様に平和なBクラスを狙ってたのに。上位の中の下位という絶妙なラインを狙い、それが上手いこといって成績は43番目だったのに。
なんで最下位なんだよ! こんなの絶対おかしいよ!
「無事にスクールライフが始まったことを踏まえて、お前に言っておくことがある。この学校はトラブルが多いという話で、なにかと足の引っ張り合いが多いんだろう。でも、
「……」
兄さんはCクラスになった。
そこで椎名ひよりという読書好きな美少女と出会い、はじめての友達になってもらったらしい。それだけなら良かったねで終わる話だが、手を出したら消し去るとか言い始めた。
まだ会ったばかりなのに、一緒の空間で読書をしてるだけで心が満たされるんだってさ。ようやく人間になれたような気分になれたって言ってた。
ずっとホワイトルームに囚われていた人工の天才が、一人の友達を得て幸せになる。とても良い話だね。二次小説とかにありそうだ。
「仮に、椎名が退学にでもなろうものなら、オレは全ての力を駆使して、この学校そのものを退場させる。肝に銘じておけ」
「……」
俺は一つ学んだ。
愛を知らなかったモンスターに、いきなり相性抜群の癒し存在を与えてはいけない。手に余るような幸せを一気に渡してはいけないのだ。枯れた心に恵みの雨が染み渡りすぎた結果、こうして別の形のモンスターに進化するから。
「天使を争いに巻き込むことは許さない」
「……」
言っていることは正義の死者のようだが、その無表情と光のない瞳はさながら処刑人である。
綾小路清隆は天使を絶対守護する破壊者になってしまった。きっともう、誰にも彼を止められない。
「あ、あんまり過激なことすると、椎名さんにも迷惑かかるんじゃないの? とりあえず落ち着きなよ」
「椎名は何も知る必要はない。何か問題が起こりそうならオレが対処するからだ。椎名はオレと普通のスクールライフだけしていればいいんだ」
「……」
前世の記憶とかほんといらなかった。
それなら余計なことを言うこともなく、兄さんがこんなことになることもなかったのに。
あと、後悔がもうひとつ。文学少女との純愛少女マンガとかオススメしなけりゃ良かった。あれが原因の全てだとは思わないけど、間違いなく影響は受けているのだろうから。