兄が愛を知ってしまった件   作:匿名みー

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望んでいたエデン

 はじめに言っておくと、オレは無用な争いをするのは好きじゃない。平和主義者だ。

 過度にスリリングな日常などいらない。ありふれた毎日でいい。馬鹿みたいに他人と衝突したり、ムキになって競争したり、そんな経験はいらない。

 はじめて経験する外の世界。オレは自分が知りたいと思うことを知って、オレ自身がやりたいことをして生きていく。

 誰と友達になるかはオレが決める。高校生活の内容も自分で決める。

 もちろん、自分がどんな存在であるのかも。自分のことは自分で決める。当たり前のことから始めていこうと思う。

 さしあたっては、退学と隣り合わせの殺伐スクールライフとか絶対に嫌だ。この際、この学校がどういうとこなのかは置いておいて、オレの在り方はあくまで平和主義者だ。心に根付いているのは事なかれ主義の精神だ。

 

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 オレは熱くなって上を目指したりはしない。

 そういうのは嫌だ。オレただ平凡な、何事もない日常を求めているだけ。

 そうでなければいけないし、オレはそういう人間だ。

 

 

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 早朝。

 オレは静寂に包まれた教室に入り、一人ぽつんと座っている少女に近付いた。

 

「おはようございます、綾小路(あやのこうじ)君。昨晩はよく眠れましたか?」

 

 下を向いていた顔がこちらに向き、静かな声がオレの耳に届く。綺麗な指先を本のページに添えたまま、その女子生徒は朝の挨拶をした。

 

「おはよう、椎名(しいな)。ああ、有意義な高校生活を送るにあたって、睡眠は大切だって椎名に教えてもらったからな」

 

 オレは彼女、椎名ひよりの隣に座る。

 窓際の一番奥、最前列の席だ。カーテンの先は少し暗い。遠くの方から雷鳴が聞こえてきたが、雨は降りそうで降ってこないな。とはいえ今日の天気は豪雨だ。そのうちザーッと来るだろう。

 

「そうですか──ですが綾小路君。嘘をついてはいけませんよ。あなたの睡眠時間は五時間未満。つまり夜更かししたということです」

 

 朝っぱらから小言、という嫌な展開ではない。 

 喋る速度はゆっくりだが、声のトーンは少しだけ上がった。微笑は少し子供っぽくなったな。

 

「なんでそんなことがわかるんだ。もしかして、椎名は超能力者なのか?」

「ふふ、実はそうなんです。と、言いたいのは山々なんですけど、私は普通の人間です。綾小路君、既読機能というものをご存知ですか?」

  

 椎名は本から右手を離し、細い人差し指をぴん、と立てて見せた。

 なるほど、そういうことか。

 わかったぞ椎名。2時前に来たおやすみなさいのメッセージをオレがすぐに開いたから、それで起きてるって思ったんだな。途中で返信が来なくなって気になっていたんだが、時間が空いて一時過ぎに連絡が来て、オレはそれを確認してから眠りについた。朝起きたら、『たねうまんかいわ、コツ』という文章が打ち込まれていて、すごく焦った。送信されてなくて良かったわ。どんな予測変換だ、このポンコツ端末め。

 

「すまない。半分寝ていて、気付いたら朝だったんだ」

「気にする必要はありませんよ。お待たせしてしまったのは私なので。それに、ああいった連絡というのは自由に行うものだと思います。すぐ返さなければならない、なんて決まりはないでしょう?」

「たしかに。自由はいいな。オレも自由は好きだ。愛しているまである」

「ええ。私もです。個人的な連絡まであれやこれやと制約があっては、息が詰まってしまいますよね」

 

 椎名はそう言うと、銀の長髪に手を添えて、そっと耳にかける仕草をした。動きは決して早くはなく、性格も見える範囲ではのんびりしている。マイペースな少女だ。

 オレはこの子、椎名ひよりの友達だ。バスに本の栞が落ちていたから学校に届け出たら、持ち主はまさかの椎名で、それをキッカケに友達になった。お互いに第一号の友人だ。順番にそれほど大きな意味はないとは思うが、嬉しいと思う。

 

「でもな椎名。世間では、すぐに返さないと怒る人がいるらしいじゃないか。既読スルーはダメだとか、そういう暗黙のルールもあるんだろう?」

「はい。そういう人は結構多いと思いますよ。中学の頃は沢山いました」

「メール開くだけでも気を使うよな、それじゃ。息苦しくないのかな……」

 

 椎名とは色んな話をする。

 読書という共通の趣味はもちろん、天気の話だったり鳥の話だったり。退屈そうな顔をされたり、毒を吐かれたことは今のところない。

 

「息苦しくともやめられないのでしょう。すぐに返信を頂ければ、自分が受け入れられているような気持ちになります。そうでなければ軽んじられているように感じてしまう。既読を気にするというのは言わば、確認作業なんだと思います」

「確認……自分が相手に大切にされてるか、そうでないかってことか?」

「ええ。ですが、結局は自分の予想ですから。自分の価値観に相手をあてはめ、勝手な物差しではかっているだけ。それでは正確な答えは出ませんし、不安になろうが安心しようが自己満足です。スマートフォンは便利ですけど、そういった一面は他人と繋がりやすくなった弊害ですね」

 

 椎名は元々、そんなにペラペラ喋るほうじゃない。

 今は普段と比べてかなり口数が多いのだが、これはオレのためだ。知らないことが多いと相談したら、こうして積極的に話してくれるようになった。

 何か狙いがあって優しくしてくれている、という気配は今のところない。損得勘定で動いているようには見えないな。まあ、冴えない男子に近付いて好感度を上げてもメリットはない。だから心配するだけ無駄だとは思うが、冴えないとか自分で言うのは少し悲しい気分になるな。

 

「オレも椎名と同じ考えだ。でも、ネットなしだとクラスに馴染みにくいのは確かだからなぁ。そういう風に思う人がいるってことは、頭に入れておくよ。無駄に悪印象を抱かれてもいいことはないしな」

「ええ。それでいいと思います。あっ、私に気を使う必要はありませんからね。見てのとおり、私はこういう人間ですので」

 

 オレは無言のまま口角を上げた。 

 椎名ひよりがどういう人間なのか。

 現段階をもって確定させるのは不可能だろう。だが、居心地が良いということは断言できた。

 限られた情報から分析してどうとか、そういう話じゃない。これはもう感覚的なものだ。

 話していると落ち着く。思ったことをそのまま口にしても会話が広がる。否定されたり嘲笑されることはなく、裏表のない笑顔が返ってくる。こうして触れ合っていると本能的に感じるのだ。この子は敵ではないと。それは、オレにとってはとても大切なことだ。

 

「ところで、椎名は他に友達は作らないのか? 親切なのはありがたいけど、オレみたいなヤツにだけ構ってもらってるのは……その、悪いなって思うんだが」

「いいですか、綾小路君」

「な、なんだ」

 

 椎名がいきなり真面目な顔になった。

 まさかオレは何かやからしたのか? 殊勝にするなんて慣れないことしなきゃ良かった。

 

「私が好きでこうしているのですから、罪悪感を感じる必要はないです。私の意志ですので、誰かにとやかく言われるのは嫌ですね」

「悪かった。このとおりだ」

「はい。わかってくれたようで嬉しいです。それと、友人というのは、増やしたいと思って増やすものではないと思うんです。ふふ、縁があれば自ずと仲良くなりますよ。私達がそうであるように」

 

 オレは素直に謝り、感動した。

 やはりひよりは天使だ。思わず名前で呼びたくなるレベルの天使だ。その証拠に肌は雪のように真っ白で、銀の長髪は透き通っているように見える。やはり天使だ。こんな思考回路になることは今までなかった。一時はどうなる事かと思ったが、高校に入って本当によかった。

 

「では、今しばらく感想会をしましょう」

「お、おう……まかせろ」

「ずばり、『誰の死体?』を読んでみて、綾小路君がフレックの立場だったなら……」

 

 椎名は本の話になるとテンションが上がる。

 彼女が言っているのは、有名なドロシー・L・セイヤーズのミステリー小説のことだ。オススメされたから全力で読み進め、読破完了の報告をしたら感想を求められた。

 

「好きだった人を友人に奪われたら、オレだったら……いや違うか。椎名が言っているのは、どういうトリックを考えるかとか、そういうことだよな?」

「いえ、縛りはないですよ。感じたことをそのまま聞きたいんです。ところで、綾小路君は殺人トリックを考えることができるんですか?」

「いや、それは無理だ」

 

 早いもので、入学から2週間が経過した。

 椎名が朝早く来て読書していると聞いたオレは、早起きは得意だと見栄を張って、こうして朝の時間を一緒に過ごすようになっていた。

 席が隣だから、日中も会話相手は変わらない。

 穏やかで平和で心地が良い、これこそオレが求めていたスクールライフだ。

 

 

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「おはよう堀北(ほりきた)さん」

「ふぅ……あなたって、飽きないの?」

「は?」

「毎日、毎日、同じセリフを凝りもせず。時間の無駄だとは思わないのかしら?」

 

 朝。登校。着席。周りの席に挨拶。

 後ろを向いてすぐに、俺は暴れだしたい衝動に駆られた。

 

「ほ、堀北さんは、その、なにしてるのかな……?」

「見て分からないの? 予習よ。つまりあなたは私の邪魔をしているということ」

「……」

 

 窓際一番奥。最後列。

 濡れ羽色の長髪の聡明系美少女、堀北(ほりきた)鈴音(すずね)。この物語の中心実物で、とにかく辛辣な性格をしている。かなり口が悪い。歯に衣着せぬなんて可愛いもんじゃない。噛みつきだこれは。理不尽な噛みつき。 

 

「どうしてそこに立っているの? 何回も言わせないで。邪魔よ」

「ここは俺の席だからだよ……今座ろうとしてたよ……なんなんだよお前。俺に恨みでもあるわけ?」

「純粋に興味がない。あなたね、いきなり障害物が目の前に現れたら、誰だって迷惑に思うでしょう。恨みとかそういう話ではないわ」

「……」

 

 知ってたよ。

 顔と脚が凄く綺麗なのはもちろん、毒舌なのも知ってたけどね。面と向かい合うと破壊力やべえ。普通に生活してたら、まずお目にかかれないレベルの攻撃性、手遅れなレベルで人格が破綻している。

 同じ世界にいると、外から見てた原作より見た目がいい。段違いに美人だ。しかし、口撃の破壊力もレベルアップしてるように思える。面と向かって言われると笑えないわ、これは。

 

 

「もう、早く座りなよ。話しかけても傷つけられるだけだし、無駄に刺激しない方がいいって」

 

 一方、隣の席の女子はまともだ。

 オレは彼女に言われるまでもなく、自分を慰めながら席についた。話しかけてきたのは青の長髪の女子生徒、長谷部(はせべ)波留加(はるか)

 原作の兄さんとは違って、俺は堀北鈴音の隣ではなかった。言うまでもなく長谷部(はせべ)の方が有難いが、堀北鈴音が後ろにいるのは怖いな。そのうち刺されそうだ。コンパスで。

 

「刺激とか言うなよ……聞こえるよ」

「心配しなくても聞こえてるでしょ。そんなことどーでもいいから、やめてよね。毎朝毎朝あーゆーやり取りされると、私まで気分悪くなるから」

 

 長谷部は体を傾けて足組みをしたまま、指で机を数回鳴らした。健康的な太ももとナチュラルメイクなおデコが眩しい。眠そうな目の下、左側の泣きぼくろに色気を感じるのは俺だけか?

 

「ねえ、(ひな)りんきいてる? 返事くらいしなよ」

「聞いてる聞いてる。ごめんごめん」

 

 長谷部は更にトントンと音を鳴らした。いつもよりも不機嫌だ。眠いのかな?

 それはそうと、『ひなりん』とは俺のことだ。

 入学にあたって俺と兄さんは無関係ということになっており、俺は新しい苗字を与えられていた。

 中学までの経歴は捏造したものを暗記させられ、俺は雛見沢(ひなみざわ)那月(なつき)になった。

 雛見沢だから雛りん。謎のニックネームはともかく、雛見沢って苗字はすごい嫌だ。なんかこう、タチの悪い寄生虫に感染しそうで。大丈夫だよなこれ。この世界、よう実と別の何かが混ざってたりはしないよな?

 

「ひなりん宿題やった? やってたら見せて」

「やってないの?」

「んー、少し残っちゃってさ。でも心配しなくていいからね。これからホームルームまでには終わるし。余裕で」

 

 そう言って、長谷部は数学のプリントを取り出した。二枚。昨日、クリアファイルに収納した時から何も変わっていない。解答欄は完全に白紙。

 このデコちゃん、全写しする気だ。

 

「オッケー……さっさと写しちゃえよ! 昨日、時間あっただろ……動画見てるって言ってたじゃん」 

「ありがとー! あははっ、そうそう。おかげで寝不足なんだよね〜!」

 

 あ、機嫌直った。

 プリント二枚で笑顔になるとかチョロいな。ガードの方もチョロいと嬉しいんだけど、そっちはしっかりしてそうだ。何の話だ。

 

「やれよ宿題! 頭悪くないんだから、こんなのすぐ終わるでしょ……!」

 

 はい、持ってけデコ助。俺は自分のプリントを机に滑らせ、長谷部の前まで移動させた。お礼は太ももでいいよ。

 この学校の女子の特徴のひとつ。

 やたら脚が綺麗。絶妙な肉感。長谷部も例に漏れず魅力的なものを持っている。この子の場合は全体的に凄いけどな。顔が段違いに可愛い人たちがいるから、男子からの人気は控え目ではあるが。

 

「サンキュ〜♪ やっぱ持つべきものは宿題やってくる隣人だね。よっ、大統領。あっ、大総統の方がいい?」

「ブラッドレイかっこいいよね〜」

「渋いよね。あ、鋼鉄の錬金術師みる? サブスク入ってるから流せるよ」

「さっさと宿題写そうか」

 

 鋼鉄の錬金術師。

 それは、俺が転生前によく見ていた錬金術アニメとほとんど同じやつ。この世界にもあったのかと、最初はえらく驚いたものだ。等価交換の法則ってカッコイイよね。ブラックハヤテ号が欲しいです。

 

「ひなりん、これ、字が小さいって。もっと枠をいっぱいに使いなよ」

「文句言うならお金取るよ? 料金!」

「学食の山菜定食でいい?」

「無料で食べられて経済的だね。さっさと写せ」

「はいはーい。ちっと待ってねー」

 

 このデコおっぱい、少し優しくしただけで完全に調子に乗っている。

 入学式の翌週から既にこんな感じだったからね。

 これ、野生動物かな? 一回餌をやったら最後まで面倒見なきゃいけないっていう。最初はクールな印象だったから油断してたわ。まさか不真面目な性格だったとは。

 

「おい、長谷部。それ終わったら貸してくれ。俺も今のうちに終わらせときたい」

 

 左斜め後ろから男子の声がした。

 剃りこみが入った赤い短髪が特徴的な、バスケ馬鹿の須藤(すどう)(けん)だ。兄さんの代わりに堀北さんの隣になった人。初日に悪口言われて発狂していた。危うく暴力事件になるところだったんだが、これ原作よりも悲惨じゃないか?

 

「急かさないでよー……あーもー、見せてあげるんだから感謝してよね」

「お前のプリントじゃねえだろ、それ……」

 

 須藤が呆れた声でツッコミを入れた。正論でしかない。

 

「ひなりんのものは私のもの。私のものは私のもの」

「おい雛見沢。お前ら付き合ってんのかよ?」

「ははは! 付き合ってたらもう少し厳しくしてるかなぁ」

「ひなりん亭主関白かよー。引くわー」

「長谷部さんね、喋ると手が止まってるんだよ。だから喋らないで写しなさいって」

 

 そして、少し離れた席から山内という男子生徒がこっちを見ている。

 フルネームは山内春樹(はるき)

 普通の顔の男子だ。中学時代は四番ピッチャーでインターハイに出場した実績があり、将来はオリンピックに行けると期待されていたのだが、怪我をして引退することになってしまったらしい。

 若くして栄光も挫折も味わってきた、頼りになりそうな強キャラだ。ところで中学校のインターハイとは、彼もどこか別の世界からやってきた人間なのだろうか。

 

「終わった! はい須藤君」

「サンキュー。助かるぜ」

「おい須藤、次は俺に貸してくれ!」

「待てよ(いけ)。俺は今からやり始めんだぞ。ちゃんと貸してやるから、次の休み時間まで待てって」

 

 今度は遠くの席の(いけ)という男子が寄ってきて、彼もまたプリントを要求してきた。時間あるんだから自分でやれ。要領の良い長谷部はともかく、須藤と池は根本的に学力が怪しい。楽ばっかりしてて、退学になっても知らないぞ。 

 この学校は定期テストで赤点取ったら退学だ。 

 原作では勉強会してたはずだけど、今回はどうしたものやら。

 

「ねーねー、(オゴ)るの山菜定食でいい?」

「長谷部さんにはお菓子があるだろ。放課後おやつくれればいいよ」

「ほー、それはいい考えだね。こんなこともあろうかと、ポッキー追加しといたんだ。さっそく一箱あけとく?」

「あけません。授業中にポリポリしようとすんな」

 

 それにしても、でかいな。

 何がとは言わないけど、チラ見して感心していると、端末がブルルと震えた。

 メッセージが送られてきたようなので、ささっと内容に目を通して

 

 

『幸せっていいな。天使が近くにいると、心が洗われる気分だ。ここはさながらエデンだな。高校生活最高w ところで、そっちは楽しくやっているか? まあ色々あるだろうが、お前なら大丈夫だ。健闘を祈る ──きよたか』 

 

 

 俺は端末を握り潰した。

 まじで。画面が割れた。バキって。

 舞い上がってるんじゃないよ! wとか使いこなしてるんじゃないよ! こっちは朝から罵倒されて軽く心が病んでるんだ!

 

 

「ちょ、どしたんひなりん! 乱心!? ってうわ血出てる血出てる! ちょ……どうしよとりあえず洗いに行こ洗いに!」

 

 うるさい長谷部!

 心配とかいらないから揉ませろ。一時間くらいでいいから! とか叫びかけた俺は、どうやら乱心しているようだ。

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