兄が愛を知ってしまった件 作:匿名みー
「ガキじゃねえんだから自己紹介なんぞいるか。平田だか平目だか知らねえが、いきなり仕切ってんじゃねえよ」
入学式の日だ。
僕はみんなで自己紹介することを提案して、そして彼に罵られた。
短髪を真っ赤に染め上げた、威圧感たっぷりの男子生徒、
一度は拒絶されたものの、それでもこれから一緒に頑張っていくわけだし、と。手を差し出したところで、彼の苛立ちは頂点に達したようだった。
「平目じゃなくて平田だよ……でも、そうだね。いきなり始めた僕が悪い。不快に感じたのなら謝るよ」
「ああ、不愉快だぜ。さっきから何回も何回もウザってえんだよ。仲良しごっこがしたいなら勝手にやってろ!」
須藤君は鋭い視線で僕を睨んだ。逞しい右腕が払い除けるような仕草で動き、机の上に置かれていた消しゴムに直撃。勢いよく飛び出した消しゴムは、僕の肩のすぐ横を通過した。
この時、僕はまずいと思った。
誰かに直撃したりしたら、その時点で喧嘩が始まってしまう。しかし超反応でキャッチするなんてことは不可能だったので、僕は恐る恐る後ろを振り返ることしかできなかった。
「平田君。そこ危ない。攻撃されたら前の席が巻き添えになるから。ちょっとずれようか」
「あ、うん……ごめん?」
いつ移動してきたのだろうか。僕の後ろには男子生徒が立っていた。須藤君の斜め前の席の男子、雛見沢君だ。自己紹介ではぎこちない笑い方をしていたけど、この時は自然な感じで笑っていた。穏やかに、静かに、目は据わっていたけど。
「須藤君だっけ。危ない。平田君も、こんな狭いとこで話しない。危ない」
「ご、ごめん?」
「お、おう……すまん。つい」
消しゴムは彼がキャッチしていた。
決定的瞬間は見てなかったけど、片手で掴み取ったようだ。流石にバツが悪かったのか、須藤君はその場を立ち去ろうとする。
「なによあいつ……何様?」
「やばくない? ヤンキーじゃん」
女子の間から批難の声が上がり、須藤くんの舌打ちが聞こえた。嫌な空気だった。
自分が浅慮だったと後悔するも後の祭り。僕はせめて、自分が悪かったと口にすることでその場を収めようとした。
「僕がしつこくしすぎた。悪いのは勝手にこの場を設けた──」
「──待って待って平田君。話をまとめないでくれるかな。すまんでは済まないだろ。須藤君。おーい須藤さん。二度としないって約束して謝って、ジュースとお菓子を買ってこい。明日でいいから」
しかし、僕は途中で口を閉じることになってしまう。雛見沢くんが須藤君を追いかけていき、話しかけながら
「無視しないでくれるかな。笑い事じゃないんだよ。長谷部さんの頭に消しゴムが刺さったらどうするんだお前は」
「イテテテテ! やめろ耳を引っ張るんじゃねえ! 謝るからやめろちぎれる!」
ゴムをそうするように、右耳を引っ張り出したのだ。須藤君の悲鳴がこだました。そして、今度こそ喧嘩になるかと冷や冷やさせられるも、雛見沢君は至って冷静。
「ほんと気をつけた方がいいよ。そんなつもりはなくても、女子の顔に傷つけたらえらいことになるから。もちろん下半身なら良いってことじゃないぞ。まず、他人に物理的な攻撃を加えない」
「お、おう……それは、そうだよな。すまん長谷部」
須藤君は気まずそうな顔で、彼の言葉を聞いていた。目が怖かったから気圧されたのかもしれない。僕も悲鳴が出かけたくらいだし。
危うく消しゴムが当たりかけた女子は無視していたけど、須藤君は素直に謝っていた。教室内のざわつきが消えない中、僕の口から気の利いたセリフは出てこなくて
「とりあえずこんなもんかな? それじゃ自己紹介……って言ってもやりたくないのか。平田君は須藤君に自己紹介して欲しいんだよね?」
考え込んでいると、雛見沢君に話を振られてビクッとした。正直、何を言っているんだと思った。
女子達からの険悪な視線は増えていた。そんな空気の中で、須藤君に自己紹介なんてさせられるかって。
たとえ須藤君がオーケーしたとして、どうやってフォローしたらいいのか。入学初日にして壁にぶち当たってしまった僕を他所に、雛見沢君は軽い口調で言った。
「じゃあ須藤君の得意なバスケで勝負するか。俺と平田君が勝ったら、今後はもう少しまともな態度でいることを約束して、あと長谷部さんにお菓子を一週間分
「は、はぁ!? なんだよそれ意味わかんねえぞ!」
教室内のざわめきが大きくなった。
僕の心もざわざわした。ふざけてるのか真面目に言っているのか。この人は変人なのだろうかと冷や汗を流していると、彼は更に続けて言った。
「この消しゴム、小さすぎだろ。カスみたいなの使ってないで新しいの買えば? こんなのあたっても肌には傷ひとつつかないだろうけど……まあそれはともかく、得意なんだろバスケ。山内君達に話してたもんな。じゃあ勝負だ。夜は体育館使えるだろうし、もしダメでも他の場所でやればいい」
「おいっ、なにわけのわかんねえことを勝手に」
「新しい友達との遊びだと思って付き合ってよ。男友達って大切だぜ? それに──」
雛見沢君は軽く背伸びをして、スっと。
須藤君の耳に自分の顔を近づけて何かを呟いた。その綺麗な瞳がきらきらと光っていたのが、近くにいた僕にはハッキリと見えた。
「──あー、ったよ。別に、バスケするだけなら構わねえが、お前ら出来んのかよ?」
そして、なんでそうなってしまったのか、須藤君は僕達と遊んでくれることになり、僕の喉からは変な声が飛び出した。
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「で、なぜ私も呼ばれているのだね?」
それは僕が聞きたい。
各部活が引き上げた後の体育館で、僕はその男子に苦笑いを向けていたと思う。
長い金髪をくくり直している大柄な少年、
「こ、高円寺君はバスケットボールの経験があるの……?」
「経験の有無など、私にはさして重要ではないよ。私は自身の最強さに絶対の自信を持っているからね。そういう君はどうなのかな、ハツラツボーイ?」
「は、ハツラツボーイ?」
「全く……最強の人間の最強たる振る舞いを見てみたいなどと……そんなことを言われたのは初めてだ。酔狂な男だよ、ヒナバード君は」
「ヒナバード君……?」
高円寺君は人に変なあだ名をつける癖があるようで、僕はハツラツボーイ。雛見沢君はヒナバード君と呼ばれていた。いつの間にか勝手に。
そのヒナバード君こと雛見沢君におだてられて、高円寺君はバスケをすることになったらしい。赤いジャージのズボンに半袖の白シャツ。みんな僕よりも筋肉が凄い。ぶつかったら吹き飛ばされそうだと思った。
「んじゃ、そろそろ始めようか。須藤君と陛下のチームと、俺、平田君、山内君ね。俺達が勝ったら自己紹介はやり直し。須藤君は恥ずかしいことこの上ないだろうけど、そこは我慢してくれ。自分が悪いんだから」
「釈然としねえ……よくよく考えてみたら、なんで俺がこんなこと」
「だから友達とのお遊びだって言ってるだろ。せっかく同じクラスになったんだ。お互いのことをよくもわからないうちから険悪になる必要はないよ」
あの時、雛見沢君は須藤君に何を言ったんだろうか。僕は未だに知らないけど、とても気になる。何かとんでもないことでも言わない限り、須藤君が『お遊び』に付き合ってくれるとは思えなかったから。
「バスケか……へへ。高円寺は見るからにお坊ちゃまって感じだし、どうにかなりそうじゃね? おい平田、どんどんパス回してこいよ。女子も見てるんだし、こういうところで目立たないと!」
その時、僕は山内君もいたことを思い出した。彼とならぶつかっても大丈夫そうだ、とも。同じチームだから競り合うことはないけど、うっかり衝突したとしても一方的に吹き飛ばされることはないだろう。
「じゃあ10ポイント先取を
「えっ、ないの!? 雛見沢君、さっきは自信満々だったじゃないか!」
面白がって観戦に来ている女子達から「平田くーん」と名前を呼ばれたけど、応えている余裕はなかった。想像もできなかった急展開に困惑しっ放し。発起人の雛見沢君は緊張感がまるでない。大丈夫いけるとか言ってたのに、まさかの初心者だった。
そして、どっちが勝ったとしてもその先の未来は想像不能で、僕の混乱は大きくなる一方。軽く動いただけでいつもより多くの汗が浮かんでくる中、わけのわからない試合が始まった。
「──っしゃ! 行くぞ須藤! ヨイショー!」
開戦即、山内君がダイナミックなロングシュートを披露。フォームは野球のアンダースローみたいな感じで、放たれたボールは勢い良くゴールに向かっていって……入った!
「ゴオォォォォル!」
山内君は軽快に片足ジャンプを決めながら、右腕を突き上げて絶叫した。目線は女子の方だ。歓声ではなくざわめきが生まれていた。
「嘘だろ!?」
僕はというと、走り出してすぐに足を止め、呆然とゴールを見上げていた。白いネットが激しく揺れて、茶色のボールは
「──平田君、あいつはダメだ。なんでついてきたのかは知らないけど、二人で頑張ろう」
ドーン、とボールが床を叩いて跳ね上がる。無言で立ち尽くしていた僕は、雛見沢君に肩をポンポンされた。まだ、頭は混乱していた。意味のわからない試合開始、アンダースローで下から上にゴールを揺らす山内君。事態は僕の理解を超えていた。
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1セット目は普通に須藤君達の勝利。
山内君がことごとくボールを奪われ、守備では
最終スコアは2-10。2点取れただけでも奇跡的な酷い内容だった。
「15点にしなくて良かったな……いや、バスケってキッついね……」
「雛見沢君……どうするのこれ、すごく変な空気になってるんだけど……」
ギャラリーはシラケ始めているし、それに気付いた須藤君はムカムカしてるし。雛見沢君はこの戦いに何を求めているのか。僕にはまるで理解できなかった。
「そんなことより、もっと頑張って動いてくれ。高円寺が思ったより化け物だけど、なんとかするから……っとその前に、須藤君! やっぱ
ギャラリーがさわついた。僕も「ええっ!?」と声が出た。ここに来てまさかの弱気全開。さしもの須藤君も呆れ顔に変わり、もう勝手にしろと言わんばかりに右手を払う。
「つまんねえからそれでいいぜ……ハァ。んだってこんな……ハー……」
こんなのでも、クラスの親交が深まっていると前向きに捉えるべきだろうか。少なくとも須藤君の態度は軟化しているように感じられた。それなら試合の結果なんてどうでもいい──そんな風に考え始めていた僕は、この時はまだ気づいていなかったのだ。
「……フゥ。んじゃ、さっさと終わらせんぞ。ストレートで完封してやるよ。この際、黄色い声援がなくても構わねえ。平田、テメェのことは徹底的に潰してやる。合法的にな」
「お、お手柔らかに……」
須藤君の呼吸が
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2セット目も終盤に入り、4-9で須藤君チームがリード。
情けないことに、僕は注意散漫だった。
これからのことを思うと、試合に集中なんてできなかったのだ。それも、こんなめちゃくちゃな流れで始まったゲームなんて、身が入るわけがなかった。
「危ねえぞ山内、退け!」
「ブギャッ!」
須藤君の鋭い突破が軽々と山内君を抜き去り、僕と雛見沢君は姿勢を落として彼の動きを追う。高円寺君が視界の横に見える。僕達の腕がパスコースを塞ぐよりも早く、須藤君の指先からボールが離れた。
ダメだ通った、決められた。連続でのボロ負けを確信して顔をしかめた刹那、僕はようやく異変に気付いた。
「よっしゃ当たった!」
「はっ……フゥ! クソ、ちょっとミスったか!」
須藤君の動きが明らかに鈍り始めて、いつの間にかパスの精度も落ちている。指先からソフトタッチで放たれたボールは、予想よりも高さが足りずに雛見沢の指先を掠めた。
「ちょっと離すの早かったんじゃないの? 俺、もしかして須藤を焦らせることができたのかな?」
「調子乗んな! ゲホッ……お前、なんでそんな余裕そうなんだよ!」
「これでも結構キてるよ。俺は化け物じゃないんでね」
しかし、軌道が変わって打ち上がったボールは高円寺君がキャッチ。
「無様だねえ、レッドヘアー君。どうやら羽を絡め取られてしまったようだ。ならば、そこから私を見上げているといい」
最後は豪快なダンクシュートが決まり、僕達は第2セットも落とすことになった。
「平田くん頑張ってー!」
「大人気ないわよ須藤! 上手いのはわかったからもっと空気読みなさいよ!」
純粋なエールは軽井沢さん。あからさまに須藤君を敵視しているのは
「うるせっ……オエッ。ちっ……練習の後のせいか足が重いぜ」
「ふむ。私は何も問題はないが、ヒナバード君はしつこいねぇ。レッドヘアー君は随分と振り回されたんじゃないかい?」
「……なんか、ねちっこいんだよアイツ。うざってえぜ」
二人の会話を聞きながら、隣に立っている雛見沢君の顔を見る。もちろん汗はかいていたけど、まだまだ限界って感じじゃなかった。攻撃では無理に攻め込まずにボールをキープ。守備では
ひとつひとつの動き自体は高度なテクニックとかではないけど、
同じペースで続けることなんて、無理だ。
「平田、かなり
「は……? ハァ……待って、雛見沢君、いや、なんていうか……」
「見てただろ。須藤はかなりヘバってきてる。いくら体力があっても練習後。しかも油断してた相手にガンガン振り回されたんだ。入学初日で気を張ってたのもあるだろうね。すごい消耗してると思うから、今なら勝負できるだろ。俺じゃなくて君がね」
雛見沢君は透明な汗をぬぐい、楽しそうに白い歯を見せた。自己紹介の時は優しそうな印象だったけど、そこからは想像もつかないような好戦的な笑みだった。
「ただ、ガムシャラに走り回ってただけじゃなかったのか……でも、よく体力が続いているね?」
「マラソンってか駅伝……どっちでもいいか。俺は走りまくってたんだよ。ずっと昔から。だから体力だけには自信があるんだ」
いや瞬発力も凄いだろ、とツッコミを入れる前に小休憩が終わる。
「がんばれサッカー部。ていうかそんなに皆で仲良くしたいの? こんなのに付き合うとか普通じゃないって」
「それ、君が……言う? 僕は、折角同じクラスになったんだから……みんなで」
いつも通り会話するには少し苦しい。でも、真夏に行われる後半戦よりはマシだった。乳酸が暑さで更に重くなった状態で、相手のフォワードの背中を追いかけている時よりは、体も気持ちもマシだった。
「そっかそっか。じゃあそれでいいよ。
ポンとボールを投げ渡される。
教室で須藤君と対峙した時も受けた、底知れない感じ。言葉から感じられる絶対的な自信。僕は、わけもわからず身震いがした。
「レッドヘアー君、私はもう守備はしないよ。ヒナバード君の動きは醜いからね。私は醜いものが嫌いだと言っただろう? まあ、餅は餅屋とも言うし、頑張ってくれたまえ」
「は、はぁ!? お前ふざけんなよ高円寺!」
「いつの間にか熱くなっている……これだからレッドヘアー君は困るねぇ」
「どういう意味だこのやろうっ!」
わけのわからない試合は最終セットに入り、試合は一転して僕達が優勢に。
雛見沢君が話していた通り、須藤君は誰がどう見てもバテバテ──とまではいかず、苦しそうにしながらも走ってはいた。走ること自体はやめなかったけど、試合序盤に見せていたキレキレの動きには遠く及ばず、防がれていたパスが僕の手に収まる。
全く決まらなかったフェイントが、2回に1回は成功するようになる。
「平田、テメッ……」
「ふっ!」
高円寺君はほとんど守備をしない。雛見沢君が引き付けてくれていたから、僕の近くによってくることもなかった。
ダンクは無理だけどシュートは決まる。
須藤君は何度か強引なシュートを決めたけど、最終スコアは10-6。最後はパスを出した雛見沢君に飛びかかって、受けた僕が呆気なく決めた。
終わった瞬間、須藤君は大の字になって。そのすぐ横に、雛見沢君はあぐらをかいて座っていた。僕は行けなかった。女子が何人か寄ってきたから、その対応で。
「すごいじゃん平田くん! さすが! でもこれって結局なんだったの? 負けたら自己紹介って、須藤君、ちょっと意味不明なんだけど……」
「軽井沢さん、それは言わないであげて……彼もきっとよくわかっていないから」
本当は僕も男子に混ざりたかった。この時は山内君が羨ましかったよ。
ともあれ、わけがわからない試合、というのは最後まで変わることはなかった。でも、もう疲れすぎて、なんかよくわからないけど笑えた。久しぶりに何も考えずに、自然と。
「──さすがバスケ部。もしかしてプロ行くの?」
「……関係ねぇだろ」
「試合中は舐めてかかってくれてたとはいえ、アップはちゃんとし直してたみたいだし、プロ向きなんじゃないの。そういう自己管理の意識の高さは」
「お前、そんなとこ見てたのかよ……」
「そりゃ見るよ。事前準備の仕方を見てれば、自ずと向き合う姿勢も見えてくる。ちゃんと真剣に向き合ってる奴は、強いよ。俺はそういう人と友達になりたいんだよね」
「……わけわかんね」
後日、須藤君は改めて自己紹介をすることになり、一部の女子達から容赦のない敵意を浴びせられることに……でも、軽く流していた。
更に翌日、隣の席の堀北さんと一悶着あったんだけど、そこは雛見沢君が収めてた。その件については須藤君に非はなくて、今度は堀北さんに敵意を持つ人が増えてしまった。雛見沢君は大丈夫だって言ってたけど、目は笑っていなかった。
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「そんなこともあったねー。あの頃のひなりんは本当に変な人だったなぁ」
「しばらく大人しくしてたから大丈夫だって。今の俺の立ち位置は常識人だ」
「まだそんな経ってないじゃん。どうでもいいから宿題見せて」
「波瑠加、これが最後だからね。今日からはやらせるから、やらないとしばく」
「なんでよ!」
クラスの話し合いが行われた翌日、俺はいつも通りの日常を謳歌していた。
波瑠加は順調に甘えることに慣れているけど、あんまり学力低下させるのはよろしくない。だから、そろそろちゃんと鍛えておかないと。地頭は悪くないから、ちゃんと勉強すればそこそこ好成績取れそうなんだよねこの子。
「おい、長谷部。終わったら俺にも見せてくれ」
「はいよ。貸してあげるんだから感謝してよね。それから、お菓子の献上がまだ1日残ってるんだけど。須藤君、6日しかポッキー買ってきてないよ。ジュースも」
「いつの間に1週間になったんだよ……つか、そのプリントはお前のじゃねえだろ」
入学式の日、波瑠加の頭に消しゴムが飛び込みそうになった事件の主犯、須藤も平常運転だ。
事件から数日は波瑠加に無視されていたものの、そこは俺がひと肌脱ぎましたよ。周りで険悪にされるのは嫌だからお金で解決した。動機と解決方法は以上。
「にしても、今日からみんなで真面目に授業かぁ。さすがに全員ちゃんと来てるね。遅刻なし。うちのクラスにしては上出来じゃない?」
「後は波瑠加が自分で宿題をやるようになればね。なんで見せるのが常態化してるんだ」
「私、いけると思ったら限界までお言葉に甘えるのがモットーなんだ」
「いけると思うまでの期間が短すぎるだろ。まだ4月だよ4月」
さて、今日から我がクラスはポイント死守に向けて健全な生活を送っていく……ことになっている。実際どうなるのかは知らん。メンバーがメンバーだから長続きしない可能性も普通にあるけど、頑張るってことで一応合意は取れたようだ。
平田のフォローもあって、山内の話は皆に信じてもらうことができた。その際、号泣が鬱陶しかったという理由で女子の何人かから嫌われたみたいだけど、大丈夫だ。女子全員から嫌われたわけじゃないなら、希望は十分に残っている。そう、山内に彼女ができる希望はまだあるのだ。
「てか、ひなりん聞いた?」
「なにを」
「信ぴょう性がないとか言った人のこと」
波瑠加はそっと俺に体を寄せて、チラチラと後ろの方に目配せをした。その先には黙々と教科書と向き合っている黒髪ロングの姿が……。堀北さん、また余計なことを言ったみたいだね。
「空気最悪になったって」
「言い方は間違いなくアレだっただろうし、納得。その話はもういいや……いつものことだし。そんなことより近くない? どうした波瑠加」
「別になにもないよ? 聞こえないようにしてるだけだから」
うん……囁き声、いいな。
でもつまんだりするのはご法度だ。この子、これでも警戒心は高い方。プールの授業は徹底して見学だし、視線が露骨な数人の男子のことは嫌悪している。
言葉の節々から感じるんだけど、かなり抵抗があるみたいだね。そういう目で見られるのに。
「はぁ……今日から勉強しなきゃいけないのか。なーんで急に厳しくなるかなぁ、この大総統」
「ブラッドレイはもっと厳しいからね」
「大統領」
「どんな呼ばれ方をしても宿題はやらせるよ。その代わり場所はどこでもいいし、ちゃんと有意義な時間にしてあげるから。そうだ、新作のフラペチーノ飲みたいだろ。あそこでいいじゃん」
「お、いいね。すごい飲みたい。さすが、わかってるね〜」
カラオケでは許して貰えたけど、何回も連続でやるのは今のところリスクが高い。
それと視線も気を付けないとね。そんなわけで今日は顔だけ見て過ごそうと思う。男友達と同じ接し方を心がけつつ、大切に大切にするのは継続で。