兄が愛を知ってしまった件 作:匿名みー
「あ、森さんだ」
昼。
波瑠加と学食に来て日替わり定食を食べていると、クラスの女子からメッセージが届いた。ちなみに今日の日替わりは塩焼きそば定食。ハッピーな炭水化物のセットだ。昔はソース焼きそばと米を泣きながら食べさせられた記憶がある。トラウマの一つだ。
「森さん? 森さんって
「そう。小テストも頑張った方がいいから一緒に勉強しないかって」
うーん、勉強するのは構わないけど、あのグループなーんかやりにくいんだよな。仲が良いのか悪いのかわからないから気を使う。なんか森さんが入ってないグループに俺が入ってたりとか、ちょっとおかしな現象も発生してるし。
「へー、仲良かったんだ。知らなかった」
「まあ、あんまり教室
なお、個人的なやり取りもあんまりしてない。こまめに返信しない俺が悪いんだけど、変なところで会話が止まってそのままパターンが多い。現時点で4回は多いな。まだ4月なのに。
「教室では……ね。そっか。なんか意外。佐藤さんは色んな男子とチャットしてるけど、森さんってそういうイメージなかったなー」
「そっか。まあ、これからでしょ。みんなのことをわかっていくのは」
波瑠加は興味無さそうな顔で箸を置く。まだ塩焼きそばが残っている皿ごと、トレーを俺の方に寄せてきた。お腹いっぱいってことかな。それか、今からダイエット始めるとか?
「食べないの?」
「なんか今日はもういいや」
さいですか。
残すのは良くないから代わりに食べてあげないとな。森さんには後で返信しよっと。個別じゃなくてグループの方で言えばいいのに、って。
「あのさ、思ってることがあるんだけど」
「なに? 放課後はフラペチーノじゃなくて別のがいい?」
「そうじゃなくて、なんで山内君なの?」
「と、言うと」
「ひなりんと平田君だけでいいよね。リーダー」
波瑠加は頬杖をついて、ぼそっと言った。
たまにあるクソ退屈そうな顔だ。ちょっと不機嫌が入っているようにも見える。
なるほど。山内は前に立つのに相応しくないと。
個人的には結構頑張ってると思うんだけどね。そりゃ泣き顔は汚いしいらん事言うし、ちょいちょい上から目線でイラッとはするけど、頑張ってはいる。
あれで平田君なみのイケメンだったらまた違うんだろうけど……そう考えると世の中はやっぱり顔だな。辟易しちゃうね。
「波瑠加。あのさ、俺はリーダー向きじゃないの。平田君みたいに皆を引っ張るとか無理だから、俺が中心になるくらいなら山内の方がまだいいの」
これは本音だ。
俺はリーダー向きじゃない。クラス全員を平等に気にかける度量はないし、そうなりたいとも思わない。
たとえば堀北鈴音。俺は彼女に
「でも、ひなりんって運動はできるし、成績はかなりいいじゃん? たまに変だけど、基本的に人当たりもいいし……後はまあ、優しいし」
「本当に優しい人は相手を選んだりはしないから。俺が本当に優しかったら、森さんにももうちょいこまめに返信してるよ。寝落ちて放置したりはしない」
「えっ、放置してるの? それは可哀想だって……既読スルーって傷つくんだからね」
そう言いながら、ちょっと声のトーンが上がったな? 面白い反応だ。自分だけ
「うん俺もちょっと悲しくなるけど、波瑠加にはしたことないでしょ? それでいいじゃん」
「え、いや……あのさ、私は別に友達を独占したいとかないから。変な勘違いしないでよね」
「じゃあもうちょっと雑にしとく?」
「えっ……それはしなくていいよ。そんなの、わざわざ心がけることじゃなくない?」
どことなく、付き合ったら独占欲が強そうなタイプに感じるなぁ。交友関係は狭い方だし、広げたいって意志も見えないから、関わる相手は必然的に決まってくる。好き嫌いがハッキリしてるから、周りにいる人間のパターンよっては、彼氏にしか心を開けないとかもありそうだ。
片や、俺も独占欲はある。ただし、波瑠加とは違って対象の枠が複数ある宜しくないタイプだ。10人とか20人とかは無理だけど、4、5人なら同時に全力投球できるタイプ。クソ野郎じゃないか。英才教育ばっかり受けてきて、なんでこんな奴ができあがるのか理解に苦しむ。
「たしかに。まあ大丈夫だって。波瑠加は
そんなわけで、と俺は波瑠加のトレーを元の場所に戻した。まだ満腹じゃないはずだから、食べなさい。
「んーっと、なんだろ。それはありがたいけど……なんでこれ、突き返すの?」
「お腹すいてきたかと思って」
「食べたばっかりなんだけど。私、そんな大食いじゃないからね?」
「でも食べられるようにはなったでしょ? ちゃんと
「意味わかんない……あー、仕方ないなぁ。ひなりんが食べてくれないから食べるよ……食べればいいんでしょ」
波瑠加はぶつくさ言いながら箸を使い、少し冷めた塩焼きそばを口に運ぶ。ちろっと唇を舐め取るのを見ても何も思わない感じない。友達だからね。まだ。
「しっかし、ひなりんって友達想いだよねー。自分で言うのもなんだけど、大体オッケーしてくれるから大体頼っちゃってるなぁって。普通、何かしら断るっていうか拒否ると思うんだけど」
涼しい顔で横目を向けられ、俺はしれっとした表情を作った。
「基本、喜ぶことはなんでもしてあげたいって思ってるからなぁ」
「えー……やばすぎ。そんなんじゃ体いくつあっても足りなくない?」
「今のところ波瑠加しか相手いないから、まだまだ余裕。だから安心して食べなって。昼休み終わっちゃうぞ」
相手の顔色をうかがいながら、どこまで言っていいのかを見極める。こういうの男女の駆け引きっていうのかね。上がったり下がったりしてるの見るの、楽しいわ。うん楽しい。たとえ些細な変化であっても。
「やっぱ食べて」
「どうした。また食欲無くなったの?」
「そっちが悪いんじゃん。どういうつもりかわかんないこと言うから、モヤるんだよ……もやるの。もしかして、私で遊んでる?」
おっといけない。
ほっこりしてたら波瑠加がいきなり不機嫌だ。
そして、今までとは違う踏み込んだことを言い出した。ここはなんと返すべきか。俺はほとんど悩まずに口を開いた。
「まあ、俺って中学までは死ぬほど勉強させられてて、友達作れなかったからなぁ。距離感がバグってるのはあるかも。だから、いいなって思った子はとことん甘やかしちゃうんだよね」
「それは、友達としてだよね?」
「他に何があるの?」
波瑠加は「そっかー」と目線を下げた。
あからさまに何が言いたげな顔をしていたが、俺は追求することはしない。手早く残飯処理を終わらせ、物憂げな波瑠加と一緒に教室に戻った。
「そういや、死ぬほど勉強ってなに? 前はそんなこと言ってなかったよね。普通の中学だったって聞いたはずだけど」
「まあ波瑠加にならいいか。あんまり話したくないからみんなには黙ってるんだけど、親がモンスターなペアレンツでね。付き合う友達は指定で、遊びに行く時間があったらトレーニング。もしくは勉強。文武両道のオリンピック選手を育てるとかいう、馬鹿みたいな夢があったみたいよ」
これは本当の話だ。
ホワイトルームに入る前の話で、他に知ってるのは兄さんだけ。あの人は「それでトレーニングに詳しいのか」とかすっとぼけた感想を述べたけど、ほんと思いやりってものが欠如してるよね。そこが綾小路清隆の魅力のひとつだから、人間ってのは難しいものだと思うよ。
「その……なんかごめん。家のこと、嫌な思い出を聞き出すつもりじゃなくて」
「勝手に話したのはこっちだからいいんだよ。まあそんな感じだけど、気味悪がらないでくれると助かる。生活の半分以上を占めてる友達に気持ち悪がられたらショックだしね」
「ッ……だからそういうのさぁ……ううん。なんでもない。気持ち悪がったりするわけないじゃん、何言ってんの?」
ちゃんと受け入れてくれるようで何より。
ただ、可哀想なことにまたモヤッちゃったみたいだけど、それについては触れない。
「そっか、ありがと波瑠加。あ、ちょっとじっとしてて。肩にゴミついてる」
波瑠加の後ろに回り、右肩についているホコリの塊を指でつまむ。「ほら」と手を伸ばしてみせながら、後ろ姿を見るとやっぱり綺麗だ。
妙な色気があるんだよな、この子。胸、太もも、男受けするところに集中して肉がついてる感じ。男子達がいい体してると噂するのも頷ける。
「え、マジ……って、思ってたより大きかった。どこでついたんだろ」
「他にはないから大丈夫かな。よし教室戻ろう」
ぶっちゃけ、異性としてアプローチすれば何かしらの進展はあると思う。ここまでしてるわけだし。反応もかなりあるし。でも、しない。男としてどうなのって話だけど、あっさりがっつくよりも今はもっと深めていきたいんだよね。
そのためにも、もっと煮詰まるようなコミュニケーションを心がけていきたいと思う。お互いに。
女心はなんとやらとは言うけど、焦らず爆発寸前までモヤらせていくつもりだ。