お昼休み。少しだけクドの単語帳に付き合っていた。申し訳なさそうなクドをフォローしつつ。そろそろお腹の空く時間。そんな時にクドが机の上に水筒を四つ取り出す。
「というわけでお弁当なのです」
「水筒……?」
「はい、水筒です。魔法瓶ですよ」
魔法瓶には『にゃー』という泣き叫ぶ変なマークがついている。随分ファンシーな絵面だった。
「鈴さんも同じ水筒持ってましたねぇ、そういえば。はい
どうぞ、△△」
クドは私に紙コップを渡す。……これはお弁当なのだろうか。
クドは水筒の蓋を取ると、とぽとぽと液体を注ぐ。匂いを嗅ぐと出汁の香り。
「……なるほど」
「もうわかっちゃいましたか? △△、少し待っててくださいね」
水筒の中から出てきたのは白い麺類だった。……あれなんか平たいな。赤い色の狐さんのようなタイプの麺。
「きしめんです」
水筒の口からその平べったい麺がズルズル出てくる。
「購買部で頼んでみたんです。面白いでしょう?」
「確かに食べる機会ってあまり無いかもな……。ありがとうね、クド」
「どういたしまして」
クドが頭を下げると、がしゃん、という音。
「あぁ〜っ!?」
頭を下げた仕草の時に腕がひっかかってしまったようで、水筒が倒れる。
「……ご、ごめんなさい〜っ」
「大丈夫だよ、ノートとか無事だし。ちょっと動かないで貰って……」
「△△、そっち麺が落ちそうです、抑えてください〜っ」
「こ、こっち?」
なんとかブロック。氷が冷たいが是非もない。
「ふーっ。これでだいじょうぶです」
クドも左手をつかって反対側をせき止めている。
「じゃあ食べましょうっ」
「素晴らしい考え方だ……」
そうして、奇妙な格好で食べ続ける私達をクラスメイトは不思議そうに眺めていた。なんだよみんなよ渡さんぞ
__
「ではでは、ここに記入を……」
移動教室の途中、女子たちが何かメモを回しているのをみた。また何かの流行りか? などと思っていると、そこに小鞠さんが通りかかる。
「あ、神北さん……神北さんはどうしよっか?」
「ふえ? なーに?」
「こまりちゃん」
「あ、りんちゃん。先生のお手伝い終わった?」
「終わった。クドも手伝ってくれたから……クド?」
「……はい」
後ろに数歩下がったクドを鈴は不思議そうに見つめる。
「あー……じゃね、神北さん」
「行っちゃった……うーん、何してたのかなあ?」
「……」
クドは気まずそうに口噤む。
「ご飯食べに行こうか、クーちゃん。りんちゃんもいこ〜」
「うん」
……凄く、嫌だった。
__
HRが終わって放課後。クドが私の席に来る。カバンは既に持っていた。
「大丈夫。どこにもいかないから。さて、今日も頑張りましょうか」
「す、すみません」
「いいよ。今日はどうする?」
「え、あ……その、少し場所を変えましょう」
……私はそれにこくりと頷く。
「いつかの家庭科部室はおぼえていますか、△△?」
「勿論だとも。そこにする?」
「実はお掃除とかも少しずつやっていたのです。だいぶ片付いたんですよ。どうでしょうか? 静かで勉強しやすいと思うです」
「クドが良いなら何処でも。久しぶりだから楽しみだね」
「では、行きましょうっ」
クドは元気よく歩き出した。クラスから出る前に、教室を覗く。顔は覚えたぞ。
__
電気をつけた後の室内を見渡す。確かに綺麗になっていて、部屋の中にはこの間見たちゃぶ台。畳も古ぼけているが、しっかり掃除をされているのか汚れていない。
「先にお茶入れてきますね」
それから暫く雑談したり。それから、年季の入ったちゃぶ台へ向かう。
「ルーズリーフはありますか?」
「ご用意ございます」
ちゃぶ台の上に教科書やルーズリーフを広げる。と、そこで見慣れないものが目に止まった。
「新しい携帯買えたんだね」
クドが広げたリングノートの脇にそれを見つけて言う。
「△△が薦めてくれたものにしました」
平べったくて丸ボタンキーが特徴的なデザインだ。持ちやすそうで良いね。
「薄くて軽くてぺったんこです……ぺったんこです?」
クドは小首をかしげた。
「ぺったんこですーっ!」
「お、落ち着け!」
何か良くないトラウマを刺激したらしい。ぺったんこを気にしてるのが可愛いとかぺったんこのままの方が良いとかは言わないでおいた。
「そうだ、番号って変わった?」
「はい、変わりました。アドレスも変わっちゃいました」
「新しいの教えてもらえたり……する?」
「もちろん、らじゃーなのです」
私はクドから番号とメールアドレスを聞いてアドレス帳に入力した。
「これで、ヨシっと、と」
携帯をちゃぶ台の上に置く。と、上着の袖口に消しゴムが引っかかって下に転がり落ちた。私はちゃぶ台の下を覗き込む。
「どうかしましたか、△△?」
「消しゴムがおっこっちゃって」
と、発見。私は手を伸ばそうとして。ふと前を見……ない。見ません何も見ません。さすがにそこまで馬鹿では無い。反射的に目をつぶった結果、それなりに大きな音を立てて頭をぶつけるが些細なものだった。
「わふっ!? △△? 大丈夫ですか?」
「……はい、私はとても正常です」
「ほ、本当に大丈夫ですか?」
私は体を元に戻す。
「頭、たんこぶできたですか?」
「いや……それ大切なものを守れたから大丈夫」
「大切なもの……? それにどうして目をつぶって……。!?」
目を開くと、赤くなったほっぺのまま、視線を落としてリングノートをめくるクドが見えた。
そうして、気を取り直して勉強を開始した。
勉強してるさなかの雑談、地理の話をしている時に、クドは何処まで色んな国に言ったことがあるのか、という話になった。様々な国を商社のおじいさんに連れられて行ったり来たり。その中でも1番長く居たのがテヴアという国らしい。……聞いたことがない
「南の方です。ちっちゃな島国なんですけど」
それから、二重国籍保持者や国籍取得の主義や、ロシア語の経験(カタコトで話せるくらいらしい)。南国育ちで寒いのが苦手だからマントを羽織ってるのかも? とか。色々とクドについての話が聞けた。
「私の話ばかりしてしまいました……勉強の戻りましょう」
「あぁ、ごめん脱線させて。恭介から理樹伝いでヤマ張り用のメモ貰ったから、見ておいた方がいい統計資料だけ覚えてノートにまとめようか」
「あい・あい・さー、です」
__
「今日もどうもありがとうございました」
寮の入口でぺこんと頭を下げる。むしろ一緒に居させてくれてありがとうと言いたいところだ。
「今日は随分進んだ気がするね」
地理とか歴史とかはだいぶ詰め込んだ……よな。きっと大丈夫のはず
「△△、良かったら夜食にでも食べてください」
クドがアルミホイルの包みを差し出す。包みはひんやりと冷たい。
「焼きおにぎりです。寮の共用部にある電子レンジで温めて食べてください」
手作り……だとしたら永久保存したいところだが、テストの期間で夜勉強するとすれば確かにこれは助かる。
「ありがとう、クド。でももらっていいの? お昼も貰っちゃったのに」
「作り置きして冷凍してあったものなので、かまいません。熱いお茶と一緒にどうぞ、です」
「うぅ……クド好きぃ……」
口元を隠しながらぽろぽろ涙をこぼす。こんなにもしとやかで性格のいい可愛い子が存在してる事に感謝__。
「ありがとうです、しーゆー・れいたー、△△」
「うん、ばいばいクド」
手を振って別れて、帰路に着くのだった。
__
夜中12時過ぎ。貰った焼きおにぎりをレンジで温めつつ、物思いにふける。
クドは和食を作るのが得意という自負がある。なのに、家庭科部の活動とか、日本のものを好きな自分に違和感を持っている。私だって、クドのことは変わってると思うし、それを出さないように接しているつもりだ。だけど、このまま「変わってる」って事を受け入れないまま、目に入れないままにしたままじゃダメ……な、気がするんだ。クドがそう見られたくないって、クド自身が自分を偽るような、そんな悲しいことはさせたくない。好きな物は好きと、そう言っても嫌な目で見られない優しい世界ならどれだけいい事だっただろうか。私は、そんなギャップを持っているクドも、それに悩んでいるクドも等しく好きってことがわかって貰えたらいいんだけどな。
そんな中、レンジの音でハッとする。熱くなったアルミホイルを皿に乗せて、西園さんの部屋に戻る。
「ごめんね、急に泊めてって言っちゃって」
「それは別に構いません。寮長にも許可を取っているようなので言うことはありませんし……それは?」
「焼きおにぎり。クド作だってさ。お一つ食べる?」
「……では、一口だけ」
西園さんは銀紙を手に取ると、何度かふーふー、と冷まして頬張った。ちっちゃいお口。
「美味しいですね。能美さんは和食が得意だとは聞きましたが、言うだけのことはあります」
「まじ? 私もたーべよ」
口に入れると、醤油ではなく味噌の味がした。醤油を垂らしたり混ぜて焼くよりも手間が掛かってそうだと感じた。美味しい。
「……何かお悩み……能美さんのことですか?」
「えっ、バレてる」
「頼花さんが能美さん以外のことでは悩まなそうなので」
「……そりゃあそうだけど」
私は銀紙を皿に置いて、話し始める。
「和食とか、作るのは得意って言ってたけどさ。外国っぽいのにも憧れてるらしいし。イメージと本来のギャップって言うのかな。そう言うのに悩んでるみたいで」
「それは……難しいですね」
「結局、何があってもクドはクドなんだから、自信を持って欲しいなーとは思ってるんだけど……」
「自己認識と理想像の乖離、のようなものなのか、分かり兼ねますが。そう言ったものの大体はストレスによるものです。今頼花さんが寄り添って居るだけでも、多少は効果があると思われます」
「……私べたべたし過ぎで気持ち悪くないかな」
「それは気持ち悪いですけど」
「だよねぇ……」
「能美さんがどう思っているのかは分かりません。私は気持ち悪いと思いますし、三枝さんや鈴さんに聞いても気持ち悪いと返されると思います」
「やっぱり改めた方がいいのかなぁ……」
私は布団にくるまって少し泣いた。
__
朝の早い時間。
「△△、ぐっどもーにんぐです」
「おはよっ、クド」
結局お腹いっぱいで寝てしまったので早く起きてしまった。昨日のやる気はなんだったのか。
クドは日直らしく、ぱたぱた動き回ってる。小さいのが頑張ってるところはなんだって可愛いものだ。昨日の疑問もあるがそんなん無視だ無視。
「黒板消し、黒板消し……ってけむりが逆流したむすーっ。わふーっ」
「先に窓開けるの。貸して」
「けふけふっ」
咳き込むクドも可愛いなーと思いつつ、日直の手伝いをした。
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昼休み。梅雨もまだ始まっていないので良い天気。食堂脇の芝生に座っているクドは単語帳をめくっている。
「あ・ふれんど・いん・にーど・いず・あ・ふれんど・いんでぃーど」
「まさかの時の真の友」
「いん・しーず・あうあー・おぶ・にーど」
「彼女のまさかのときに」
そんな会話を続けながら、昼の陽光に包まれたクドを眺める。今日も可愛いとかまた思っていると、聞き覚えのある犬の鳴き声が聞こえた。
「クドリャフカ。芝生は立ち入り禁止だって言ったでしょう」
「わふっ! か、佳奈多さん、すみません、今すぐどきますっ」
「大丈夫クド。座ってていいよ」
私は立ち上がって抗議する。
「食堂脇の芝生は食事の時使っていい、って言われてる。規則が変わったんだったら、話は別だけどさ」
私は持ってきたサンドイッチの容器を示しながら言う。
ストレルカを従えた二木さんはパンを一瞥し、それからふん、と鼻を鳴らした。
「そう、じゃ食べ終わるまで待ってるから。その後、出なさい」
「……」
確かにあと一口だけどさー……。
「何か文句でも?」
「す、すぐ出ますから。ごめんなさい」
「芝生の育成時期はなるべく止めなさいと掲示板に書いてあったでしょう。きちんと掲示板ぐらい読んでもらわないと困るわね」
「わ、わふーっ」
「今度から気をつけなさい」
再び鼻を鳴らして、二木さんは去っていった。
「……くそう言い返せなかった」
にしたって融通の効かない。そうして立ちすくむと、足元に大きな灰色の犬、ストレルカの鳴き声。二木さんが去った後にはストレルカだけが残っていた。
「お疲れ様です、ストレルカ」
クドはストレルカを撫で回して可愛がる。いいな私も撫で回されたいな。
「△△も触りますか?」
「……大丈夫? 食べられない?」
「大丈夫ですよー、ストレルカー?」
オン。短く一声。私はおそるおそる手を伸ばす。ストレルカもじっとこっちを見る。
さわさわ。なでなで
「ナカナカキモチイイ、だそうです」
「お、おおう……お気に召したようで何より」
しゃーないなーみたいな顔をしてる気がする。あとふわふわしてると思ったら結構ごわごわ。触り心地は悪くない。
「ストレルカ♪ ストレルカ♪ ストレルカ♪」
クドはストレルカのしっぽを両手に挟んでぱたぱた左右に振っている。ストレルカの顔に母性が見えた……。
__
翌日の授業。英語の授業の終わりかけ、教師はクドを当てる。
クドはゆっくりだが、頑張ってる教科書を読み上げているが、教師に訂正され、周囲からは失笑が漏れる。なんだ、キレていいのかこれは、今すぐ教師にラリアットをカマシに行ってもいいやつなのか?
つっかえつっかえで棒読みのまま読むが、途中でチャイムが鳴る。クドは教科書を両手で持ったまま小さく縮こまってしまった。今すぐにでも抱きしめてヨシヨシしたいが気持ち悪いだけなので抑える。
結局教師が全文読み上げ、挙句。
「能美、ちゃんと予習しているか?」
などとほざきやがった。刎ねるぞ。取り敢えず出ていくまで全力で睨んでおいた。教師は私の視線に気がついたようで、そそくさと出ていく。クドは肩を落とした格好のまま。
「あ……」
クドと目が合う。クドは力のない笑顔を見せた。……いや、あれは笑顔なんかじゃない。ただ口が歪んでいただけだ、。居てもたってもいられず、私は机のものをそのままにしてクドの席へ向かう。
「クド、今日のご飯は何がいいかな?」
「えっと、その……はい、どうしましょうか……」
あの先生にはいつかラリアットする事を肝に銘じておきます。
クドがしょげている。もうこうなってしまえば背に腹はかえられない。あまりスキンシップし過ぎると私が耐えられなくなるから苦渋の決断だが、こんな顔をしたままじゃ勉強もまともに出来ない。
「クド」
「……なんですか、△△……わふー!?」
私はクドのほっぺを両手で挟んでモチモチと撫で回す。
「お昼食べに行こっか」
「わふー……」
「しょげないの。ドンマイって言った方がいいのかな」
「……そういうときはどちらかというと、ねばー・まいんどのほーがいいかもしれません」
「じゃあ、ねばー・まいんど・あばうと・ざっと……で、あってるのかな」
「多分。あってます」
「よし、じゃあ行こうクド」
「……はいです」
私が手を離すと、ようやく顔を上げて頷いてくれた。クドを撫でた手を洗いたくなさすぎる。
__
「はぁ……」
目の前のトレイ横には単語帳と辞書が置いてあるが、さすがにめくる気にはなれないらしい。クドは長いため息をつくと、箸で昆布巻を口の中に入れてもそもそと食べている。なんと慰めたらいいのかわからないまま、私は口を開きかねていた。
なんと慰めたらいいのだろうか? 僕は口を開きかねていた。
落ち込みながらひじきの煮付けを食べているクドの脇を他の生徒たちが通り過ぎる。クドに気がつくと、他のクラスの生徒だろうか、彼女たちは小さく笑いあって歩いていった。聞こえてるぞ。と、思っていれば、何人かの女子生徒がこちらへ向かってきた
「あ、いるいる」
「ほんとだぁ〜、お箸で食べてるー」
……あ?